15 / 24
第15話 風の通る場所
しおりを挟む
2月20日
午後
新聞とネットを賑わせた「ひきこもりの町構想」の話題は、
一週間経っても鎮まる気配を見せなかった。
町の商店街では、立ち話の中で名前が上がる。
スーパーでは、「あの町長、何を考えてるんだ」と眉をひそめる声。
一方で、「あの人たち、本気みたいよ」「なんか気になるね」と
興味を示す人たちもいた。
町は、風の通り道を探すようにざわめいていた。
*
午後。
役場の駐車場に、プロジェクトチームの面々と林が集まった。
大迫町長の指示で、
初めての「風の通る家」候補地……町外れの丘の古民家を視察する日だった。
「ここか……。」
高瀬が車を降りてつぶやく。
山の斜面に沿って立つ、築80年の古い平屋。
かつては養蚕農家だったという。
敷地は広いが至る道が細く、他の用途としてニーズも無く、買い手が付く物件ではなかった。
相続人が管理しきれなくなり、町へ寄贈を申し出ていた。
屋根瓦はところどころ剥がれ、庭の木々は伸び放題。
それでも、家の周囲にはどこかやわらかな空気が漂っていた。
「古いけど、骨組みはしっかりしてる。」
高瀬が柱を叩いて確かめる。
「床は全面張り替えですね。配管も入れ替え。
セキュリティは外周センサーを設けて、夜間照明を追加ってところかな。」
水野がメモを取りながら言った。
「全室個室・バストイレ付きに改修するとなると、
居住スペースは8室が限界ですね。」
「充分だ。」
大迫が言った。
「最初から完璧にする必要はない。
この町が『ひとり』を受け入れられるか、まず試してみよう。」
「ひとりを、受け入れる……。」
広海が小さく繰り返した。
玄関の扉を押すと、古い木の香りがした。
光の差さない廊下に、かすかな風が吹き込んでくる。
薄暗い部屋の障子が揺れ、
窓の隙間から差し込む光が畳の上に模様を描いた。
「……風、入りますね。」
水野がつぶやく。
「この家、生きてる。」
林は廊下の奥に立ち、静かに頷いた。
「建物が呼吸してるんです。
放っておかれたけど、まだ息をしている。
人も同じです。」
外では、高瀬たちが敷地図を広げていた。
「この位置なら、共有スペースを南側に取れる。
庭の桜を残して、縁側を開放型にすれば、
町の人も気軽に立ち寄れる。」
「『開かれた居場所』ですね。」
橋爪が言った。
「閉じないこと。それがこの家の第一条件です。」
広海は縁側に立ち、町の方角を見つめた。
眼下には田畑と家々が広がり、
遠くには小学校の校舎が見える。
風が頬を撫で、草の匂いを運んできた。
「……ここだな。」
広海が呟いた。
「風が通ってる。」
水野が笑った。
「やっぱり、名前どおりですね。」
広海は小さく頷く。
「『風の通る家』。
この場所に、ようやくぴったりきた気がします。」
大迫が静かにその場を見渡した。
「そうだな。
あのときは言葉だったが、今日は確かに『形』になった。
ここを、町の心臓にしよう。」
*
夕方。
日が傾き、空が橙色に染まる。
林が広海の隣に立った。
「……あなたが最初に言った『風の通り道』、
やっと形が見えてきましたね。」
「でも、まだ騒がれてます。
誤解も批判もたくさんあります。」
「誤解は、風と同じです。
吹かれているうちは、まだ生きている証拠です。」
広海はその言葉に、小さく笑った。
「……やっぱり、林さんの言葉は風みたいですね。」
「あなたの風に、少し混ぜてもらってるだけです。」
2人の前を、冷たい風が通り抜けた。
家の屋根の上で、古い瓦が小さく鳴る。
広海は家を振り返り、
玄関の上の梁を見つめながら呟いた。
「……ここからだ。
この風を、止めない。」
風が丘を抜け、町の方へ流れていった。
まるでその家の息吹が、町全体へ届くように。
……『風の通る家』、始動。
午後
新聞とネットを賑わせた「ひきこもりの町構想」の話題は、
一週間経っても鎮まる気配を見せなかった。
町の商店街では、立ち話の中で名前が上がる。
スーパーでは、「あの町長、何を考えてるんだ」と眉をひそめる声。
一方で、「あの人たち、本気みたいよ」「なんか気になるね」と
興味を示す人たちもいた。
町は、風の通り道を探すようにざわめいていた。
*
午後。
役場の駐車場に、プロジェクトチームの面々と林が集まった。
大迫町長の指示で、
初めての「風の通る家」候補地……町外れの丘の古民家を視察する日だった。
「ここか……。」
高瀬が車を降りてつぶやく。
山の斜面に沿って立つ、築80年の古い平屋。
かつては養蚕農家だったという。
敷地は広いが至る道が細く、他の用途としてニーズも無く、買い手が付く物件ではなかった。
相続人が管理しきれなくなり、町へ寄贈を申し出ていた。
屋根瓦はところどころ剥がれ、庭の木々は伸び放題。
それでも、家の周囲にはどこかやわらかな空気が漂っていた。
「古いけど、骨組みはしっかりしてる。」
高瀬が柱を叩いて確かめる。
「床は全面張り替えですね。配管も入れ替え。
セキュリティは外周センサーを設けて、夜間照明を追加ってところかな。」
水野がメモを取りながら言った。
「全室個室・バストイレ付きに改修するとなると、
居住スペースは8室が限界ですね。」
「充分だ。」
大迫が言った。
「最初から完璧にする必要はない。
この町が『ひとり』を受け入れられるか、まず試してみよう。」
「ひとりを、受け入れる……。」
広海が小さく繰り返した。
玄関の扉を押すと、古い木の香りがした。
光の差さない廊下に、かすかな風が吹き込んでくる。
薄暗い部屋の障子が揺れ、
窓の隙間から差し込む光が畳の上に模様を描いた。
「……風、入りますね。」
水野がつぶやく。
「この家、生きてる。」
林は廊下の奥に立ち、静かに頷いた。
「建物が呼吸してるんです。
放っておかれたけど、まだ息をしている。
人も同じです。」
外では、高瀬たちが敷地図を広げていた。
「この位置なら、共有スペースを南側に取れる。
庭の桜を残して、縁側を開放型にすれば、
町の人も気軽に立ち寄れる。」
「『開かれた居場所』ですね。」
橋爪が言った。
「閉じないこと。それがこの家の第一条件です。」
広海は縁側に立ち、町の方角を見つめた。
眼下には田畑と家々が広がり、
遠くには小学校の校舎が見える。
風が頬を撫で、草の匂いを運んできた。
「……ここだな。」
広海が呟いた。
「風が通ってる。」
水野が笑った。
「やっぱり、名前どおりですね。」
広海は小さく頷く。
「『風の通る家』。
この場所に、ようやくぴったりきた気がします。」
大迫が静かにその場を見渡した。
「そうだな。
あのときは言葉だったが、今日は確かに『形』になった。
ここを、町の心臓にしよう。」
*
夕方。
日が傾き、空が橙色に染まる。
林が広海の隣に立った。
「……あなたが最初に言った『風の通り道』、
やっと形が見えてきましたね。」
「でも、まだ騒がれてます。
誤解も批判もたくさんあります。」
「誤解は、風と同じです。
吹かれているうちは、まだ生きている証拠です。」
広海はその言葉に、小さく笑った。
「……やっぱり、林さんの言葉は風みたいですね。」
「あなたの風に、少し混ぜてもらってるだけです。」
2人の前を、冷たい風が通り抜けた。
家の屋根の上で、古い瓦が小さく鳴る。
広海は家を振り返り、
玄関の上の梁を見つめながら呟いた。
「……ここからだ。
この風を、止めない。」
風が丘を抜け、町の方へ流れていった。
まるでその家の息吹が、町全体へ届くように。
……『風の通る家』、始動。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる