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第3章 成人の儀
84 さて、次は殴り込みに行こうか
しおりを挟むちゃんと服……と言っても部屋着を着て食卓で向かい合う。
俺を見つめるヴァンは昨日と変わらないはずなのに、なんだか全部がきらきらしているように見えて。それだけで照れくさくて、もぅ……どうしたらいいんだ。
「そうだリク、先日、衣装の採寸をしただろう?」
ぎこちない俺わ労わるように、ヴァンが話題を振る。
「あぁ……えぇっと、お披露目用のスーツ?」
「仮縫いが出来たと連絡があったから、明日にでも見に行こう」
「えっ……」
一ヶ月ぐらい前にお披露目用に着るスーツを、いつもの洋服屋さんで頼んでいた。けど、昨日の成人の儀までに出来たという連絡をもらっていない。
昨日は昨日で、新調したよそ行きのジャケットとスラックスだったから、俺としては十分満足していたりするんだけれど。
「間に合わなかったんだと思っていた」
「そんなことはないよ。あぁ……昨日、着なかったから?」
「うん」
生地とか形とかか、ずいぶん念入りに打ち合わせしていた。飾りにはこれをと、魔法石が入っているらしい小箱を渡していたから、いったいどんな物が出来上がるのだろうと、期待と不安でいたのに。
ヴァンはそんな俺の様子がおかしいのか、笑いながら答えた。
「昨日集まった人たちは、気心の知れた人たちばかりだったからね。そこまで警戒する必要も無かったんだよ」
「け、警戒?」
「そう……今準備しているのは、今度僕の実家で開かれるお披露目。まぁ……言ってしまえば社交界という公の場に出る、そのための戦いの装いだよ」
えっ……。
あ。
社交界。
……そう言えば以前、聞いていた。
『誕生より十八の年を経た生まれ月の満日。祝いとしてお披露目をするのが習わしとなり、伴侶を選ぶ。まぁ……十八歳、だね』と。
ぶわっ、と顔が赤くなった。
俺てっきり、お披露目って昨日のあれが全部だと思っていた。
祝いの言葉を頂いてから、皆にお祝いしてもらった。
もうそれだけで嬉しくて満足で。そのまま……ヴァンと熱い夜を過ごして……。
祝いとしてお披露目をするのが習わしとなり、伴侶を選ぶ。
――伴侶。つまり、結婚の相手。
俺の好きのベクトルはヴァンだけに向いている。だから結婚とか、そんなの全然考えていない。というか……やっぱり同性だから、ヴァンと結婚とかは……当然無理、なわけで。
「ははははは……」
この世界の風習を改めて実感して、俺は、冷や汗が出て来た。
俺……今更、女性の恋人を作ろうなんて気持ち、全然ない。けど、ヴァンの側はそうできない事情もあるだろうし。
「リク、何を混乱しているんだい?」
「ぇえぇぇ……あぅ、え……俺」
「うん」
「女性とのけ、け、結婚相手とか……いらない」
「ん?」
「全然、そういうの、考えられない……」
きっと俺はすごくなさけない顔になっていると思う。
けど、本当だ。
綺麗な女性は綺麗だと思うし、シェリーちゃんだって可愛いと思う。けどそれだけだ。恋人とかまして結婚相手になんて、全然考えられない。俺の一番大切で大好きな人の位置に、知らない女性が立つなんて、無い。
口をぱくぱくしている俺に、ヴァンは苦笑してから呟いた。
「まったく……リクは、可愛いね」
「えぇぇ?」
「今回のお披露目はその名の通り、僕の側の人間たちにリクという人の強さを知らしめて牽制するためのものだよ。いちおう後見人として僕が立つが、リクは貴族ではないのだし、お披露目と同時に結婚相手を決める、ということは無い」
あぁ……そ、そうなんだ。
「むしろ、勝手にそんなことはさせない」
「え……」
「まぁ、これに関してはもう少し外堀を埋める時間をくれないかな?」
「う、うん……」
よくわからないけれど、ヴァンは何かを考え動いていてくれている。
だったら任せればいいと俺は頷いた。正直、その辺りの習わし的なものは俺には分からない。俺はただできるだけ長く、ヴァンのそばにいたいだけだ。
愛されていたいな……と思ううだけで。
「ねぇ……その、俺の強さを知らしめて牽制って、どうして?」
「今年はリクを、大結界再構築の場に連れて行こうと思っているから」
「え……」
昨年も一昨年も、俺は連れて行ってもらえなかった。
昨年はいろいろと自覚していたこともあり、辛いながらもどうにか耐えたけれど、一昨年はヴァンがいない寂しさにおかしくなってしまうところだった。
いつか、連れていって欲しいというのは俺の願いだ。
けれど国を護る大切な儀式に、寂しいから、という理由だけでついて行けるものじゃないのも分かっている。
「俺、連れて行ってもらえるの?」
「僕はそのつもりでいたよ」
真剣な眼差しで俺を見つめる。
「……そのための下準備だ。国の一大事業、大結界再構築の場、聖域は、国王や国の将軍らを始めとした、魔法院の中枢を担う者たちが集まる。ある意味魔物の巣窟のような場所だ」
国王や将軍、魔法院の者たち……そう聞いただけで、俺の顔は引きつる。
「僕はリクをただのお世話係ではなく、賓客として、僕の隣に立たせるつもりでいる。リクを……僕と同等の地位の者としてね」
「ヴァン……」
「お披露目会はそのための最初の一撃だ。それで周囲の者たちを黙らせる。その日のために僕はこの二年近くの間、準備をしてきたのだから」
頬杖をついて俺を見る。
まるで獲物を前にした捕食者の瞳のようで、背筋がぞくりと泡立った。
ヴァンの強さは魔法や武術だけじゃない、魑魅魍魎がうごめく貴族の中でも平然と立ち回る駆け引きもあるのだと知って、恐ろしくなる。
「俺……上手く、できるかな」
「できるよ」
ヴァンが断言した。
「リクは十分、貴族共を圧倒できる力を身に着けている。お披露目の衣装はその最後の仕上げだ。楽しみにしよう」
そう言って、ヴァンはにっこりと微笑んだ。
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