ひきこもりの町 第1部 風の芽吹き

中島 茂留

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第11話  風の朝

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2月13日
午前

夜明け前の町は、白く霞んでいた。
吐く息がすぐに凍りそうな冷気の中、庁舎は重く凍っているようだった。
議会当日。
町の空気が、いつもより少しだけ静かだった。

田嶋広海は、誰もいない議会棟の廊下を歩いていた。
靴音が響くたび、胸の鼓動まで聞こえてくるようだった。
手には原稿の束。何度も書き直し、夜通し推敲を重ねたものだ。

……「いい風を吹かせろ。お前の言葉でな。」
町長・大迫の言葉が何度も頭をよぎった。

議場の扉を開けると、薄暗い室内に朝の光が差し込んでいく。
静かな空間。
誰もいない椅子の列を見渡し、
ここに町中の視線と想いが集まるのだと思うと、背筋が自然と伸びた。

「早いですね。」
声のする方を見ると、水野が立っていた。
手には湯気の立つ紙コップ。
「眠れなかったでしょう?」
「ええ、ほとんど。」
「ですよね。……でも、大丈夫。全部、伝わります。」

広海は微笑み、扉を閉め、コーヒーを受け取った。
「みんながいたから、ここまで来られました。」
「違います。ここまで『風を吹かせてくれた』のは田嶋さんですよ。」

水野の声が静かに響く。
言葉の奥に、確かな信頼があった。



午前9時。
町長室のドアが開き、町長・大迫が姿を現した。
分厚いコートを脱ぎ、議場へと向かう足取りは重くも堂々としている。
「おう、田嶋。」
「はい。」
「準備はできたか。」
「はい。」
「……なら、あとは風任せだ。」

「風任せですか?」
「そうだ。風はな、無理に押すと止まる。
 お前が信じてるなら、ちゃんと通る。」

そう言うと、町長は短く笑った。
その顔には、もう『昭和の豪腕』とは違う柔らかさがあった。



控室の窓際では、橋爪と高瀬が議案資料を確認していた。
「福祉関係の申請書、整合とれてる。」
「建設側も、受け入れ先の空き家候補を3軒まで絞りました。
 改修方針とセキュリティー計画、あと設備管理の基準案も固めています。」

「さすがだな。」橋爪が頷く。
「最初の拠点は、もう『施設』として見えてきた。」

高瀬は図面を指で叩いた。
「人を預かる以上、安全性と安心感を最優先にします。
 町のモデルになるように。」

「……いい風が吹いてるな。」
「ほんとにな。」

ドアが開く音。
入ってきたのは、白いコートの女性……林 明里だった。
「間に合いましたか。」
「林さん!」
水野が立ち上がる。
「今日は傍聴で?」
「はい。あの『風』がどう通るのか、見届けたくて。」

彼女の声は静かだったが、どこか凛としていた。
「言葉は届きますよ。きっと。」
そう言って、広海の肩を軽く叩いた。
「私たちは外から風を送ります。あなたは中で通してください。」

広海は深く頷いた。
胸の奥で、何かが温かく灯る。



午前10時。
開会のチャイムが鳴る。

議長が正面を見据える。

……風は、もうそこにあった。
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