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第2章 届かない背中と指の距離
50 婚約破棄と噂
しおりを挟むヴァンがまだ家族と暮らしていた頃、いったい何があったのか。
聞くなら本人にたずねた方がいいだろうな、と思う。
……でも、身内の個人的な話を聞いていいものか。そう迷う俺の心を読んだのか、兄ザックが話をしてくれた。
「令嬢との婚約を全部破棄された、という話です」
「婚約破棄?」
ヴァンと合流するまでの間、いつもの基礎メニューをこなした俺たちは、宿舎の食堂の席に腰を下ろした。互いに飲み物を持ちながら、ザックは少し言いずらそうに口を開く。弟マークが続けた。
「噂だから、どこまでホントウかは分からないですよ」
「けど……一時期、かなり有名になった話で、ホール侯爵家の三男坊は天からあらゆる才能を与えられたが、子を成す力だけは授からなかったとか……なんとか……」
「えっ? 婚約破棄が、子をって?」
ザックとマークが顔を見合わせる。
「あぁ……その、リク様のいた世界ってどうなっているのか知らないけど、貴族たちは慣習として、成人したら直ぐに婚約者と結婚する決まりがあるんですよ」
「……成人したら、すぐ」
たしかこの国の成人は、十八歳と聞いた。
「そう言えばずっと前にヴァンから聞いた。祝いとして社交界でお披露目をするのが習わしで、伴侶を選ぶ……とかなんとか」
「そう、それです」
飲み物だけじゃ足りないマークが、肉と野菜を包んだパンにかぶりつきながら答えた。
「それって、パーティみたいな場所で結婚相手を探す……とかじゃなくて」
「たいていはお披露目前に両家の話し合いで相手は決まっていて、披露宴の後、そのままベッドに行って子づくり開始! っていう流れなんだよな? 兄貴」
「こ……」
「マーク……リク様が驚いているだろ。もう少し言葉を選べよ」
弟のあけすけな言い方に、ザックが眉をしかめた。
いや、変に遠回しな言い方よりいい。いいよ。分かりやすいから……。
「結婚……の前に、子づくり、なん……だ」
「そりゃあ、そうですよ。懐妊してはじめて結婚が成立するんだから。ちなみに庶民なら養子を迎えて結婚という場合もある」
でき婚が標準。うわぁ……そうか、そういう世界なんだ……。
「……ということは、ヴァンはその、えっ、エッチをしても子供が出来なかったと?」
「えっち?」
「あぁ……いや、その、子づくり? の行為というか」
「契りね」
「あぁ……そういう言い方になるのか。そう、それ」
「できなかった」
なんだか変な汗が出てきた。
顔が熱くなってくる。
けど、そう……そうか、そうなんだ……やっぱり、いろいろ経験済み……なんだ。うんそりゃあ、八歳も年上なんだからそうだよね……うん。
「出来なかった……というのは、相手の方との相性が悪かったのかな」
「相性なのかな?」
「うぅん……」
マークが悩むようにして兄の顔を見る。
どんな人なんだろう。
ヴァンの……相手になった女性って。令嬢っていうぐらいだから、きっとすごく綺麗で美人で性格もよくて、家柄とかもよくて……すごい令嬢なんだろうな。
とにかく、飲み物でも飲んで落ち着こう。
「まぁ、一人二人なら相性って話もあるかも知れないと、百人とかになってくると……」
「ぶっ!!」
吹いた。激しく咳込む俺の背中を、ザックがさする。
「ひ、ひゃく……!?」
「えー……俺、二百って聞いたよ」
「いやそれはさすがに、この国の令嬢を全部集めたって話になるだろ」
「他国からも婚約の申し込みが来たっていうから、あり得ない話じゃないんじゃね?」
マークののんきな声に、俺は開いた口がふさがらない。
カルチャーショックを受けている俺にザックは複雑な表情を向けて、「まぁ……その……」と声を漏らした。
「人数は正直、大げさに尾ヒレのついた噂だと思うけど……とにかく、一人二人の話じゃなくて、申し込まれた婚約が全部ダメになった、っていう話です。アーヴァイン様ほどの血筋と才能があれば、その御子を望む家は後を絶たないと思いますし。あの甥御様は、そのことを言っていたんだと……」
クリフォードは「類稀なるまれる才を継ぐ血を絶やしてはなりません」と断言していた。ヴァンは婚約を破棄したことで、実家と上手くいかなくなった……というところだろうか。
貴族……って、大変だ。
「ここにいたんだね」
不意に声をかけられて振り向いた。
ゲイブと一緒に、仕事の話を終えたヴァンが俺を迎えに来た。直ぐにザックとマークが立ち上がり挨拶をする。
俺は……今の話の直後で、あわあわと情けなく口を開いてしまう。
「どうしたの? リク、顔が真っ赤だよ」
「えぇぇ……あ……」
「リク様に、この国の慣習についてお話させて頂きました」
ザックが当り障りのない返答をする。
首を傾げ、探るような視線のヴァンに、俺は「うんうん」と頷いて答えた。
いやでもこれは……後で何か聞かれそう。ヴァンはそういうところ、妙に勘がいいし……。という俺の予想は、外れなかった。
夕暮れ時。
自宅に戻って二人で食事を終えた後、ソファにくつろぐヴァンと目が合った。
悪いことをしているわけじゃないのに、思わず目をそらしてしまう。
「おいで……リク……」
ビクリ、と一瞬硬直した俺は、結局そのままヴァンの膝の間に座るかたちで収まった。あぁ……もぅ、これは、逃げられない感じだ。
俺の腰に両手を回して、じっと目を見つめてくる。
緑の綺麗な瞳をまともに見返せなくて、俺は、無駄の抵抗のように視線をそらした。
「昼間のことで何か不安になった?」
たずねるヴァンの声はやさしい。
たぶん、本当に俺のことを心配しているのだと思う。それなのに……。
「う……ん……」
何て言って答えたらいいんだろう。
突然現れたあの甥っ子が言ったこと。ザックたちから聞いた噂。
ヴァンは本当に何人もの女性と、契り、というのをやって……子供こそできなかったのかもしれないけれど、好きになった人はいなかったのだろうか。
いい大人なんだし。
そういう……性的な欲望……があってもおかしくない、と今更ながら思う。
今だって俺の相手なんかより、ちゃんとした女性を求めていたりしないのだろうか。
本当は……既に好きな人が、いるんじゃないだろうか。
子供が出来なくて結婚できなかっただけで。心に決めた人とか――。
「いや、そういうんじゃないけど……」
ぐるぐる頭の中で、いろんな言葉がうずをまく。
理由も無く胸の奥が痛くなる。
「言ってごらん」
俺の髪を撫で、梳きながら、ヴァンはやさしく促した。
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