【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

文字の大きさ
158 / 202
第5章 この腕に帰るまで

150 忽然と消えた

しおりを挟む
 


 僕――アーヴァイン・ヘンリー・ホールは思う。
 アールネスト王国がここまで平和になったのは、国を取り囲む大結界があるからこそだ。

 いつの時代の誰が造り上げたか分からないが、多くの迷宮を抱えた土地に生まれた王国は、同時に、多くの魔法石を産出する国となっていた。その石を巡って、狂暴な魔物や有象無象の盗賊、他国の兵からもアールネストは狙われ続けて来た。
 僕の祖父、ヘンリー・ジョーセフ・ホールが大結界の基礎を構築し、実質この僕が技術を受け継ぎ完成させるまで、長く、アールネストの民は命の危険に晒され続けて来た。

 どれだけ頑強な結界を築いても、半永久的に保ち続ける物などありはしない。
 強い風雨によって山や川の形が変り、周辺に住む村や街の形も時と共に変化していく。魔物の侵入は阻止しても、渡りをする獣や鳥の動きは妨げないよう……また、他国と完全に交流を断っているわけではないのだから、となる部分も必要だ。
 そうなれば自然と、時と共に綻びが出来ていく。だからこそ年に一度、七夜かけて再構築するのだ。

 人が扱うには大きすぎる力を、三人の術者で分担して術を施す。
 盾となるメインの結界。結界を破壊しようとするものに対する反撃の仕掛け。その外側に、結界の存在に気づかせないようにする幻視の術を。
 そうした役割の違う防御を、土地の地形や周辺に住む人や獣の状況に合わせて細かく調整し、造り上げる。
 一夜だけでも術者の負担は大きく、七夜が過ぎたころには半月以上、ゆっくり静養する必要があるほど体力気力ともに消耗する。

 ――だというのに。

 今年……魔法院に所属する、ストルアン・バリー・ダウセットは最初から、力の半分も出していないのでは……というほどにいい加減な態度で臨んでいた。
 能力はあるのだ。
 おそらくこの国では一、二を争うほどに高い魔力と技術を持っている。
 そのストルアンが事前に打ち合わせしていた力を出しきらずにいるため、負担は僕と王子の近衛騎士も務めるナジーム・アトキン・ミレンに重くかかっていた。

 一度いさめはしたが、本人は歳を理由にのらりくらりとかわしている。
 いくら能力が高いとはいえ、もうこれ以上、奴に国の護りを任せていられない。そう思いはしても代わりになる者がいない以上、ストルアンをこの場に連れ出さなければならない。
 少なくとも、今は。

「アーヴァイン、堪えろよ」

 朝日が昇り始める中、六夜目を締める呪文の詠唱を終えた僕に、ナジームが囁いた。
 目の前にはまだ余裕のある顔のストルアンがいる。今日も力の全てを出さず、片手間に仕事を終えたとでも言うような顔で、儀式の場を後にして行く。
 僕は祭壇のに手をつき、ぐらつく身体を支えながらストルアンの背を睨みつけた。

「奴のやりようは全てルーファス王子に……しいては、今こちらに向かっているローランド国王陛下にも報告している。奴に来年は無い」
「当然だ……あんな奴に、もう……国の護りは……任せられない」

 肩で呼吸を繰り返す。
 魔法酔いの頭痛がひどい。
 普段なら、僕専属の治癒魔法師であるジャスパーが、すぐに魔力の巡りの調整を施して、魔法酔いを軽減させるのだが、彼は今このヘイストンにいない。

 命を落とす可能性もある流行り病にかかった、幼い娘の元に帰した。
 代わりの魔法師はいるが、ジャスパーほどの腕は無い。

 昨日の朝、リクがその身体を張って僕を癒さなければ、僕はこの場に立つことすら叶わなかっただろう。

「残り一夜だ。それだけ乗り越えたなら、後始末は全て俺たちがやる」

 以前にも言ったように、ナジームは改めて僕に言葉をかけ、軽く肩を叩いた。
 怒りは簡単に収まらない。
 だからと言って今、自分にできることは魔力の調整を行い、明日の最終夜に挑み大結界を完成させる。ただ、それだけだ。

「ほら、愛し子が迎えに来たぞ」

 ナジームの声で顔を上げた。
 六夜目を終え、慌ただしく人が行きかう中に、一目見ただけでもわかる黒髪の少年が駆け寄ってくる姿が見えた。

「リク……」

 視線が合い、たまらなく愛しい名を唇に乗せる。
 儀式を終えざわつく人々の中では、僕の囁き声など届かなかったはずだ。それでも、リクは軽く手を上げ、心からほっとしたような――嬉しくてたまらないという笑顔を僕に向けた。

 今日も僕の大切な子が、無事に帰って来た。

 ただそれだけで、あれほど苦しかった魔法酔いの痛みすら、癒えていくような気がする。ナジームが笑うように言う。

「あの愛し子以上の薬は無いみたいだな。ゆっくり癒してもらえよ」
「ああ」

 頷き、両脚に力を入れて背筋を伸ばす。
 リクのそばにいるのは、以前にも見た貴族の子だろうか。妙に険しい顔で護衛のザックがリクのすぐ後ろについている。その違和感――。

「ん?」

 マークとクリフォードの姿が見えないが、何かあったのだろうか……。

 そう思った時、リクの後方――儀式の場の出入り口付近で叫び声が上がった。
 錯乱したかのように喚く騒ぎに気づいたザックが、反射的に後ろを向き、リクを背に守った。その姿が視界の隅に映る。
 僕もつられたように騒ぎの元へ視線を移す。
 直ぐに近くの兵士に取り押さえられるのを見て、僕はリクの方へと視線を戻した。



「……リク?」



 ほんの数歩先にいた、リクの姿が、無い。

 たった今。

 たった今僕に手を振り、笑みを向けていた。

 リクが……忽然こつぜんと、姿を消していた。

 僕は我が目を疑う。
 すぐそばに立っていたナジームが「どうした?」と、声をかけ視線の先に目を移す。そしてほうけたような声をあげた。

「あれ……今、そこに愛し子が来ていなかったか?」

 目を離したのは、ほんの一つか二つ、瞬きした間。
 ひと呼吸の間だけ。
 一瞬、と呼んでいいほどの、短い時間……。

 それなのに、人込みの中にいても一目で分かる、黒髪の青年の姿が……無い。

 緊急の危険は無いと判断したのか、ザックがこちら側へと向き直る。そして目の前に自分が守るべきあるじの姿が無いことに気づき、顔色を失った。

「リク様!」

 叫ぶザックの声と同時に、僕は幻視を破り、探索の魔法を繰り出していた。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

処理中です...