【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

176 これは王命ぞ

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 巨大な聖獣が、裏切り者ストルアンを祭壇のテラス――ローランド国王の前に吐き捨てる。続いてヴァンに抱えられた俺もテラスに舞い下りた。
 ルーファス王子と騎士のナジームさんの姿がある。無事、迷宮を抜け出たんだ。 
 他に数人の近衛騎士を覗いた人たちが、膝を着いている。
 ヴァンも優雅な所作でローブを払い片膝を着くのを見て、俺も慌てて同じように膝をついた。

 王様だ!
 すごい、初めて見た。アールネスト王国の本物の王様が、目と鼻の先にいる。

 明るい褐色の髪色に、金が交ざった琥珀こはくの瞳。
 元は戦士だったのでは、と思うほど身体はがっしりとしていて、豊かな顎髭あごひげがカッコイイ。じっと俺を見つめる瞳は力強くも優しくて、こう……体の大きなドワーフというか……。
 ルーファス王子もしっかりとした身体つきだけど、王様の貫禄かんろくは全然違う。
 同じ瞳の色が、親子なんだな……と不思議に思うぐらいだ。

「リク」
「え……?」
「お許しがあるまでおもては下に」
「あ! ごめんなさいっ!」

 圧倒的な存在感に思わず見つめてしまった。
 慌てて下を向くと、豪快な笑い声が響いて「よい」と許しがでた。

「国賊を捕らえた功労者よ、起立を許す。立ちてこれより起ることをまなこに収めよ。して――」

 ぜいぜいと息をつきながら平伏ひれふしている魔法使い、ストルアンを冷酷に見下ろした。その顔は血の気がひいて、今、自分かに何が起こっているのか理解できない、といった様子だ。
 俺はヴァンに手を引かれ立ち上がり、ストルアンを睨みつけた。

「ストルアンよ、言い訳はあるまい」

 ローランド国王が低く唸るように問いかけた。
 ストルアンは「ひっ」と喉を鳴らして石の床に爪を立てる。

の父は、異世界より漂流してきた者たちの研究に多大な貢献を残した。、自身も恵まれた才能を生かし、我が国は厚く優遇してきたはずだ。そのむくいがこれか?」
「わ、わ、わたしは……」
いたずらに戦を求むる者は、我が国に要らぬ」

 静かに、だがハッキリとした口調で、国王は言った。

「民の安寧あんねいを脅かすなどもっての外。ゆるすことはできぬ」

 国王が片手の平をストルアンに向けた。
 その動きを見て悲鳴をあげる。

「そ、それは!」
「魔法石は迷宮からでなく、人から採ればいい……そう言ったのだったな」
「ひ、あ、ぁぁああ、あ……」

 ぐしゃり、とストルアンの腕があり得ない方向に曲がった。
 そのまま、ぐしゃり、ぐしゃりとローブの下の身体が跳ねて、変な方向に曲がる。俺は思わず口に手を当てた。驚く俺に気づいたヴァンが、肩を抱くようにして引きよせる。

「こ、ここ……こ、んな、ぁああ!」

 ローブの下でストルアンの身体がどんどん縮んでいく。
 まるで紙をぐしゃぐしゃに丸めて捨てる時のような、そんな変化に俺は息を止め、見つめ続けた。
 次第にストルアンの悲鳴が小さくなっていく。
 誰もが息を飲んでいる。
 やがて、しん……と辺りが静まり返った後で、ルーファス王子が一歩進み出た。さやに納めたままの剣の先でローブを取り払う。衣服の下から出てきたのは、手のひらほどの大きさの赤黒い石だった。
 ヴァンが俺の耳元で囁いた。

「魔力を持った者は、亡くなった後に魔法石となる。大技を続けて一旦は魔力を使い尽くしていても、ストルアン自身の魂が擦り切れるまでいずれ魔力は回復していく……だから、石となった」
「じゃあ……」
「石化魔法。王たるお人のみが使える、究極魔法のひとつだ。ストルアンはこれより石が砕けるまで、あの形で生き続ける。正に魂の牢獄だよ」

 ルーファス王子が国王へと魔法石を掲げた。
 国王は、俺たちの方へ顔を向ける。

「首をねるは容易たやすいが、安らかな死はやらぬ。この醜い石、いかようにしてもよいぞ」
「恐れながら陛下」

 ヴァンが答える。

「石となっても奴がリクに触れること……我慢なりません」

 淡々とした声音だったが、ヴァンの怒りの気配は痛いほど伝わってきた。
 ストルアンが俺にしたこと、例え石に変えられたとしても許せるものじゃないのだと。そして俺も、もうあいつが俺に対して何もできないと分かっていても、触りたくない。
 思わずヴァンのローブを強く握る。
 ヴァンは「大丈夫」と安心させるように、肩を抱く指に力を込めた。

「ふむ、ならば喰わせるか」

 ローランド国王が呟いた声に、ルーファス王子は頷いた。
 そして一部始終を静かに見守っていた巨大な龍の聖獣たちに向かって、石となったストルアンを投げる。聖獣は大きな口で易々と受け止めると、そのまま一度天に向かって伸びあがり、そして、西の大森林地帯に出来た大地の亀裂に向かった。
 地鳴りが遠くなっていく。
 龍の聖獣は地の底に帰っていったんだ。

 俺は……大きく息をついた。
 そして確かな匂いとぬくもりのあるヴァンの胸にひたいをつけた。

「リク」
「終わった……全部、終わったんだね?」
「ああ、もうリクを脅かすものは無い」
「この国も?」

 ヴァンが頷く。

「この国を亡ぼそうとする者も」
「良かった。守れた、皆を……」
「そうだ」

 囁き返して、ローランド国王の方へと顔を向けた。

「陛下……」
「わかっておる。の純粋無垢なる黒き魔王を、アーヴァインよ、そなたがぎょすのだ、命ある限り。これは王命ぞ」

 ヴァンの息を飲んだ気配がした。
 魔物を操る魅了の力を持った俺は、存在そのものが危険と思われても仕方がない。けれど……その、これは……国王の命令で、俺を見守れって言われた……ということ?

 ヴァンは一度俺を見降ろしてから、国王へと顔を向ける。その表情はどこか誇らしげなように見えた。

「仰せのままに」

 わっ、と固唾かたずを飲んで見守っていた人たちが歓声を上げた。
 俺はびっくりして周囲を見渡す。
 ヴァンが軽々と俺を抱きあげて、微笑みながら言う。

「私、アーヴァイン・ヘンリー・ホールは、生涯をかけてリクを護ると、誓う」
「ヴァン……」
「受けると言ってくれただろう? あの日」

 元の世界に戻ることを止め、この世界に残ることを選んだあの時。朝日の昇る迷宮の一角で俺に誓ってくれた言葉だ。
 あの時は、その言葉の重みを何も分かっていなかった。
 今……日は傾き、鮮やかな夕陽に染まり始めた明るい空の下で、俺は涙声になりながら頷く。

「言った……受けると言ったよ、俺……」

 嬉しそうにヴァンが微笑む。



「この胸の魔法石いしはあなたのものだ」



 あの日、そう言ったヴァンは俺の両手に口づけをした。

 今は――。

「ヴァン……」

 俺は抱き上げられたままヴァンの顔を両手で包み、唇に唇を重ねる。
 触れるだけの優しいキスでも、胸は――俺の魂は熱く蕩けて、堪えきれないほど、嬉しかった。




 ――こうして、長い長い大結界再構築の儀式は終わった。
 無理を押したヴァンはジャスパーの予告どおりベッドから起きられない日々が続き、俺には……催淫の香の後遺症が残った。





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