前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

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貴族においての婚約、ひいては婚姻というのは、家と家の契約である。メリットがあるからこその契約というものだな。双方に利益があるか、片方に利益かつ権力がある場合によく成立する。

……というのが、一般的なのだが。

『ご主人!?聞こえてる!?』

そもそも、死人に婚約話など、申し込んだ相手は何か?死体愛好家か!?
アリステラは死んだのだが。もちろん遺体なんてないがな!

『ご主人!!ネェ!チョット!?』

いやあー、まさかそんな趣味を持ってる者からの婚約話などよく引っ提げて我を探せたものだなぁ?
あんな端金と装備で送り出しておいて、我の迷惑も考えずに急に探し、あまつさえそんな話を聞かせるとは!流石は義母の行動を黙認し続けていただけのことはある!

何にせよ、アリステラという人間を、この男が一切顧みていないのはよく分かった。我自身は今、この父親を八つ裂きにしてやりたい。

『ご主人ッ!!!』
「…だから、脳髄は痛いと言っておろうが」

リィに噛まれたー。すぐ治るけど。

「あと、仔犬サイズならともかく、その大きさの時にやらないでくれ。牙が長すぎてシャレにならん」
『良かった生きてたワ!言われた内容がショックすぎたのかと思っテ、焦ったじゃナイ!!』
「…せめて牙を抜いてから話してくれ。ガクガクいってる」

がくがくと。

…ふう。
父親から齎された我への衝撃の婚約話に、ショックを受けたと言うよりやっとまともに感情が湧いて、それが殺意だったという我の現状に、少々呆れてしまう。

殺意が芽生えても、これは我の人間の勝手への苛立ちであって、アリステラの感情ではない。優しい優しいアリステラはこの期に及んでさえ、この父親に対して、自分が顧みられていない事が悲しい…程度の感情しか抱かない。

…ああ、腹が立つ。

『ご主人!あの2人止めないノ!?』

先程までと変わらぬ位置の我と違い、我の視界の中に料理長とラギアが入り込んで、ボロ雑巾を作っている。ボロ雑巾というか、ボロ伯爵な。料理長は物理的にボロボロにしているし、ラギアは精神的にボロボロにしている。

「……いいぞ、もっとやれ!」
『ご主人!?』

我が家にいた際にされてきた虐めの黙認・無視というのは十分虐待に値するだろ。この程度ではまだヌルい。アリステラは何度も死線を彷徨った。対してこっちは確実に殺さないのだから、優しいだろう?

せめてもの慈悲として、精神が壊れないよう魔法をかけておいた。後で詳細聞けなくなったら困るしな。

『…精神崩壊の心配が無くなったから、ルシアと灼華が参加し始めたワヨ。状況悪化させてるじゃナイ』
「…うーむ。これは予想外」

いや、本当だから、そんな疑わしいものを見る目はやめてもらいたい。心外!あ。こら、欠損は治すの面倒なんだから火加減に気をつけろー…と、いいつつ暫く様子見しようとしたところ、ギルマスが乱入してきた。

失礼な事するなと我、料理長、ラギアに一発ずつチョップが落とされた。…物怖じしなくなったな、ギルマス…。以前はあんなにも料理長に対して低姿勢、先程ラギアを紹介した時は貴族だし魔術師だしで低姿勢貫いてたのに…。

……あれ?その2人が低姿勢を見せる我には何で低姿勢じゃないのだ?


「さて、改めて話を聞こう」

今度はギルマスも同席の上、魔法で回復させた父親と対面する。心なしか震えている。愉快。

「どこの誰が、私に婚約を申し込んだって?」
「…魔導国の、リビルト殿下だ」

誰だそれ。我の疑問に答えたのは料理長。

「第三王子ですね。この間まで冒険者をしていた変わり者の」
「いましたね。何度か私を配下に加えたいとほざいていました」

その度追い返しましたがとラギアが続いた。

「何でも、自分が魔導国の王となり、"魔王"の座に着く為に、私の力が必要だとか言っていた小さい男です。
…私に助力を頼むような小物の癖に、魔王を名乗ろうだなどと烏滸がましい。何度か首を落としてやろうかと思いました」
「…そう言う割にはしなかったのだな?」
「………そう、ですね…?」

ん?と、何か我とラギアの間で引っかかった気がしたが、思い至る前にギルマスが口を挟むから忘れてしまった。

「お前ら、その態度、ご本人の前では絶対するなよ?不敬って言われて一発で首が飛ぶぞ!」

え?この程度、事実を述べただけで?それは…ちょっと、魔王と呼ぶには…。

(((「「「器ちっさい……」」」)))

我、料理長、ラギアの心からの気持ちが一致した気がする。

「黙れ。今すぐ、迅速に!どこの誰が聞いてるか分からないだろ!?」
「我らは何も言ってないぞ!」
「そうだ。アリス様はお優しいから何も言っていない。無論我々も」
「目が言ってるだろうが!確かに小せえ器だが!」

ギルマスが言ってるぞ。おい。

「…えー。では続きに戻るが、何故、そんなものが来たのか。私は死んだ事になっている筈。貴族局には死亡届を出さなかったの?」
「…ああ」
「何故」
「それは…その…」

煮え切らない様子に更に腹が立つ。いい歳したオッサンが言い淀んでも何も可愛いくないのだから、さっさと言えや。

「そんなにも我を利用したいか。散々放置してきた癖に。親の情だなどと戯言か?本当に、これだから貴族という奴の口約束は嫌いだ。
そもそも、即座に断る事だってできた筈だ。相手も立場がある。私を嫁がせることが出来ない理由など、幾らでも作れた筈だ」
「…っ…違う!利用するつもりは…!……すまない…!言い訳にしかならないことは分かっている。それでも、お前を探すしかなかった。
ミシェラが、お前に成りすまして魔導国に踏み入れ捕まったのだ。こちらが無礼を働いてしまった以上、私はあちらの要望を叶える必要がある……!」

……ミシェラとは、一応我の義姉のうちの1人である。
それが何だって?捕まった?我のフリして入り込んだから?

………いや、馬鹿だろう。

「馬鹿は死なないと治らんらしいし、もうアレの命で償いますでよくないか?」
「アリス様を騙るなど言語道断です。連れ戻す必要が無くなるように今すぐ私が始末しましょう。どこぞの牢にいるのなら令嬢には環境が合わなくて、呆気なく…というのはよくありますから誰も気にしなそうですし」

上手くいけば娘がやらかした責任と、拘束の末人質が死んだ責任で相殺されて、我への婚約申し込みも無しになるか、逆にこっちが詰ることも可能になる。

美味しいことだらけ!と、我、ラギアは笑い、料理長も静かに頷く。顔色の悪い父親。リィも呆れた様子を見せるが、否定しない。

「…冗談はやめて、話だけでも聞いてやれよ。どれだけ迷惑かけられても、娘を大事に思う気持ちは、俺にもわかる。…頼む」

冗談では無いのだが、ギルマスに言われてしまえば仕方ない。今回迷惑既にかけてしまっているしな。
そのギルマスの温情に報いようではないか。この父親のことは、心底どうでもいいけどな。
さて、それでは。

「その申し込みの前に、何があったのか、包み隠さず話してもらおうか?」
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