ひきこもりの町 第1部 風の芽吹き

中島 茂留

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第15話  風の通る場所

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2月20日
午後

新聞とネットを賑わせた「ひきこもりの町構想」の話題は、
一週間経っても鎮まる気配を見せなかった。

町の商店街では、立ち話の中で名前が上がる。
スーパーでは、「あの町長、何を考えてるんだ」と眉をひそめる声。
一方で、「あの人たち、本気みたいよ」「なんか気になるね」と
興味を示す人たちもいた。

町は、風の通り道を探すようにざわめいていた。



午後。
役場の駐車場に、プロジェクトチームの面々と林が集まった。
大迫町長の指示で、
初めての「風の通る家」候補地……町外れの丘の古民家を視察する日だった。

「ここか……。」
高瀬が車を降りてつぶやく。
山の斜面に沿って立つ、築80年の古い平屋。
かつては養蚕農家だったという。
敷地は広いが至る道が細く、他の用途としてニーズも無く、買い手が付く物件ではなかった。
相続人が管理しきれなくなり、町へ寄贈を申し出ていた。
屋根瓦はところどころ剥がれ、庭の木々は伸び放題。
それでも、家の周囲にはどこかやわらかな空気が漂っていた。

「古いけど、骨組みはしっかりしてる。」
高瀬が柱を叩いて確かめる。
「床は全面張り替えですね。配管も入れ替え。
 セキュリティは外周センサーを設けて、夜間照明を追加ってところかな。」

水野がメモを取りながら言った。
「全室個室・バストイレ付きに改修するとなると、
 居住スペースは8室が限界ですね。」

「充分だ。」
大迫が言った。
「最初から完璧にする必要はない。
 この町が『ひとり』を受け入れられるか、まず試してみよう。」

「ひとりを、受け入れる……。」
広海が小さく繰り返した。

玄関の扉を押すと、古い木の香りがした。
光の差さない廊下に、かすかな風が吹き込んでくる。
薄暗い部屋の障子が揺れ、
窓の隙間から差し込む光が畳の上に模様を描いた。

「……風、入りますね。」
水野がつぶやく。
「この家、生きてる。」

林は廊下の奥に立ち、静かに頷いた。
「建物が呼吸してるんです。
 放っておかれたけど、まだ息をしている。
 人も同じです。」

外では、高瀬たちが敷地図を広げていた。
「この位置なら、共有スペースを南側に取れる。
 庭の桜を残して、縁側を開放型にすれば、
 町の人も気軽に立ち寄れる。」

「『開かれた居場所』ですね。」
橋爪が言った。
「閉じないこと。それがこの家の第一条件です。」

広海は縁側に立ち、町の方角を見つめた。
眼下には田畑と家々が広がり、
遠くには小学校の校舎が見える。
風が頬を撫で、草の匂いを運んできた。

「……ここだな。」
広海が呟いた。
「風が通ってる。」

水野が笑った。
「やっぱり、名前どおりですね。」

広海は小さく頷く。
「『風の通る家』。
 この場所に、ようやくぴったりきた気がします。」

大迫が静かにその場を見渡した。
「そうだな。
 あのときは言葉だったが、今日は確かに『形』になった。
 ここを、町の心臓にしよう。」



夕方。
日が傾き、空が橙色に染まる。
林が広海の隣に立った。

「……あなたが最初に言った『風の通り道』、
 やっと形が見えてきましたね。」

「でも、まだ騒がれてます。
 誤解も批判もたくさんあります。」

「誤解は、風と同じです。
 吹かれているうちは、まだ生きている証拠です。」

広海はその言葉に、小さく笑った。
「……やっぱり、林さんの言葉は風みたいですね。」
「あなたの風に、少し混ぜてもらってるだけです。」

2人の前を、冷たい風が通り抜けた。
家の屋根の上で、古い瓦が小さく鳴る。

広海は家を振り返り、
玄関の上の梁を見つめながら呟いた。

「……ここからだ。
 この風を、止めない。」

風が丘を抜け、町の方へ流れていった。
まるでその家の息吹が、町全体へ届くように。

……『風の通る家』、始動。
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