【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

173 そしてついに、解放する

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 バッ、とローブを開いたヴァンの、その腕の中におさまる。
 見上げる俺の唇に口づけを一度落としてから「僕につかまって」とヴァンは囁いた。俺は力強い肩口にひたいをつけた。

 ヴァンのがっしりとした胸筋と骨の感触。ぬくもり。
 そして……頭の芯が蕩けるほど、安心できる、匂い……。
 ルーファス王子から貰った飛行魔法石を手に、もう片手で俺の腰を抱いて「行くよ」と短く口にする。瞬間、真っ直ぐに上を向いたヴァンはふわりと浮かび、そのまま一気に上昇した。
 まるで高速エレベーターだ。
 思わず背中にまわした腕に力を入れる。

 崩れた天井の隙間を縫い、俺たちは巨大な地下迷宮から上へ上へと上昇を続ける。
 耳元でうなりを上げる風。けれど恐怖は無い。
 ヴァンがそばにいるなら、俺は安全だ。きっと傷ひとつつけさせたりはしない。その絶対の安心感に嬉しさがこみ上げる。

 薄暗い遺跡を抜けそれでも上昇を続けたヴァンはやがて、背後に聖地ヘイストンを、眼前には西の広大な大森林を望む場所で停止した。
 目算で高さは三百から四百メートルほど。
 だいたい、東京タワーぐらいの高さだ。

 太陽の位置は南天の辺り。
 どこまでも澄んだ青空と、果てしなく続く緑の森。
 その遠い地平線の向こうに大結界があって、海に接した隣国がある。広大な世界のほんの一部でしかないのに、途方もなく広い。
 この世界をヴァンたちは守り、俺も守っていくのだと思うと武者震いがした。

「リク……怖くないかい?」

 ヴァンの胸元から恐る恐る周囲を見渡していた俺に優しく声をかける。
 足の下には何もない、正に空中に浮いている状態だ。俺が高所恐怖症ならきっと絶叫を上げて気絶していたと思う。
 けれど聖地ヘイストンに向かう飛竜ワイバーンに乗った時のように、俺はわくわくしていた。これからストルアンをおびき出し捕らえるという戦いの前だというのに。

 飛竜ワイバーンの背中でヴァンと話していた、飛行魔法がこんなかたちで叶って不思議な気持ちだ。

「平気。ヴァンがいれは何も怖くない!」
「うん」

 俺に怯えの様子が無いのを見て、ヴァンが嬉しそうに微笑む。
 そしてそっと俺の腕を身体から引きはがすと、身体を外へと向けた。ヴァンにしがみ付いていなくても、飛行魔法の効果は続いている。

「リク、守りの魔法石を外すよ」
「……うん」

 わずかに緊張しながら、俺は頷いた。
 ベネルクの街の地下迷宮で魅了の訓練をしていた時も、基本はこの守りの魔法石を身に着けていた。それは魔物の不意打ちを喰らって怪我をしないように、というよりも、俺の力が暴走しないように……という意味合いの方が強かったのだと思う。

 うなじにヴァンの指先が当たる。
 ややして、ふ……と首元から石の触れる感触が離れた。と同時に、ふわりと身体が軽くなる。
 ヴァンの実家でのお披露目会でも、この首の魔法石をつけたチョーカーを外した。あの時と同じように、厚い鎧を脱ぎ捨てたように身体が軽くなる。

 力が、き放たれていく。

 俺は伏せた瞼をゆっくりと開いていった。
 呪文は唱えない。
 魔力を乗せた瞳で、ただ見つめるだけだ。広大な森を……その下に広がる、更に巨大な迷宮を。そこに隠れ潜むストルアンの存在を……魔物を介して感じ取っていく。

「いる……」

 深い場所。
 俺を追いかけていたあの両腕が触手状の魔物は、やっぱりストルアンだったようだ。その証拠に、ボロボロになりながらも追う黒いライオンのような魔物――カタミミの気配が近くにある。
 距離を取りながらも、ひたひたと後を追うように移動している。

 カタミミは俊敏しゅんびんさと獰猛さ、そして一度狙った獲物は決して逃さない強い執着心を持つ種族だ。
 それが俺に対しては守り神のようなかたちとなり、ストルアンに対しては息の音を止めるまで追い詰める獲物になっている。俺は遠く離れながら、カタミミに意識を向けた。

 奴を――ストルアンをそこから引きずり出す。
 他の魔物……迷宮にひそむ俺の声が届いた魔物たち全てを使って、追い立てろ……と。

 俺の背中で、ヴァンが軽く笑う息遣いが聞こえた。
 背中から、俺の腹、そして胸へとたどるヴァンの指先に俺は瞼を軽く閉じる。気持ちいい。俺の中にあるもの全てを引き出せるようにと、心と身体と魂を……増強エンチャントされていく。

「見つけたね。向かって来る攻撃は全て僕が防ぐ。だから――」

 そう言ってから耳元に唇を近づけ、甘く囁いた。



「さぁ……思う存分、力を使ってごらん……リク」



 ぞくり、と甘い痺れが背筋を走った。

 あぁ……スイッチが入った。
 気持ちいい……。
 俺が持てる魅了の力を全て解放していく、この瞬間がたまらないことを身体は覚えている。そのまま魅了の魔力が溢れだすと、大気までもが反応して足元から軽く風が巻き起こっていった。





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