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しおりを挟む「料理長には足止めを頼む」
「承知いたしました。お気をつけて」
飛空艇から料理長とルシアが冒険者達の築いた防衛戦の目と鼻先に飛び降りる。……人間ってこの高さから落ちてもあんなに綺麗に着地できるのか。我も出来るかな。魔法無しで。
『イエ、例の如く料理長がおかしいだけヨ』
「…」
我はリィを伴って遥か下に見える冒険者達が突然の"将軍"の登場に驚き戸惑う姿を見て笑う。……あ、我よりマリムの方が可愛いって言ってた冒険者がいた。後で料理長お手製の辛団子をやろう。
皆ご存知、ある果物を乾燥させて粉末にしたものを利用した超激辛団子である。殴るのはやめなさいと料理長に渡された。
……我の腹パンの方が、被害は少なくて済むと思う。
「全員に告ぐ!死にたくなければ俺の前に出るな!!」
料理長は剣を抜いて、自分と冒険者達の間に一線を引いた。出てきた奴の命は保証しないとまで言った。冒険者達は案の定、びびって出てこない。というか、料理長の殺気にあてられて多分暫く動けないだろう。
さて、その間に事が終わらせられれば良いのだが。
『ご主人、見えて来たワよ』
「うむ。では我らも行くか」
了解と軽く返す相棒(リィ)の首には例の"首輪"が存在しない。当たり前だ。あんな趣味の悪い首輪、大事な相棒に付けさせるか。
少し前、料理長に"首輪"の話を聞いた。
あの"首輪"は、従魔である事を一目で証明する為のものであり、同時に保険でもある。
従魔といえど魔獣は魔物。本来使役できるものではない。だから万一使役者の言う事を聞かなくなった時のため、"首輪"には支配・制御をして強制的に使役者の指示に従わせる為の魔法が組み込まれているらしい。
我らが貰った当時に気持ち悪いと言っていた呪いがそれだろう。
「そちらのフェンリルも着けている筈ですが?」
という料理長からの御もっともな質問があったが、スルーしておいた。無いって言ったらそれはそれで問題になりそうだと思ったので。
「…まあ、兎も角、その魔法で従魔達を大人しくさせる事が出来なかった。という事なら、その首輪を作った者が物凄く怪しいな。効果など全くないニセモノだったなら、単純に騙されていたということになる。
そして、本当に効果があるとするのなら、今回の魔獣暴走の原因は、その首輪だろうな」
魔獣達が統率の取れた動きで街を潰して回っているというのも気になるし。これが自然発生であったのなら、もっと同時に多数の村や街が潰されているだろうし。
何にせよ、この首輪を作った人間と流通させるよう仕向けた人間がいる筈で、そいつらはクロだろう。
『どうして暴走の原因が首輪と言いきれるのですか?』
「あの気持ち悪い呪いを付与した輩だぞ?そんな輩が、呪いを付与した張本人も魔獣を操れるように優先権を組み込んでいない筈が無いだろう?」
「…下に降り次第、エディンの中の従魔持ちには余程の理由の無い限り首輪を外すよう通達を回しましょう」
魔獣達は今、首輪を作った張本人によって操られている可能性が出てきた。操る前に外しておけばいい話。そして街を襲う度に数が増えているという事から考えると…。
「魔獣の群れの中に、操っている犯人が紛れている可能性がございますね」
「うん」
うっかりやっちゃわないように気を付けなくては。……やらかしたら蘇生するけどな。
「しかし、それが分かったからこそ、余計に止めるという手段は無いように思われますが」
「いいや?あの魔獣達が、自分の意思で暴れているわけでは無いと分かれば十分」
料理長は首を傾げる。
「生存本能は支配に勝る」
まあ、料理長はまだまだ疑問に思っていそうだったが、止められないと判断し次第処分するつもりでいるよと付け足せば渋々頷いてくれた。
ルシアをギルマスの所への伝令として料理長と共に先に降りてもらい、我らはもう少しだけ先へ。
魔物の群れの先は見えて来たのだが、探しているのは術者…つまり、我がいるとあたりをつけたこの魔獣達を支配している輩だ。1人で、というわけでは無いだろう。何せ数が多すぎるからなぁ。
この数を1人で操っているというのなら、素晴らしいと拍手を送って褒めてやろうではないか。その後吊し上げるがな。
浮遊魔法を使ってゆっくりと降りる。
家を出て以降、身体全体に纏わせ鎧のように我が身体を覆い尽くして抑えていた魔力やら覇気やらを解放していく。
「リィ、辛くは無いか?」
『アタシはご主人に従属してるから、平気ヨ。…そうじゃなければ"ああなってる"ワヨ』
地上へと近づく度に"外界の保護の為に我を抑えていた"魔力の枷が剥がれていく。我としては体が軽くなって大変気持ちが良いのだが、この状態の我って、弱肉強食主義で強い相手には逆らわない、能力を測れる魔物の類からすると化け物と判断されるらしくてな…。逃げられてしまうのだ。
生きる為に、全力で逃げられてしまう。それこそ、目の前にとどめの刺し終わった獲物が居たとしてもそれを脇目に一心不乱に逃げる。
最初はそれに気付かなくて、とり一羽落とすのにも一苦労だったのだ。ツノ付きの兎を捕まえる頃には、魔力を制御して身体の表面を流れるように収束させ、鎧の様にする事で我の気配を抑えるまたは消す事が出来る様になったから、お腹いっぱい食べられるだけの食材を得られたのでまあ良いのだが。
リィの示した先では案の定、先頭を走っていた魔獣の足取りが鈍って来ている。震えているように見える。まだ遠いからな。後ろまで見渡せるようある程度の高さを保ち宙にて待つ事にする。
「支配と本能、どちらが強いか見せてもらおう」
本能ってさっき言ったじゃナイ。
リィが呆れたように、そう言った。
魔力そのものを我を中心にして円状に放つ。どこまで続いているのか知らんので、出来る限り遠くまで。
別に怪我はしないぞ。単純なただの威嚇だ。我の魔力に触れて恐怖を感じないかは別だが。
『ちょっ…、どうして扇状に流さないのヨ!後ろの冒険者共も怯えてるじゃナイ!』
「いい機会だと思ってな」
『ハイ?』
「そういえば、と。思い出した事があったのだ」
冒険者達、我の事ナメすぎ。
一度かかって来て返り討ちになった奴が、聞かれる度思い出しては黙り込むせいで、脅せば我が金や収穫物を寄越すと思っている者が一定数いるようなのだ。その為一向に減らんのよ。
「一度意識の奥に恐怖を捻じ込んでおくのも悪くないだろう?」
『……ソウネ。でも程々にしておいた方がいいワよ』
犬が増えても管理が大変でショウ?と、リィが後ろの冒険者達の様子を確認して呆れている。どうかしたのだろうか。まあ料理長の殺気よりも我の気配に恐怖して腰を抜かしたり膝ついたり、顔を青くしたり逆に赤くして震えてる輩もいるが。
……犬?
『ご主人、来たワ』
「うむ」
リィに言われては仕方がない。後ろに魔力を飛ばすのはやめて、正面から向かってくる魔物達に向けて、全力で魔力を放つ。
魔獣達の断末魔にも似た叫び…というか、恐怖ゆえの全力の威嚇の声が煩い。だが逃げられて今まで通って来た道をそのまま帰られても困るからな。逃げる余裕すら断つ恐怖、つまりは、本当に死ぬ直前の獲物の気持ちになるまで落とし込むため、全力で脅した甲斐あって、魔獣達はそれ以上前にも後ろにも動けなくなった。
…うむ。ここまででいいな。再び魔力を抑えてみるが、魔物達は身体を硬直させたまま、我を見上げて震えている。
そして魔獣達が動かなくなり、我の威嚇から束の間の自由を得た何某らが動き出す。というか逃げる。
…人の形をしている。数は10くらいか?恐怖で足が縺れながらも必死で逃げる。
『いいの?ご主人』
「…構わん。逃げたいなら勝手に逃げればいい」
既に影は仕込んである。逃げようが何しようが全て無意味なのだから。
「さて、ではそろそろよかろう」
我がゆっくりと右腕を上げていくと魔物達の注意がそちらに集まっていくのがわかる。うむうむ。素直が1番だな。
緊張感が高まって、全ての意識がそこに集中して、息すら忘れるその一瞬。
「"おすわり"!!」
腕を振り下ろして魔力を乗せて我は叫んだ。
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