【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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00 プロローグ・Autumn, three years later. ※

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 秋の気配に、森の樹々が鮮やかに色づき始めている。
 ほっと息をつくほどに、静かで、穏やか昼下がり。その湖畔のコテージで、俺は窓の外のテラスに顔を向けた。

 森をいく鳥の声が響き、風がこずえを揺らしている。
 テラスの白い床の上で踊る木漏れ日。
 お湯を入れた手元のポットからは、はなやかなお茶の香りが漂ってきた。

「よし……」

 用意したお茶をトレイに乗せて、テラスに向かう。
 シンプルな丸テーブルの横にある寝長椅子カウチには、目をつむり横になっている人がいた。

 白……というには健康的な明るい肌色。はっきりした骨格と彫りの精悍せいかんな顔立ち。明るい緑の瞳を隠した瞼。長い睫毛。柔らかなクリームイエローの髪は日の光を反射させて、繊細な職人の手で作られた芸術品にも見える。
 アーヴァイン・ヘンリー・ホール。
 奇跡としか言いようのない強大な力を持った、この国一番、いやきっと、この世界随一だろう偉大な結界術師にして大魔法使い。
 そして俺の、とても……たいせつな人。

「眠っちゃった……かな」

 トレイをテーブルに置いて顔を覗き込む。
 俺の姿はアーヴァイン――ヴァンとは正反対だ。
 黒髪に黒の瞳。日焼けしにくい肌色だけは似ているかもしれないけれど、身長は未だ届かず、お世辞にもたくましいとはいえない身体つきもあって、いつもいいように翻弄ほんろうされている。
 八歳という歳の差のせいばかりじゃなく、力だって、俺が成人したぐらいでは全然追いつけない。

「ヴァン、眠るなら中に入って。風邪を――」

 視界の端で腕が動いたかと思った瞬間、肩を抱き寄せられた。
 そのまま口を塞がれる。

「……んっ……」

 やわらかな唇。思わず開いた隙間から、厚く、熱い舌が、歯をなぞり入り込んできた。俺にそれを拒むことは、できない。
 鼻にかかる声に、ヴァンの舌が反応している。頭の芯が痺れる。

「……んんっ……んっ……」

 ゆっくりと、絡み、舌の形を確認するようになぞっていく。
 上側を撫で、吸い、またからみつく。情熱的になっていく舌の動きに、甘い息が漏れる。力が……抜けていく。

「ん……ヴぁ、ん……んんっ」
「起きているよ……リク」

 自分の腕で上半身を支えきれなくなってやっと、ヴァンは唇を離した。もう……本当に、油断も隙もあったものじゃない。

 最初の頃は……全然、こんな感じじゃなかったのにな。

「ふふっ……」
「ん?」

 何だか可笑おかしくなって笑うと、ヴァンが首を傾げた。

「……ヴァンと出会った三年前のこと、思い出した」

 異世界から迷い込んで途方にくれた俺を、ヴァンは引き取ってくれた。守って、たいせつにしてくれて。だからこそ……。

「全然……キス、してもらえなくて、なんかこう……」

 俺ばっかり思いをつのらせ、切なさに身を焦がしていた。

「していただろ?」
「おでことかほっぺたばかりで……口には、してくれなかった」

 ろくすっぽ知識も無いくせに、ヴァンの熱を求めていた。

「自分の気持ちに気付くまでが、辛かったな……」

 呟いて、ヴァンの胸に頭を乗せる。
 気づいてからもしんどかった。
 心と体の距離を測りかねて。ヴァンにふさわしいと思えなくて不安で。危険な力も持っていたから、傷付けてしまわないかと自分が恐ろしかった。

「僕は、知っていたけれどね」
「ヴァン?」
「ずっと誘ってただろ? こんなふうに……」

 片腕で俺の肩を抱いたまま、もう片方の手がするりとシャツの中に入ってきた。そのまま背骨に沿った肌の上を直接、ヴァンの熱い指の腹が、駆り立てるように上から下へと優しくなぞって……。

「――っは! あ……」
「リクの誘惑に負けまいとするのは、辛かったよ」

 息が触れるほど近く、耳元で囁く。

「はぁ……ふ、ん、んんっ……」

 ぞくぞくする。甘い痺れが頭の芯から膝まで流れ、思わず背筋をのけぞらせた。下から上へとまた下へ、背骨にそって、ゆっくりと動く指。
 声を、抑えられない……。

「……んん、う……ヴァン……」
「うん」
「指……やら、し……」
「ん?」

 確実に火をつけていく。
 空気を求める魚のように、喉をそらして息を吸う。逃げられない。逃げる気も無いのに、肩を抱くヴァンの腕は緩まない。

「いやらしい?」

 俺の首筋に唇を添わせるようにして、きいてくる。
 あぁ、これは……ヤバイ。

「いやらしいっていうのは、こういうことかな……」
「……っあ!」

 背骨をなぞっていた指がするりと、更に下の尻の割れ目の方まで下りていって腰が跳ねた。じわりと汗ばむ身体。尾骨をなぞり、ぎりぎりまで下りながら肝心の場所には触らない。
 触ってくれないところでまた、熱い手のひらは腰に戻って撫で、さする。

「ぁあ……あ、はっ……ヴァン……」

 指の動きを追って腰が、揺れた。
 下肢に熱がこごってはち切れそうになっていく。

「リクは……本当に感じやすい、よね」
「はっ、あ……ヴァンが……そう、した……」
「うん……」

 そんな……嬉しそうに言うなよ。
 恥ずかしいのに、嬉しくなる……。
 すでに息が上がって、体中が甘く痺れている。熱い。これ……どうするんだよ。俺一人じゃ、とてもじゃないけど治まらない。
 こんな明るい時間の、しかもコテージのテラスで。
 誰が来るかも分からないっていうのに……そういうのも、全部分かっていて火を点けている。楽しんでる。そっちがそのつもりなら、とことん付き合ってやる……。

「ヴァン……して……」

 耳に触れるほど近く唇を寄せて、精一杯、甘い声で囁いた。

「リク?」
「もっと……きもちよく……して……」

 肩を抱く腕が緩んだ。
 ゆっくりと頭を持ち上げて、ヴァンの顔を見下ろす。綺麗な、綺麗な、宝石みたいな緑の瞳に、とろけそうな俺の顔が映っていた。





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