184 / 202
第5章 この腕に帰るまで
173 そしてついに、解放する
しおりを挟むバッ、とローブを開いたヴァンの、その腕の中におさまる。
見上げる俺の唇に口づけを一度落としてから「僕につかまって」とヴァンは囁いた。俺は力強い肩口に額をつけた。
ヴァンのがっしりとした胸筋と骨の感触。ぬくもり。
そして……頭の芯が蕩けるほど、安心できる、匂い……。
ルーファス王子から貰った飛行魔法石を手に、もう片手で俺の腰を抱いて「行くよ」と短く口にする。瞬間、真っ直ぐに上を向いたヴァンはふわりと浮かび、そのまま一気に上昇した。
まるで高速エレベーターだ。
思わず背中にまわした腕に力を入れる。
崩れた天井の隙間を縫い、俺たちは巨大な地下迷宮から上へ上へと上昇を続ける。
耳元で唸りを上げる風。けれど恐怖は無い。
ヴァンがそばにいるなら、俺は安全だ。きっと傷ひとつつけさせたりはしない。その絶対の安心感に嬉しさがこみ上げる。
薄暗い遺跡を抜けそれでも上昇を続けたヴァンはやがて、背後に聖地ヘイストンを、眼前には西の広大な大森林を望む場所で停止した。
目算で高さは三百から四百メートルほど。
だいたい、東京タワーぐらいの高さだ。
太陽の位置は南天の辺り。
どこまでも澄んだ青空と、果てしなく続く緑の森。
その遠い地平線の向こうに大結界があって、海に接した隣国がある。広大な世界のほんの一部でしかないのに、途方もなく広い。
この世界をヴァンたちは守り、俺も守っていくのだと思うと武者震いがした。
「リク……怖くないかい?」
ヴァンの胸元から恐る恐る周囲を見渡していた俺に優しく声をかける。
足の下には何もない、正に空中に浮いている状態だ。俺が高所恐怖症ならきっと絶叫を上げて気絶していたと思う。
けれど聖地ヘイストンに向かう飛竜に乗った時のように、俺はわくわくしていた。これからストルアンをおびき出し捕らえるという戦いの前だというのに。
飛竜の背中でヴァンと話していた、飛行魔法がこんなかたちで叶って不思議な気持ちだ。
「平気。ヴァンがいれは何も怖くない!」
「うん」
俺に怯えの様子が無いのを見て、ヴァンが嬉しそうに微笑む。
そしてそっと俺の腕を身体から引きはがすと、身体を外へと向けた。ヴァンにしがみ付いていなくても、飛行魔法の効果は続いている。
「リク、守りの魔法石を外すよ」
「……うん」
わずかに緊張しながら、俺は頷いた。
ベネルクの街の地下迷宮で魅了の訓練をしていた時も、基本はこの守りの魔法石を身に着けていた。それは魔物の不意打ちを喰らって怪我をしないように、というよりも、俺の力が暴走しないように……という意味合いの方が強かったのだと思う。
うなじにヴァンの指先が当たる。
ややして、ふ……と首元から石の触れる感触が離れた。と同時に、ふわりと身体が軽くなる。
ヴァンの実家でのお披露目会でも、この首の魔法石をつけたチョーカーを外した。あの時と同じように、厚い鎧を脱ぎ捨てたように身体が軽くなる。
力が、解き放たれていく。
俺は伏せた瞼をゆっくりと開いていった。
呪文は唱えない。
魔力を乗せた瞳で、ただ見つめるだけだ。広大な森を……その下に広がる、更に巨大な迷宮を。そこに隠れ潜むストルアンの存在を……魔物を介して感じ取っていく。
「いる……」
深い場所。
俺を追いかけていたあの両腕が触手状の魔物は、やっぱりストルアンだったようだ。その証拠に、ボロボロになりながらも追う黒いライオンのような魔物――カタミミの気配が近くにある。
距離を取りながらも、ひたひたと後を追うように移動している。
カタミミは俊敏さと獰猛さ、そして一度狙った獲物は決して逃さない強い執着心を持つ種族だ。
それが俺に対しては守り神のようなかたちとなり、ストルアンに対しては息の音を止めるまで追い詰める獲物になっている。俺は遠く離れながら、カタミミに意識を向けた。
奴を――ストルアンをそこから引きずり出す。
他の魔物……迷宮にひそむ俺の声が届いた魔物たち全てを使って、追い立てろ……と。
俺の背中で、ヴァンが軽く笑う息遣いが聞こえた。
背中から、俺の腹、そして胸へとたどるヴァンの指先に俺は瞼を軽く閉じる。気持ちいい。俺の中にあるもの全てを引き出せるようにと、心と身体と魂を……増強されていく。
「見つけたね。向かって来る攻撃は全て僕が防ぐ。だから――」
そう言ってから耳元に唇を近づけ、甘く囁いた。
「さぁ……思う存分、力を使ってごらん……リク」
ぞくり、と甘い痺れが背筋を走った。
あぁ……スイッチが入った。
気持ちいい……。
俺が持てる魅了の力を全て解放していく、この瞬間がたまらないことを身体は覚えている。そのまま魅了の魔力が溢れだすと、大気までもが反応して足元から軽く風が巻き起こっていった。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる