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ネズミよ走れ
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私は、ブリック・フォージの成形エリアへ進む。
ブリックの原材料として処理されたペレットが巨大なホッパーに投げ込まれ、まるで小さな雪のように降り注ぐ。ホッパーの中でペレットは一度に溶かされ、高温で液体状に変化していく。
液状の原料は成形機へと送られる。成形機の中では、液体が精密な型に射出される。まるで彫刻家が一つ一つのブロックを丹念に削っているかのように、液体が型の中で完璧な形を作り上げる。型には細かいディテールが施されており、ブロックの凸凹や接続部まで忠実に再現されていく。
液体が型の中で冷却され、固化する。冷却後、硬化したブリックが型から取り出される。まだ少し温かいブリックが、手に取りやすい大きさにカットされ、ベルトコンベア上に並んでいる。
各ブロックが厳密にチェックされ、品質が確認される。寸分の狂いもない精度を求められたブロックが、次々と検査をパスしていく。
私は誰もいない通路を進み、やがてブリック鍛造エリアを見渡す集中管理室へたどり着いた。
慎重にドアを開ける。ロックがかかっていなかった。壁には大型のスクリーンが並び、天井からは無数のケーブルが垂れ下っている。それは、私に内臓のような有機的な印象を与えた。
中央には、大きなデスクが置かれており、誰かが座っていた。私は内心飛び上がらんばかりに驚いた。管理室の中は暗く、人の気配がしなかったからだ。とんだ間抜けだった。あまりにもここまで誰もいなかったので油断したのだ。
その誰かは逆光で良く見えないが、こちらを向いている。こういう時は逃げるよりいったん話しかけて警戒を解くなり、油断を誘うなりした方が切り抜けられるはずだ。
私は緊張を隠して一歩ずつ近づいていく。心臓が高鳴り、手に汗がにじむ。その人物に話しかける。
「すみません、ちょっと道に迷ってしまって……」
しかし、返答はない。人物は微動だにせず、静かなままだった。
「聞こえています?」
そっと肩に手を伸ばしてみる。私の手が触れた瞬間、その人物は椅子から滑り落ち、ゴトリと音を立てて床に転がった。
「ひっ!」
思わず私の口から変な声が出た。
その瞬間、私は気づく。人物の肌が薄い光沢を帯びていること、目が固定されたまま動かないことに。私はこの素材を知っている。恐る恐る、指先でそっと触れてみると、冷たい感触が返ってくる。
「これは……人形だ……」
私は息を呑む。その人物は本物ではなく、『ブリック』で精巧に作られた人形だったのだ。これは何だ。何のために?
施設の管理者がそこにいるかのように見せかけるためのものなのか。だけど何のために?
ツーンと耳がしびれるような音がした。あの悪夢の中で聞いたことがある音だ。
『増えろ、増えろ、融合し、世界に満ちよ』
その音はそう言っていた。もうはっきりとわかる。これは『ブリック』たちの声だったのだ。
私の周りで何かの気配が騒ぎ始め、ぼんやりとした四角い光の粒になって人形の周りに集まっていった。人間の関節の可動域を無視した異常な動きで、人形が立ち上がった。
異様な様子に声も出なかった。
「ようこそ。ここがブリックファクトリーの核心部分、すなわち『ブリック』の真の力が発揮される場所です。」
「あなたは……?」
50代くらいに見える、グレーの髪を後ろで束ねた鋭い茶色の目の女性――ブリックファクトリーの創始者、レディ・レイヴンクロフトが立っていた。いや、彼女ならこんなに若いわけはない。これは何だ?
彼女は冷静かつ威厳ある声で私に語りかけた。
「私は、アガサ・レイヴンクロフト。ブリック・ファクトリーの創始者です」
「『ブリック』は単なる建材ではありません。この技術を用いれば、物理的な構造だけでなく、人々の思考や感情までも制御できるのです。これにより、新たな秩序を築くことが可能となります。
あなたも、『ブリック』の声を聴いたのでしょう。そしてここに導かれた」
自称レディ・レイヴンクロフトの説明は、私の理解を超えるものであり、私の頭は混乱と疑念でいっぱいになっていった。彼女の言葉が頭の中で反響し、現実と虚構の境界が曖昧になっていくのを感じた。
「このメトロポリス・ブリックではすでに高度なブロック技術を用いた制御システムが稼働しています。
私たちの努力は、この世界をより良くするためのものです。あなたもその一翼を担ってほしい」
私は凍り付いたように動くことができなかった。
「情報を隠していたために、あなたの精神を乱したことをお詫びします。真実を知れば、多くの混乱と恐怖を招きます。制御された情報こそが、安定した社会を維持する鍵だということをご理解いただけるかしら」
彼女が語る間も、『ブリック』の声なき声の合唱が聞こえ続ける。
彼女の声は、私の心の奥深くに響き渡り、反発しようとする私の意志を徐々に蝕んでいく。
突如、私の視界が揺らぎ、頭の中に広がる無数の『ブリック』のイメージが私の思考を覆い始める。現実と仮想が交錯し、私の意識は徐々に失われていく。
「もう抵抗する必要はありません。私たちは共に、新たな秩序を築いていくのです。」
彼女の言葉が私の心の中で不協和音を奏る。意識が薄れていく。私は自分自身の何を信じ、何に立ち向かおうとしていたのだろう。ブリックファクトリーの陰謀を暴き出すための戦いなど、私には分不相応だったのだ。だって私はネズミなのだから。
そうだ。私はネズミだ。私は搾取され続けた人生の中で、私だけは手放さない。
私は、弾かれたように走り出した。
ブリックの原材料として処理されたペレットが巨大なホッパーに投げ込まれ、まるで小さな雪のように降り注ぐ。ホッパーの中でペレットは一度に溶かされ、高温で液体状に変化していく。
液状の原料は成形機へと送られる。成形機の中では、液体が精密な型に射出される。まるで彫刻家が一つ一つのブロックを丹念に削っているかのように、液体が型の中で完璧な形を作り上げる。型には細かいディテールが施されており、ブロックの凸凹や接続部まで忠実に再現されていく。
液体が型の中で冷却され、固化する。冷却後、硬化したブリックが型から取り出される。まだ少し温かいブリックが、手に取りやすい大きさにカットされ、ベルトコンベア上に並んでいる。
各ブロックが厳密にチェックされ、品質が確認される。寸分の狂いもない精度を求められたブロックが、次々と検査をパスしていく。
私は誰もいない通路を進み、やがてブリック鍛造エリアを見渡す集中管理室へたどり着いた。
慎重にドアを開ける。ロックがかかっていなかった。壁には大型のスクリーンが並び、天井からは無数のケーブルが垂れ下っている。それは、私に内臓のような有機的な印象を与えた。
中央には、大きなデスクが置かれており、誰かが座っていた。私は内心飛び上がらんばかりに驚いた。管理室の中は暗く、人の気配がしなかったからだ。とんだ間抜けだった。あまりにもここまで誰もいなかったので油断したのだ。
その誰かは逆光で良く見えないが、こちらを向いている。こういう時は逃げるよりいったん話しかけて警戒を解くなり、油断を誘うなりした方が切り抜けられるはずだ。
私は緊張を隠して一歩ずつ近づいていく。心臓が高鳴り、手に汗がにじむ。その人物に話しかける。
「すみません、ちょっと道に迷ってしまって……」
しかし、返答はない。人物は微動だにせず、静かなままだった。
「聞こえています?」
そっと肩に手を伸ばしてみる。私の手が触れた瞬間、その人物は椅子から滑り落ち、ゴトリと音を立てて床に転がった。
「ひっ!」
思わず私の口から変な声が出た。
その瞬間、私は気づく。人物の肌が薄い光沢を帯びていること、目が固定されたまま動かないことに。私はこの素材を知っている。恐る恐る、指先でそっと触れてみると、冷たい感触が返ってくる。
「これは……人形だ……」
私は息を呑む。その人物は本物ではなく、『ブリック』で精巧に作られた人形だったのだ。これは何だ。何のために?
施設の管理者がそこにいるかのように見せかけるためのものなのか。だけど何のために?
ツーンと耳がしびれるような音がした。あの悪夢の中で聞いたことがある音だ。
『増えろ、増えろ、融合し、世界に満ちよ』
その音はそう言っていた。もうはっきりとわかる。これは『ブリック』たちの声だったのだ。
私の周りで何かの気配が騒ぎ始め、ぼんやりとした四角い光の粒になって人形の周りに集まっていった。人間の関節の可動域を無視した異常な動きで、人形が立ち上がった。
異様な様子に声も出なかった。
「ようこそ。ここがブリックファクトリーの核心部分、すなわち『ブリック』の真の力が発揮される場所です。」
「あなたは……?」
50代くらいに見える、グレーの髪を後ろで束ねた鋭い茶色の目の女性――ブリックファクトリーの創始者、レディ・レイヴンクロフトが立っていた。いや、彼女ならこんなに若いわけはない。これは何だ?
彼女は冷静かつ威厳ある声で私に語りかけた。
「私は、アガサ・レイヴンクロフト。ブリック・ファクトリーの創始者です」
「『ブリック』は単なる建材ではありません。この技術を用いれば、物理的な構造だけでなく、人々の思考や感情までも制御できるのです。これにより、新たな秩序を築くことが可能となります。
あなたも、『ブリック』の声を聴いたのでしょう。そしてここに導かれた」
自称レディ・レイヴンクロフトの説明は、私の理解を超えるものであり、私の頭は混乱と疑念でいっぱいになっていった。彼女の言葉が頭の中で反響し、現実と虚構の境界が曖昧になっていくのを感じた。
「このメトロポリス・ブリックではすでに高度なブロック技術を用いた制御システムが稼働しています。
私たちの努力は、この世界をより良くするためのものです。あなたもその一翼を担ってほしい」
私は凍り付いたように動くことができなかった。
「情報を隠していたために、あなたの精神を乱したことをお詫びします。真実を知れば、多くの混乱と恐怖を招きます。制御された情報こそが、安定した社会を維持する鍵だということをご理解いただけるかしら」
彼女が語る間も、『ブリック』の声なき声の合唱が聞こえ続ける。
彼女の声は、私の心の奥深くに響き渡り、反発しようとする私の意志を徐々に蝕んでいく。
突如、私の視界が揺らぎ、頭の中に広がる無数の『ブリック』のイメージが私の思考を覆い始める。現実と仮想が交錯し、私の意識は徐々に失われていく。
「もう抵抗する必要はありません。私たちは共に、新たな秩序を築いていくのです。」
彼女の言葉が私の心の中で不協和音を奏る。意識が薄れていく。私は自分自身の何を信じ、何に立ち向かおうとしていたのだろう。ブリックファクトリーの陰謀を暴き出すための戦いなど、私には分不相応だったのだ。だって私はネズミなのだから。
そうだ。私はネズミだ。私は搾取され続けた人生の中で、私だけは手放さない。
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