海の嘘と空の真実

魔瑠琥&紗悠理

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第一章

第四話「紺碧は、十字架の色。」その参

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「若くて、綺麗なお母さんだね」

成美さんがテーブルをセットし部屋から出ていくと、私は恭司に小声で囁いた。

「若くて美人に見えるのだけが、お袋の取り柄なんだよ」

恭司はテーブルに突っ伏し、かなり投げやりな言い方をした。

でも、きっと恭司は恭華さんのこともそうだけど、成美さんのことも大好きで大切に思っているんだろうなと私は勝手に想像をする。

「悠希ちゃん、恭司、おっ邪魔しま~す」

個室の扉が開くと、恭華さんのいつも元気な声が部屋中に響き渡たる。

「あれれ、本当にお邪魔だったかな」

恭華さんが意地悪そうに笑った。

「姉貴、他の客に迷惑だから大声だすの止めろ」

「恭司、客じゃなくて、お客様でしょ。あんたは本当に商売を分かってないわね」

「じゃ、姉貴は商売の何を分かっているだよ」

恭華さんが恭司といつものやり取りのしているその後ろに、初めて見る女の子がいた。髪は栗色のナチュラルウェーブのロング、まつ毛が長くお人形さんみたいな大きな瞳。典型的なお嬢様系の美少女。

あれ? この娘、私知ってる?!

私の視線を察したのか、恭華さんが彼女を私に紹介した。

「えっと、こちらは橋本麗子さん。恭司の幼馴染みで、この夏休みから季里恵で一緒に働く仲間よ。夏休み中は悠希ちゃんと同じシフトになるから、先輩としてよろしくね」

「あっ、はい、よろしくです」

やはり、あの履歴書の美少女だ。

「はじめまして、綾瀬さん。橋本麗子っていいます。恭司とは幼馴染みで、婚約もしてます。それも含め、よろしくお願いします」

えっ、婚約?!

恭華さんは橋本さんの言葉に笑いを必死で堪えている様子、そして恭司は私から目をそらし溜め息をついた。

なんか、めんどくさい娘かも。

「そうなんだ。恭司君と婚約してるんだ。若いのに、しっかりしてるね」

私は自分でも意味不明なことを言うしかなかった。

「いいえ。高校生で子供を産んで育てていらっしゃる綾瀬さんのが、もっとしっかりしてると思います。私も早く子育て出来るように、子作りも頑張りたいと思ってます」

えっ、子作り?

「あっ、でも私は綾瀬さんと違って、子供は高校を卒業してから産むつもりですから、避妊はちゃんとしますから」

思考が停止した私の真っ白な頭の中に、恭華さんの笑い声が響いた。

「麗子、飛ばしすぎ。そんなに突っ走らないで。ていうか恭司、あんた麗子とやったの? 麗子とやっといて、悠希ちゃんをデートに誘ったの? あんた相当の下衆ね」

恭華さんの無邪気な笑い声に、恭司が強い声で応戦する。

「やってない! 麗子とはやってないし婚約もしてない!!それに……」

「それに、何よ」

恭華さんはニヤニヤしながら、恭司の顔を覗き込んだ。

「それに、今日はデートじゃないし」

恭司が小さな声で呟く。

えっ、デートじゃないの!?

恭司のその言葉に自分でも驚くほど落胆している自分自身に、私はただただ苦笑いをした。

「なるほど、デートじゃないんだ。麗子、よかったね」

恭華さんはそう言うと、怖い顔で恭司を睨んでいる橋本さんの頭を大袈裟に撫でた。

橋本さんは少し笑顔になったけど、それでも恭司を睨み続けている。

「悠希ちゃん、可愛い子供のためにも、恭司なんかに引っ掛かったらダメだよ」

恭華さんは橋本さんの次に武彦の頭も撫でる。それを無邪気に喜ぶ武彦。そして私にいつもの笑顔を投げかけ、恭司の頭をいつもの調子で軽く叩いた。

「あと恭司、何を今さら言ってるの。あれだけの啖呵を切って学校まで辞めて、今さら麗子と婚約はしてないって、男らしくないわね」

「その話はもういいから、早く注文して飯を食おうぜ」

「大丈夫、もうメニューは頼んであるから」

さすがの恭司も、そして私も、恭華さんの言葉に開いた口が塞がらない。

「二人とも何を惚けた顔をしてるの。お母さんも言ってたでしょ、恭司が悠希ちゃんをデートに誘ったって分かった時点で、絶対に恭の店ここで食事をすると確信してたのよ」

「なんでだよ」

「当たり前じゃない。だってここ、父さんの店じゃない。あんたが好きなのは、父さんの料理だもんね」

恭華さんの言葉に、恭司は窓の外に顔を向けた。そこには、夏の陽射しに照らされた真っ青な海が広がっている。

その時、個室の扉が開き、成美さんがワゴンを押して個室に入ってきた。ワゴンには豪華なお魚料理が並んでいる。

「ほら恭華、手伝って」

「成美姐さん、私が手伝います」

そう言って橋本さんは、ワゴンに積まれた御膳を、丁寧に慎重にテーブルに並べる。

しかし、何で成美姐さんなの?

それに、どうして恭の店ここの料理の味が、恭司のお父さんの料理の味なんだろ。

「さっ、食べようか」

「ちょっと待て、なんでお袋も一緒に食べるんだよ」

確かに、気がつけば成美さんも私達と一緒にテーブルの端に座っていた。

「だから、今日は仕事じゃないの。それに、この料理の材料費は私の奢り、調理の手間賃はお祖父ちゃんの奢り、だから一緒に食べても文句はないでしょ」

いまいち状況が飲み込めない私に、恭華さんが笑顔で解説をしてくれた。

「このお店はね、私達のお祖父ちゃんのお店なのよ。それで母はこのお店を手伝っていて、私と恭司は、お祖父ちゃんのお弟子さんの店長と玄さんの手伝いで季里恵で働いているの」

「えっ、店長も料理するんですか?」

私は思わず大声を出してしまった。

「お祖父ちゃんが言うには、料理の腕は玄さんより店長のが上だったらしいわよ。それに、歳は店長より玄さんのが上だけど、店長のが玄さんより兄弟子だったらしいから。でも店長、味覚障害になって、それで板前の道を諦めたんだって」

「離婚のストレスとかが原因ですか?」

私の言葉に恭華さんが大笑いをする。

「それは分からないなぁ。今度、店長に直接聞いてみなよ」

「綾瀬、店長に余計なことを聞かなくてもいいからな。他人に聞かれたくない事の一つや二つ、誰だってあるだろ」

恭司が即座に恭華さんの言葉を打ち消す。

恭司のその言葉は、きっと店長のことだけじゃなく、私のことを庇って言ってくれているんだろうなと直ぐに分かった。私は少し嬉しくなり、膝の上の武彦を無言でギュッと抱きしめる。

「ところで綾瀬さんは、どうして未婚で子供を産んだんですか? 高校を中退してまで」

恭司の言葉を無視するように、恭司が作ってくれた空気をぶち壊すように、橋本さんが笑顔で私に話しかけてきた。

橋本さん、天然なの?

いや、目は少しも笑っていない。

橋本さん、本気で私に怒ってる!?

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