おじさんが下りエスカレーターを登っていた

Raccoon

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おじさん

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11月の下旬。
 枯れ果てた木々に不香の花が咲く寒い休日の朝。
 私は日課になっていたランニングの帰りに、異様な光景を目にした。

 おじさんが下りエスカレーターを登っていたのだ。

 私は興味本位で下からそれを眺め始めた。

 そして、眺め始めてから1時間くらいがたった。
 おじさんはいつまでも止まらない。

 私は最初、好奇心から足を止めただけだった。
 だが、おじさんの真剣な表情と足取りが私をここから動くことを許さない。
 釘付けになるとはこういうことだろう。

 そしてまた、時間は進む。
 おじさんの息は上がり、額からは汗が噴き出している。
 その勇姿はさながら1500m走を走り抜けたランナーのようだ。
 私の前を通り過ぎる人々ももおじさんをみて一度止まる。
 そしてどこかおじさんになにか元気をもらったかのような顔で去っていく。

 おじさんが下りエスカレーターを登り始めて2時間ほど経った。
 遂に、おじさんは上まで登りきった。
 そして、おじさんは一呼吸入れた後、何事もなかったようにその場を立ち去っていく。

 私は知りたかった。
 おじさんの行動原理をどうしても知りたかった。
 だからか、気づいたらおじさんを追いかけていた。

「すみません!」

「ん?お、ずっと見てくれてた嬢ちゃんじゃねえか。どうかしたか?」

 どうやらおじさんも私のことを認識していたみたいだ。

「なんで、あんなことしていたんですか」

「あんなことってさっきのあれか?」

「はい」

「……あー。嬢ちゃんは鮭の寿命ってどれくらいか知ってるか?」

 おじさんは唐突にこんなことを言い始めた。

「い、いえ」

「鮭の寿命は大体5年前後なんだ。それで、母川回帰ってのは聞いたことあるか?」

「はい。サケとかが遡上して生まれた川に戻ってくるやつですよね」

「そうだ。俺はエスカレーターを遡上してたんだ」

「えっと。あんまりわかりません」

 意味がわからなかった。
 おじさんはやはり少し変わってる人なようだ。

「ワハハ。そりゃそうだ。俺な、この前58歳の誕生日だったんだけど、その翌日に余命宣告されちまったのよ。長くてあと2年だとさ」

「……そうなんですか」

「そう暗くなるなよ」

「はい」

「そしてここで鮭の話に戻るわけよ。
 鮭の寿命を5年だとすると月にして60ヶ月。
 俺の寿命の予定の60年となんだか重なるんだ」

「鮭はな今日みたいな寒い冬に生まれて、
 春に向けて成長しながらゆっくりと海に行く。
 そして、海で数年かけて立派に育った後、2、3ヶ月かけて生まれた川に戻って、子供産んでその川で死ぬんだ」

「俺が生まれたのも11月の寒い早朝だった。
 地元で高校まで通った後、東京の大学を受験して、そのまま東京で就職した。
 立派になれたかはわからないが、社会の荒波に揉まれて大人にはなれたよ。
 そして今、命も残すところ2年くらいになって、地元に戻ってきた。
 俺がここから番を持つことはないだろうが、ここに骨を埋めるつもりだ」

「どうだ?俺の人生、鮭みたいだろ?」

 ニカっと笑いながらそう言って、おじさんは繁華街の方へ歩いていった。
 私はおじさんの背中が見えなくなるまで鮭の事を考え続けた。


「そうだ、今日のおかずは鮭にしよう」

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