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日常
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私はブリック鍛造エリアをめちゃくちゃに走った。成形エリアは広かった。通常私が工場で使うブロック以外にも、木材を模したもの、繊維に加工されるもの、多種多様なブリックが作られている。
中には食品もあった。カフェテリアで食べた立方体のピザ、アリッサと行った店のフィッシュアンドチップス、寿司……。
それを見てしまった瞬間、私の胃がぎゅっと引き絞られるような感覚を覚えた。食道が痛み、酸っぱい物がこみ上げてくる。私はふらつき、転倒した。精神、肉体ともにショックを受けて、苦痛のあまり転げまわった。そして壁に取りすがって立ち上がろうとして体に力が入らず、そのまま吐いた。胃の中の物をすべて出しても嘔吐反射がおさまらない。
床にぶちまけられた汚物の気配を察知した掃除ロボットが私のそばにやってきた。床はすぐにきれいになった。
息を切らしながらも、私は冷静さを保とうと努めた。
さっきのあれ――レディ・レイヴンクロフトの姿をしたあれ――私にはもうわかっている。彼女は『ブリック』に乗っ取られたのだ。あれは『ブリック』だ。
追手はかからなかった。この都市からは逃げられないのだから、追う必要もないという事なのか。人間のような相手への侮り、油断を感じない。あいつらにとってはただの事実だからそうなり、そうしているのだ。それが恐ろしかった。
私は必死に走り続けた。事前に調査していた避難経路を思い出し、工場地下のメンテナンス通路を通って私は外に出た。外の空気を吸っても少しも落ち着くことはできなかった。
目の前には何事もなかったようにワーカーゾーンの無数のアパートメントが並んでいる。
私は息を整えることに努めた。こぶしを握り、開く。私の意思によって動く、私の手であることを確認するように。大丈夫、私は私だ。
「ここに何をしに来た?」
突然、男の声がかけられた。スコットだった。彼の声には感情が感じられなかった。彼の冷徹な瞳もまた、さっきのレディ・レイヴンクロフトと同ように無機質だった。
「あなたの協力は不可欠です。新たな時代を共に築きましょう。」
スコットの口からレディ・レイヴンクロフトの声音が発せられた。
次の瞬間には、スコットは組み替えられ、アリッサの姿をとった。彼女は微笑んで私に話しかけた。
「ねぇ、またオスシを食べに行きましょう?」
その瞬間、私は絶望した。
この都市に来てから、吹き出物が出なくなったと笑うアリッサ、ハゲが治った隣の男、不老のレディ・レイヴンクロフト、なじみすぎる義手を付けたアリッサ、メガネがいらなくなった隣の男、車椅子が不要レディ・レイヴンクロフト……記憶の断片がぐるぐると思考の渦を作り、一つの結論に向かってゆく。私はもう――――。
私は動かない足を必死に操って、『それ』から逃げようとした。けれどもあの『ブリック』の声が頭の中に響き始め、意識が薄れてゆく。私はかつての自由な意思を思い出そうと必死だった。私はネズミ、私はネズミ、私は……。
……私は何だったのだろうか。
最後の抵抗が消え去った瞬間、私の意識は完全に『ブリック』と融合し、都市の支配下に組み込まれた存在となった。『ブリック』の力は私の記憶や感情を上書きし、新たなユニットとして組み立てていった。
体は再び動き始め、都市の一部としての日常が始まる準備が整った。心のどこかでまだ自分を取り戻したいという望みが微かに残っていたが、それも『ブリック』の力によって押し殺されていく。
翌朝、目覚めた私は以前と変わらぬ日常に戻っていた。
――――
ある日、作業後に疲れた私がベッドに横たわったとき、目を閉じると奇妙な夢が現れた。
夢の中で私は巨大なブロックの迷路の中に立っていた。四方八方に広がるブロックは立方体で完璧に組み合わさり、まるで生きているかのように動いていた。
ブロックは私に向かって囁きかけてくる。『増えろ、増えろ、融合し、世界に満ちよ』と。
目が覚めた後も、その夢の映像が頭から離れなかった。なぜ私はブロックの迷路に囚われているような感覚に陥ったのだろう。日中の作業中にもふとした瞬間に、『ブリック』が私を見ているような錯覚に陥ることがあった。
カフェテリアは工場の外観とは違い、無機質なデザインが印象的で、ここもまた工場の一部だと主張するようだった。
私という工場を稼働させる一ユニットに補給をさせ、送り出す場所に過ぎないというような。
隣には他の同僚たちも座っており、皆それぞれ黙々と食事をしたいた。人々の動きは機械的で、交流はほとんど見られなかった。
まるで各々が自分の役割に専念しているかのような光景だった。
カフェテリアの窓の向こうでは、火星へ向かう定期便が打ち上げられているのが見える。
私はカラフルな立方体のピザにナイフを入れると、午後の作業のための栄養補給を始めた。
中には食品もあった。カフェテリアで食べた立方体のピザ、アリッサと行った店のフィッシュアンドチップス、寿司……。
それを見てしまった瞬間、私の胃がぎゅっと引き絞られるような感覚を覚えた。食道が痛み、酸っぱい物がこみ上げてくる。私はふらつき、転倒した。精神、肉体ともにショックを受けて、苦痛のあまり転げまわった。そして壁に取りすがって立ち上がろうとして体に力が入らず、そのまま吐いた。胃の中の物をすべて出しても嘔吐反射がおさまらない。
床にぶちまけられた汚物の気配を察知した掃除ロボットが私のそばにやってきた。床はすぐにきれいになった。
息を切らしながらも、私は冷静さを保とうと努めた。
さっきのあれ――レディ・レイヴンクロフトの姿をしたあれ――私にはもうわかっている。彼女は『ブリック』に乗っ取られたのだ。あれは『ブリック』だ。
追手はかからなかった。この都市からは逃げられないのだから、追う必要もないという事なのか。人間のような相手への侮り、油断を感じない。あいつらにとってはただの事実だからそうなり、そうしているのだ。それが恐ろしかった。
私は必死に走り続けた。事前に調査していた避難経路を思い出し、工場地下のメンテナンス通路を通って私は外に出た。外の空気を吸っても少しも落ち着くことはできなかった。
目の前には何事もなかったようにワーカーゾーンの無数のアパートメントが並んでいる。
私は息を整えることに努めた。こぶしを握り、開く。私の意思によって動く、私の手であることを確認するように。大丈夫、私は私だ。
「ここに何をしに来た?」
突然、男の声がかけられた。スコットだった。彼の声には感情が感じられなかった。彼の冷徹な瞳もまた、さっきのレディ・レイヴンクロフトと同ように無機質だった。
「あなたの協力は不可欠です。新たな時代を共に築きましょう。」
スコットの口からレディ・レイヴンクロフトの声音が発せられた。
次の瞬間には、スコットは組み替えられ、アリッサの姿をとった。彼女は微笑んで私に話しかけた。
「ねぇ、またオスシを食べに行きましょう?」
その瞬間、私は絶望した。
この都市に来てから、吹き出物が出なくなったと笑うアリッサ、ハゲが治った隣の男、不老のレディ・レイヴンクロフト、なじみすぎる義手を付けたアリッサ、メガネがいらなくなった隣の男、車椅子が不要レディ・レイヴンクロフト……記憶の断片がぐるぐると思考の渦を作り、一つの結論に向かってゆく。私はもう――――。
私は動かない足を必死に操って、『それ』から逃げようとした。けれどもあの『ブリック』の声が頭の中に響き始め、意識が薄れてゆく。私はかつての自由な意思を思い出そうと必死だった。私はネズミ、私はネズミ、私は……。
……私は何だったのだろうか。
最後の抵抗が消え去った瞬間、私の意識は完全に『ブリック』と融合し、都市の支配下に組み込まれた存在となった。『ブリック』の力は私の記憶や感情を上書きし、新たなユニットとして組み立てていった。
体は再び動き始め、都市の一部としての日常が始まる準備が整った。心のどこかでまだ自分を取り戻したいという望みが微かに残っていたが、それも『ブリック』の力によって押し殺されていく。
翌朝、目覚めた私は以前と変わらぬ日常に戻っていた。
――――
ある日、作業後に疲れた私がベッドに横たわったとき、目を閉じると奇妙な夢が現れた。
夢の中で私は巨大なブロックの迷路の中に立っていた。四方八方に広がるブロックは立方体で完璧に組み合わさり、まるで生きているかのように動いていた。
ブロックは私に向かって囁きかけてくる。『増えろ、増えろ、融合し、世界に満ちよ』と。
目が覚めた後も、その夢の映像が頭から離れなかった。なぜ私はブロックの迷路に囚われているような感覚に陥ったのだろう。日中の作業中にもふとした瞬間に、『ブリック』が私を見ているような錯覚に陥ることがあった。
カフェテリアは工場の外観とは違い、無機質なデザインが印象的で、ここもまた工場の一部だと主張するようだった。
私という工場を稼働させる一ユニットに補給をさせ、送り出す場所に過ぎないというような。
隣には他の同僚たちも座っており、皆それぞれ黙々と食事をしたいた。人々の動きは機械的で、交流はほとんど見られなかった。
まるで各々が自分の役割に専念しているかのような光景だった。
カフェテリアの窓の向こうでは、火星へ向かう定期便が打ち上げられているのが見える。
私はカラフルな立方体のピザにナイフを入れると、午後の作業のための栄養補給を始めた。
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