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第4章 たいせつな人を守りたい
130 魅了でまもる!!
しおりを挟むそれは飛竜のような、空飛ぶ獣や鳥とは全く違う姿をしていた。
一言で言うなら巨大な虫。地を這う多足の不気味な虫に大きな羽をつけ、群れとなって襲い来る。見る者に恐怖を抱かせる醜悪さに、俺は覚悟しながらも一瞬、顔を引きつらせた。
ヴァンの書物の中では見たことがあった。
火も水にも強く、硬い外殻は簡単に鏃を通さない。唯一の弱点が雷だが、動きが素早く当てるのは困難なうえに獰猛だという。こんな魔物が街を襲ったらひとたまりもない。
幸いにも魅了の鍛錬をしていたベネルクの周辺や、街の地下迷宮で遭遇したことは無かった。
この国で滅多に見ることが無いのは、ヴァンたち結界術師が国内への侵入を阻止しているからだ。逆に大結界の外――アールネスト王国の外の国々には、これらの魔物が多数出現するのだと聞いて俺は怖くなった。
昔……誘拐から救出された後で、ジャスパーから聞いた話がある。
ヴァンが国に命令されて行っている義務――大結界再構築。その大結界が崩れれば、国境から数え切れないほどの魔物が流れ込む。
『嫌だと言って辞められるものじゃない。実際、それだけの結界を維持できるようになる前は、常に魔物の脅威にさらされて来た。生まれた子が大人になれるのは、十人に一人と言われるぐらいにね。あいつは国民を人質に取られているようなものだ』
『十四の頃からだ。もっとも、それより前から似たようなことはやらされていただろう。気が狂ってもおかしくないようなことを、ずっと続けていた……それも、泣き言ひとつ言わないでさ。負けず嫌いなんだ。バカだよあいつ』
ヴァンが守っているものの大きさを実感する。
そして今、俺はただ守ってもらうだけの小さな子供じゃない。
ヴァンと同じ力で同じことが出来るわけじゃないけれど……それでも、ヴァンが成そうとしていることを助けるぐらいはできる。
「リク!?」
空を見上げ、走り出した俺にクリフォードが呼んだ。
都市を守る騎士や兵士たちが魔法や弓矢で応戦する中、俺は祭壇のある高見台の端にまで向かい、都市の外の広大な森林地帯と空を仰ぎ見る。
大結界の再構築で、ガードが綻んだ隙を狙って襲い来る魔物。
ルーファス王子が読むように、他国にけしかけられた魔物かも知れない。
クリフォードは毎年のことだと言っていた。周囲には魔法師たちを守る騎士や兵士がガードを固めているが、これが七夜続けば一人の負傷者も出さない……とはならないだろう。
そばにザックとマークが駆け寄る。クリフォードが俺の肩を掴んだ。
「身を乗り出すな、応戦のあおりを喰らう」
「あの魔物たちの動きを止めれば落とせるよね」
「リク?」
「下がって……魅了を、使う。止めはクリフォードに任せた」
「おい!」
遠く、背中の方でヴァンの詠唱が聞こえてくる。
あの声を止めさせない。
俺が、俺たちが魔物を食い止める。
そう心に決意して、巻き起こる風で振り落とされないよう硬い石の手すりに両手をつき、て空を飛ぶ魔物たちを凝視した。
足元から俺の魔力に反応したように、緩やかな風が巻き起こる。
俺は魔物に向かって囁く声で呼びかけた。
「空をいく物たち……俺の気配が分かるだろう……この場には近づけさせない。去れ。拒絶するなら、動きを止める」
「ジャアアアア!!」
醜い魔物が俺の気配と魔力を読み取り、威嚇するように耳障りな叫び声を上げた。
強力な魅了の使い手がいることに気が付いたのだろう。多くの魔物はこの威圧だけでたじろぎ、退散していく。だが……結界の外から飛来した狂暴な魔物には効かないようだ。
叫び声を上げながら幾つもの魔物が俺の方に向かって来る。
それを……。
――凝れ。
「ギシャアアア!!」
叫び声と同時に魔物たちがコントロールを失ったのか、もつれるように飛んだ。
その隙を見逃さず、クリフォードが雷の魔法を放つ。
俺の力で身動きが出来なくなっていたせいか、自由を失った魔物たちは次々と雷を喰らい都市の外の森林地帯へと落下していった。
そばの騎士や兵士から歓声が上がる。
クリフォードだけが引きつった顔で俺を見た。
「お前はまた、無茶をする!」
「クリフォードがフォローしてくれるって思ってたよ」
怒った時の顔がどこかヴァンに似ている。
俺は自然と笑顔になりならが答えた。
「俺じゃ止めは刺せなくても、敵の動きを鈍くさせたり攪乱することはできる。やろう、ヴァンたちを守るために」
「ふん……言われなくとも」
クリフォードの合図にルーファス王子も頷き、騎士や兵士たちは直ちに新たな応戦の形を取った。
その時、地上から数体の飛竜が飛び立った。
俺とヴァンをこの都市に運んだ魔獣が、俺の意思に呼応して参戦し始めたんだ。
ルーファス王子が驚きの声を上げる。
「信じられん、飛竜が命令も無く戦い挑むとは」
「リクを気に入ったのですよ、殿下」
「正に……魅了だな」
クリフォードの言葉に王子は口の端を上げる。
他にも地を駆ける魔物――この二年の間に敵ではなく、聖獣ウィセルのように俺の仲間になった魔物たちが行く気配がある。
俺はふと気配を感じて祭壇に振り向いた。
ヴァンは振り向くことなく詠唱を続けている。けれどその横顔が笑みの形になっているのが分かった。
ヴァンは俺の働きに気づいてくれている。
それが嬉しくて、俺は次に襲い来る魔物の姿を探した。
同じころ、俺の背後の警戒をするザックとマークが、周囲を警戒しながら囁くように言葉を交わしていた。
「マーク、気づいたか?」
「さすがにこれだけの殺気ならね。出どころは?」
「人の波に紛れて消えたな……けど、誰かがリク様を狙っている」
「顔が分かったら俺に教えて、ここに出入りしている人たちはもうだいたい覚えたから」
「分かった」
警戒すべきものは結界の外ばかりではないと、ザックは気を引き締めた。
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