ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第一章 境界を越えて

訪れた街、出会ったフカフカ

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大きな門を抜けて、薫達は多くの人々がひしめく門前の広場で幌馬車を降りた。長らく揺られていたせいか、足に力が入らずにふらつく薫の視界に飛び込んできたのは、どことなく西洋の中世を思わせる街の景色であった。

人々の往来によって埋め尽くされた通りの両脇には赤レンガの建物が建ち並び、この一帯は恐らく商業通りなのだろう。店頭には野菜や果実のみならず、精巧なアクセサリーや剣や鎧などの武具を並べる店も軒を連ねている。

他にも商店だけでなく鍛冶場や工房があるのか、どこからともなく金属を鍛える音が微かに聞こえていた。

あちらの世界では決してお目に掛かれないであろう異世界の景色に魅入っていた薫であったが、背後からいきなりギランに抱き上げられて足が地面を離れた。

「ちょ、ちょっと!何でいきなり持ち上げるんですか!?」

「だってお前、足が立ってねぇじゃねぇか。そう遠くねぇから、しばらくおとなしくしてな」

結局、なんだかんだ言ってこの人はアレコレ世話を焼きたいだけなんじゃなかろうか。

なんて事を薫が思っている間にも、当の本人は薫を小脇に抱え、巨体を活かしてズンズンと街行く人々の中を掻き分けて歩いていく。

大勢の人々の中でも一際大きなギランの体格は否が応でも目立つ。すると、彼の姿に気付いたか、それぞれの店の奥から店主らしき人々が姿を見せた。

「旦那ぁ、アンタが働きに出てるなんて珍しいじゃねぇか!今回はどんな修羅場潜ってきたんだ?」

「何て事はねぇよ。ただの調子に乗ってるチンピラ退治だ」

「おや、今日はしっかり稼いだみたいじゃないの!じゃあ、ツケの支払いは期待できそうだね!」

「悪ィなおばちゃん。まだテレサとレオンのところの支払いが終わってねぇんだ。おばちゃんはその後な」

「ギランさんよ、そんな子供なんて抱えてどうした?もしかして、お前さんの隠し子かぁ?」

「バカか。俺様は世の女達を悲しませねぇために無責任な種蒔きはしねぇと決めてんだ。こいつは戦利品だ、戦利品」

あちこちから掛かる声に、ギランは笑って冗談混じりに返事を返す。適当な性格の持ち主だが、街の人々からの信用は厚いらしい。

「へぇ……人気者なんですね、ギランさんって」

「俺様はそんなつもりは無いんだが、いろいろと頼まれ事を聞いてる内にな。まぁ、御近所付き合いは大事にするもんだ」

どこか得意気にそう語り、商業通りを抜けたギランは幾つかの角を曲がり、とある建物の前で足を止めた。

「さて……着いたぜ」

「着いたぜ、って……」

薫が見上げる建物は、周囲の賑やかさとは一線を画す大きな二階建ての木造建築であった。傭兵団の拠点ということもあって、どことなく物々しい雰囲気が漂い、薫には読めないが入口に掛かる看板に恐らく傭兵団の名前が書いてあるのだろう。

ただ、物々しさとは別に、少々寂れた雰囲気がするのは薫の気のせいではないだろう。人の出入りもほとんど無いのか、ここだけがまるで別次元に取り残されているかのような静けさに満ちていた。

「ここが、その……ギランさんがやってる傭兵団の拠点なんですか?」

「まぁな。最近はあまり仕事が入らなくてな、どうせ他の奴らも暇してんだろ。後で紹介してやる。さて、久々の我が家に入るとするか」

薫への説明もそこそこに、ギランは建物の扉を押し開いた。

カランカランと扉に備え付けられた小気味良いベルの音が鳴り響く。薫の視界に飛び込んできたのは、沢山のテーブルや椅子の並ぶ広間であった。

傭兵団の拠点と言うより、どちらかと言えば酒場のように見えなくもない。現に、がらんとした広間ではエプロンを身に付けた真っ白な毛並みの犬人が忙しそうにモップを掛けている。

「あっ、お帰りなさい、ギランさん!無事に帰られてなによりでした!」

そんな彼もベルの音とギランの姿に気付くと、嬉しそうな笑みを浮かべて左右に尻尾を振りながら駆け寄ってきた。

全身はモコモコとした体毛に包まれており、垂れた耳なんかは特にフカフカで、薫もすぐにでも抱き付いて撫で回してやりたい衝動が湧き上がってくる。しかし、大型の犬種なのか、ギランには及ばないにしろ二メートル近い彼の方が薫よりも体格的には勝り、抱き付けば逆に体毛に包み込まれて溺れてしまうかもしれない。

「おう、今帰ったぞ。ヴァルツ達はどうした?」

「多分、中庭にいらっしゃると思いますよ。ところで、その子は……?」

「いつもの拾いモンだ。何か適当に食わせてやってくれ。俺はちっとばかり、やることがあるからな」

「うわっ!?」

ようやくギランから下ろされたかと思えば、薫はそのまま椅子に座らされてしまう。すぐにギランの顔を見上げるも、宥めるように頭を撫でられた。

「じゃあな、しばらく良い子にしてろよ?」

「ま、待って、ギランさん!僕まだ何もーーー」

薫が呼び止めようとするも、ギランはそのまま二階への階段を上がって扉の奥へと姿を消した。

取り残されたのは、薫と名も知らぬ犬人。この世界に来てから戸惑ってばかりで、呆然とギランの去っていった扉を見つめる薫の顔を、犬人が優しげな笑みを浮かべて覗き込んできた。

「とりあえず、何か食べるかい?リクエストはある?」

「い、いえ、その……ど、どうぞお構いなく……」

薫もギラン以外の亜人とこうして普通に会話するのは初めてのことであったが、彼の柔らかな態度と雰囲気がそうさせるのか、多少の緊張はあれど恐怖は無い。

しかし、初対面で無遠慮に頼むのも気が引けて、まごつく薫であったが、先に返事をしたのは彼の口ではなく、いいかげん空腹に堪えかねた彼の腹の虫であった。

「あっ……」

「あははっ、遠慮しなくてもいいんだよ。じゃあ、何か簡単なものでも作ってあげる。座って待っててね」

「う……あ、ありがとうございます……」

ポフポフと肉球付きの手で薫の頭を撫でて、犬人はカウンターの奥へと去ってしまった。

なんやかんやで、一人取り残されてしまった薫。恥ずかしさに耳まで真っ赤になりながら腹を押さえ、戸惑いつつも近くの椅子に腰掛けた。
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