ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第四章 ボクと白犬と銀狼と

死闘を超えて

「が、ガウルさん!?」

「だ、大丈夫ですか、ガウルさん!?」

「ダメだ!白目向いちまってる!」

しばらくの沈黙の後、思い出したかのように三人組がガウルの元へと駆け寄ったが、助け起こしたガウルから反応が返ってくることはなかった。仲間内でも恐怖の権化とも言えるガウルがこのような姿を目の当たりにするのは初めてなのだろう。ガウルを支える三人組の表情は戸惑いに満ちていた。

「そっか……僕、やったんだ……」

その様子を眺めて、薫はようやく自身が勝利したのだと実感した。しかし、勝利の雄叫びを上げる余力は微塵も無い。それでも立ち上がろうと両足に力を込めた瞬間、膝から力が抜けて小柄な身体が傾いた。

「カオルッ!」

直後、駆け寄ってきたアルトが滑り込むように薫の身体を抱き留める。晴天の空に浮かぶ雲のようにフカフカの毛並みに抱かれながら、薄らと薫が瞳を開いた。

「アルトさん……僕……」

「凄いよ!あのガウルさんに勝っちゃったんだよ!本当によく頑張ったよカオル!」

感極まったか、全身で包み込むように薫を抱擁するアルト。さんざん打ち込まれた薫の全身が悲鳴を上げるが、それ以上の安堵感が薫を包む。このまま瞳を閉じて、意識を手放してしまいたい。そう考えてしまいたくなるほどの心地良さだったが、残念ながらその願いが叶う事はなかった。

「このガキ……やってくれたじゃねぇか」

ガウルから離れて、三人組が薫達の前に立ちはだかる。一時はガウルの狂気を前にして敵である薫の身を案じていたというのに、今度は薫達が困惑する番であった。

「ちょっと待って下さい!もう勝負はついたじゃないですか!これ以上争う必要なんてーーー」

「うるせェ!ガウルさんまでこんなことになっちまって、今更退けるわけねぇだろうが!」

「俺達をコケにしやがったテメェらだけは、許すわけにはいかねぇんだよ!」

傭兵団のプライド、というよりは彼ら自身のプライドの問題といったところか。クライヴの仲裁があったとはいえ、敵対する傭兵団のメンバー、しかも薫のような見るからに貧弱な少年
に面子を潰された挙句、形としては助っ人して介入したガウルまでもほとんど本気ではなかったとはいえ結果的に薫によって打ち倒された。

ここで何もせずに逃げ帰ったとなれば、彼らの面子はそれこそ地に落ちるだろう。傭兵団の中で名を上げたい彼らとしては、それだけは絶対に避けたいことであった。

「離れてください、アルトさん……ここは、僕が……」

「もう無理だよカオル!まともに剣を握れてもいないじゃないか!」

迫る危機を前に満身創痍の身体に鞭打って立ち上がろうとする薫だったが、必死に彼を押さえるアルトによって阻止される。事実、アルトの言うように薫は既に剣を握るだけの握力すら残されてはいなかった。

しかし、そんな事情を汲んでくれる彼らではない。怒りに身を任せる彼らから薫を守るように、アルトは薫に覆い被さった。

「アルトさん……もう、やめて……」

「大丈夫、今度は僕が薫を守る番だよ。大切な仲間を傷付けさせたくないのは僕だって同じだから……!」

戦線に立とうとする薫を我が身を盾に守るアルト。もはや、彼らに抗う術など存在しない。二人寄り添い、もはや翌日の陽の目をまともな身体で迎えることは出来ないだろうーーーそう思われた瞬間であった。

「そこまでだ」

戦いの熱気冷めやらぬよう修練場に涼やかな声が響き渡る。この声を耳にするのは本日二度目だろう。その証拠に三人組の顔色は一気に青ざめ、大柄な巨体が怯えたように小刻みに震え始める。

「あれから姿を見せず、よもやと思って来てみれば案の定か。俺の忠告があまり身に染みていなかったと見える」

「あ、あ……っ」

「く、クライヴさん……」

鰐人が薄闇に向かってその名を呟く。静かに土を踏みしめる微かな音を響かせ、降り注ぐ月光を反射させる蒼鱗の竜人、クライヴがその姿を現した。

「クライヴさん……凄く怒ってる……」

薫を抱きしめるアルトの身体は小刻みに震え、やっと搾り出した声すらもまた同様に震えていた。聡明さを感じさせる瞳は一点に薫達を見据え、一歩、また一歩と歩み寄ってくる。立ち振る舞いは凛とした優雅さすら感じさせるものであったが、鰐人達は一瞬たりと目を離すことが出来なかった。何故なら、ほんの僅かでも視線を逸らせば首が飛ぶ、それほどまでの凄味というものを感じさせられた。

「さて……これはどういう状況だ?」

倒れたガウル、薫を抱き抱えるアルト、そして二人に詰め寄る鰐人達へと順々に視線を巡らせた後、三人組へとクライヴの眼光が向けられた。

「ち、違うんです団長!これはアンタの言いつけを破ったとかじゃなくてーーー」

言い掛けた鰐人の眼前で煌めく一閃。それが一瞬何だったのか、彼が理解するよりも前にポトリと地面に白い幾つかの欠片のようなものが落ちた。

「あがっ、あ……っ!?お、俺の歯、歯がぁああ……っ!?」

「ひ、ひぃいいいっ!?」

「おわぁああああっ!?」

見下ろせば、それは鰐人の上顎の歯であった。口元を抑えて悶絶する鰐人と腰を抜かして座り込む虎人と犬人。そんな彼らを見つめるクライヴの手には、いつの間にか大太刀が握られていた。

長さはクライヴの背丈ほどもあり、煌めく白刃は薄闇の中でも月光を反射して妖しい輝きを帯びている。クライヴは一瞬の内に背中に袈裟懸けにした鞘から一瞬にして刀身を抜き放ち、鰐人の歯を切り落としたのだろうが、クライヴを注視していた薫もその動作を捉えることは出来なかった。

「…無駄な弁解に耳を貸すつもりはない。俺の質問に答えろ……これは、どういう状況だ?」

「は、はいっ!あの後、俺達はーーー」

喋ることの出来ない鰐人に代わり、犬人が切々と事の顛末をクライヴに説明する。全てを聞き終わった後、クライヴは顔色一つ変える事なく一度だけ頷いてみせた。

「…事情はわかった。要はガウルの暴走ということか」

「へ、へへっ、そうなんですよ。俺達、それはやめといた方がって言ったんですけど全然聞いてくれなくてですね」

「そうそう。止めようとしたら俺達全員ボッコボコにされちまったんですよ。コイツなんて鼻砕かれましたからね」

「ほ、ほーなんでふ……」

クライヴの怒りの矛先を避けられるかもしれない。その微かな光明を求めて何とかガウル一人の責任に持っていきたい三人組。しかし、実際のところ今回についてはガウル一人の暴走が要因であり、決して嘘はついていなかった。

「そうか……わかった。ガウルを止められなかったのは俺の責任だな。お前達には面倒を掛けさせた」

「へへっ、ホントそうですよ。クライヴさんも、もっと俺達の事を信用して下さいよぉ。いきなり得物なんか抜いちゃって、穏やかじゃねぇなぁ」

「俺達はガウルさんを止めようとしたんですよ?クライヴさんの言いつけを破るなんて、そんなことはーーー」

「そんなことはしていない……と?」

「あ……」

唐突にクライヴの声のトーンが下がる。僅かに調子に乗り始めていた三人組は我に返ったように口元を押さえた。

「確かにガウルの暴走はあっただろう。だが、その後のお前達の行動は何だ?俺には彼らを害するつもりのように見えたが?」

「そ、それは……」

虎人達は、今更になって自分達の行いを後悔した。クライヴは初めから何もかもお見通しであったのだ。返す言葉もなく、ただ俯いて沈黙するしかない三人組を、クライヴの険しい眼差しが刺し貫いた。

「もういい……失せろ」

「へっ……?」

冷たく言い放つクライヴの言葉を思わず聞き返す虎人。そんな彼に、クライヴは表情一つ変えることなく再び口を開いた。

「失せろと言ったんだ。俺に同じ台詞を何度も言わせるな」

「そ、そりゃねぇよ団長!俺達、アンタの言いつけを破るつもりなんて無かったんだ!だから考え直してくれよ!」

「俺達はガウルさんに従っただけなんだって!俺達だけ責任取らされるなんざ筋が通らねぇでしょうが!」

「おご、おごご……っ」

「ガウルに付き従った件を咎めるつもりはない。アレの性格は付き合いの長い俺も熟知している……だが」

その瞬間、冷たく凍て付いたクライヴの瞳に炎が宿る。怒りという名の激情の炎。彼らにとって初めて目の当たりにするクライヴの怒りを前に喚き散らす鰐人達は喉奥を堰き止められたかのように言葉を発することが出来なくなった。

「一度ならず、二度までも俺の元仲間に向けた悪意……これだけは、見過ごせるか……!」

「ひ、ひぃ……っ!」

尻尾を股下に巻き、抱き合って怯え震える三人組に向かってクライヴは大太刀を高々と掲げーーー

「さっさと……失せろォッ!!!!」

「ひ、ひゃあああーーーーーッ!!」

「ま、待ってくれぇえッ!!」

「お、おがあが……!」

大気を震わせるクライヴの一喝を合図に悲鳴の三重奏を奏で、鰐人達は脱兎の如く駆け出した。その後ろ姿が闇夜に紛れて見えなくなるのはあっという間のことで、クライヴは掲げた大太刀を振り下ろすことなく、そのまま背中の鞘に納めた。
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