【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

20 記憶を刻む

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「あなた……」

 妻のシャーロットが、窓辺から街の様子を眺める俺に呼びかけた。
 夕暮れにはまだ早い時間。親友のヴァンと異世界から迷い込んだ少年リクを見送り、はしゃぎ疲れたシェリーを召使いたちに任せ、やっと二人きりになったタイミングを見ていたのだろう。
 ききたいことは今日の来客の件だ。そう察して水をけた。

「ロロット、リクという少年はどうだった?」
「とても、清らかな……心根の真っ直ぐな子です。少し遠慮がちで素直になれないところがあるようですけれど。それより……」

 柔らかな微笑みをそのままに、呟く。

「不思議な魔力をお持ちのよう」
「気が付いたか。ヴァンが魔法で隠していたようだが」
「……やはりそうでしたのね」

 シャーロットは不思議な眼力を持つ。ヴァンの、魂の本質まで見抜く洞察力に近い性質のものだ。その不思議な力で、本人も気づかない心の変化を知ることができる。

「あれほど必死なアーヴァイン様……わたくし、初めてお目にしました」

 おっとりとした口調だが、俺に並んで窓の外を見つめるシャーロットが不吉な言葉を口にした。
 俺は、そっとため息をつく。
 ヴァンに「何の対処もできずに溺れるお前じゃない」と言った。普段のあいつならばそうだ。
 だが……今回は少し勝手が違う。
 切なげな瞳で「帰すよ」と、「信頼を失いたくない」と言いながら、同時に「リクが迷い込んだ異世界は素晴らしい場所だったと」を刻ませようとしている。
 リクが、ヴァンの元から離れがたくなるように……。

 あいつ自身、意識してやっていることか、無意識でのことかは分からない。
 だがヴァンはきっとリクを手放さない。
 いや……手放せないだろうと、俺は感じていた。


     ◇◇◇


 何となく予想はしていた。
 ヴァンさんが次に連れて行ってくれた……洋服店も、すごかった。

 アウトレットショップや古着屋でもない。普段着だって聞いていたのに、なぜ採寸なんかするの⁉ 普通に、SとかMサイズとか……吊られていたり、ワゴンに山積みになっている中から探したりするんじゃない。
 これって……一点物、を作る流れだよね。

 さらに普段着の他に、ちょっと外に出る時用のジャケットやコート、下着に靴と……いったい、どれだけ用意するつもりなんだよヴァンさん。しかも新品。
 俺は怖くて値段がきけない。
 いやきいても、俺にはそれがどのぐらいの価値かは分からないけれど。

「ヴァン……さん……」

 素晴らしく紳士な老店主、バーナードさんに深々と挨拶されながら「後ほど宅までお届けいたします」と見送られ店を出て、俺は恐々とたずねた。

「俺……あと、どのくらい……ここにいるか分からないのに……あんなに買って大丈夫……なんですか?」

 明日にだって、元の世界への帰り道が見つかるかもしれない。
 そうしたら今買ったものは全部無駄になる。あ、いや、袖を通さなければ返品とかできるかな?

「いいんだよ」

 ヴァンさんは優雅に微笑みながら答える。

「着る物も無く裸で過ごして、風邪をひかせては大変だ」
「いやそこは! ヴァンさんの着古した物とかでも、俺、全然平気だし!」
「僕の服が着たいの? かなりサイズが違うよ?」

 そう言いながら、俺の上から下まで視線を流す。
 パジャマ代わりにシャツを借りて寝た。裾は膝あたりで袖も長い……どう見ても子供がイタズラで着たような、情けない恰好になっていた、けど……。

「うん、あれは可愛かった。似合っていたね。失敗したな」

 パジャマはいらなかったかもしれないと、笑いながら言う。
 ヴァンさんはもう、すぐそういう冗談で返すんだから。からかわれていると分かっても、楽しそうだと思うと怒るに怒れない。
 そんな風に用事を終えて最後にたどり着いた所は、とても落ち着いた雰囲気の店だった。




 美味しい匂いと店内の造りから、レストラン……それもけっこう格式の高い方だと分かった。俺、元の世界でも、こんなに立派な場所なんか入ったこと無いのに。
 ここでも身なりを整えた給仕が、上品な仕草で窓辺の席に案内をする。
 俺はどことなく落ち着かない気持ちで座り、窓の外に視線を向けた。

 そろそろ夕暮れの時刻だ。ここでは、日が沈んでから街を歩く人の姿をあまり見ない。そういう習慣なのだろうか。

「ヴァンさん、この街の人たちって、夜は外出しないですよね?」

 前にも思ったことだ。二十四時間のコンビニがあって深夜まで電車が動いている、俺の元の世界と全然違う。こう、街中なのに田舎のような、ゆったりとした空気感というか。
 ヴァンさんは俺の質問を聞いて、一瞬きょとんとしてから「あぁ……」と納得したような顔で唇の端を上げた。

「夜は危険だからだよ」
「危険?」
「魔物が出る」

 さらりと、言われた言葉で俺は顔をひきつらせた。

「ま、もの? 地下道や迷宮にいると言った……」
「そう。その魔物」
「やっつけたり……その、退治したりはしないんですか?」

 人に害を与える生き物がうろついていたら、警察やら何やらが出てて駆除する様子は、テレビでも時々見た。ここにそういう人達はいないんだろうか。
 ヴァンさんは俺を見て、「んん……」と思案する。
 たぶん俺は、基本的な知識が抜けているのだと思う。

「リクの世界に魔物はいないのかな?」
「俺が知る限り、いません」

 都市伝説とか、物語やゲームの中では定番だろうけど、きっとそういう意味じゃない。

「そうか……ならば、魔物と聞くと、どんなものを想像する?」
「ええっと……狂暴な生き物なら熊とか狼とか……恐竜みたいなの、とか?」
「竜がいるの?」
「大昔の話です。現代にはいません」
「魔物はいなくても竜はいたんだ」

 うぅぅ……上手く説明できない。
 困った顔になる俺を見て、ヴァンさんが楽しそうに微笑んだ。

「まぁ、その話はおいおい、また今度話そう。魔物のことだけれど……人よりも大きな物はある程度対処できるんだよ。この国では数も多くはないから、討伐隊を組んで倒すことも、罠にかけて封じたり結界を張って街に入り込まないようにしたりとね。けれど小さな魔物はそうはいかない」
「罠にかからないのですか?」
「数が多くて、いちいち対処していられない、というのが本当のところかな」
「数が……多い……」

 害獣みたいなものだろうか。
 カラスとか狸とか。ネズミもそれにあたる。罠を張ってある程度駆除しても、完全に追い払うことは難しい。

「小さな物ほど厄介だが、実は魔物には苦手なものがある。それが光だ」
「明るい物が嫌い?」
「明るい場所もね。暗闇に出る。夜に徘徊する。地下道や迷宮もそうだ。だから夜は出歩かないようにしている。家の中などある程度限定された空間なら、小さな魔物も寄せ付けない結界……守りを施すことができるから」

 そうか、棲み分けみたいなものか。

「どうしても夜出歩く用ができた時は、護衛を付けるのがつねだよ。でなければ、武器や防具を携帯すること。自分の身は自分で守れという話だ」

 自分の身は自分で守る。ある意味当たり前の話だ。
 向かいの席に座るヴァンさんが、真剣なまなざしで俺を見つめている。そしてゆっくりと、静かな口調で釘をさした。


「だからリク、僕がいない夜は、一人で外を出歩いてはだめだよ」


 腕力に自信がない俺は、素直に従おうと頷いた。





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