35 / 55
最後の時 ※
しおりを挟むモーガンに腕を掴まれた瞬間、見知らぬ街の路地にいた。
あまりに突然のことで思考が停止する。と同時に、私はバランスを崩してその場に倒れ込む。見上げるとモーガンが薄ら笑いを浮かべながら私を見下ろしていた。
その瞬間、私は悟った。
モーガンは禁止されている魔法道具を使い、私だけを連れて迷宮を脱出したのだと。
そのような道具を持っていたなら、なぜ触手の魔物に遭遇した時に使わなかったのか……という疑問が残るけれど、それも大方予想がつく。
魔法道具も普段から使い慣れていなければ、とっさに扱えない。
モーガンのことだから魔物の出現に驚き、気が動転して、道具を持っていたことすら忘れていたかもしれない。そして彼は、一度頭に血が上ると自分の情動を抑えられない。
後で後悔すると分かっていても、突っ走ってしまう。
故郷に居る頃は、イングリス家の人や周囲の従者たちがフォローして大事にならなかったけれど、私と二人で王都に来てから誰も彼を止められなかった。
私の忠告などまったく耳を貸さなかったのだから。
今のこの状態が、その結果がとなって表れている。
私の顎を掴み、顔を近づけてモーガンは言う。
「男を食いたくてたまらなかったんだろ? 色狂いが」
「違う!」
「何が違うんだ」
何があったのか、どうしてこうなったのか知ろうともせずモーガンは続ける。
「もう二度と、俺の以外の命令は聞けない体にしてやるよ、セシル」
何でも従うと思っている。契約の真実を知らなかった私は、抵抗する言葉を口にしていても心の中では諦めていた。この現状を変えることはできないのだと。
けれど今は違う。
私はモーガンに顎を掴まれたまま、言い返した。
「もう貴方の一方的な命令は聞きません」
「なに?」
「対の翼の者たちは、本来互いを傷つけることなどできないのだと聞きました。私が……拒絶をすれば――」
「黙れ!」
怒鳴り、私を突き飛ばす。
「平民にも劣る孤児のお前を引き取ったのは我がイングリス家だ。育った村でも疎まれて、食うにも困っていたお前に衣服と食べ物を与えた。そんな相手に歯向かうのか?」
思わず言葉に詰まる。
そんな私を見下ろし、モーガンは笑う。
「また、孤児に――いや、本当の奴隷に堕としてやるよ。俺の翼のままで」
対の翼のままで奴隷に堕とす。そんなことなどできるわけがない。
対の翼の契約は、この国を守護する者に与えられる祝福であり加護だ。本来の目的から離れれば、祝福や加護が続くとは思えない。互いを縛る鎖にしかならない。
――とその時、不穏な声がした。
「よぉ、騒がしいと思ったらモーガン様じゃねぇか。こんなところでどうした?」
振り向くと、盗賊のようにも見えるガラの悪い男たちが近くの建物から姿を現した。
この顔には微かに見覚えがある。
騎士団でお尋ね者として、注意するよう言われていた似顔絵の者たちだ。密売、強盗、暴行など……。そんな者たちが親し気にモーガンに近づいてくるとは。
私は力の入らない体を壁で支えながら、よろよろと立ち上がる。
エヴァン様たちによって簡単な解毒と応急処置をしてもらっていたが、魔力は底をつき万全な状態ではない。それどころか早く神殿に向かい、きちんと治癒を施さなければ後遺症にもなるという状態だ。
相手を倒し捕らえるどころか、私が倒されかねない。
モーガンは騎士団の一員として彼らを倒し捕らえる……なんて様子は見られない。
それどころか親し気に言葉を返す。
良からぬところに出入りしていることは知っていたが、まさかこんな者たちの仲間になっていたとは。
「俺の翼がわがままでさ」
「へぇ……その可愛い子がモーガン様の翼かよ」
一歩、一歩と近づく男たちから離れようとする。
けれど背後を塞がれ、私は絶望的な予感に息を呑んだ。
モーガンを置いて私一人で逃げるか。
一瞬思い、同時に体に染みついた感覚が判断を鈍らせた。
どんな時も対の翼を置いていけないという。触手の魔物に襲われた時と同じ、自分の身を犠牲にしてでも守ろうとする感覚が、次の行動を遅らせた。
逃げる間もなく手足を取られ、自由を奪われる。
「手を貸せ。セシルを堕とす」
私はあっけなく男たちの手により意識を失わされた。
ギッ、と後ろ手できつく縛る縄の感覚で意識が戻った。
すえた匂い。頬や肩に感じる板張りの床の感触。薄暗い明りがさし込む、汚れた窓が見える。煙草と酒とお香の匂い。
これは……体の自由を奪うと同時に皮膚感覚だけを鋭敏にするたぐいの物……。
数人の男たちの気配と声がする。
私は……捕まり、見知らぬ部屋の床に投げ出されている。
……そう、理解するも意識が朦朧と……している。
体を起こす力も入らない……。
ビリッ、ビリ、と衣服を裂く音がする。
生暖かい指が私の肌を撫でる。
その感覚に、ビクリ、と体が痙攣した。
「へぇ……その香だけでも効果がありそうだな」
この声はモーガンだ。
うつ伏せにされた私の背後……足元の方にいるのか姿は見えない。けれどこの声と気配だけで、彼が何をやろうとしているのか想像できて、絶望が襲い掛かる。
「そいつをくれ」
「いいんだな。この媚薬は今までの物とは違う、マジで頭がイカレルぜ」
「一生、モノを咥えてないと生きられないってな」
「いいんだ、二度と口ごたえできないようにさせる」
男たちの声に応えるモーガン。
ダメ、嫌だ、と声を上げたくてもかすれて言葉にならない。
身じろぎして、少しでも逃れようとしたが無駄だった。
ぬちょり、と冷たく濡れたゲル状の物――媚薬が、下肢から体の中に塗りこめられていく。
「はぁ……あ、や……あぁあ」
触れられるだけで体が反応して、声が出る。
ふふふ、と笑う声が響く。
「もう、感じてやがる」
「や……あぁぁ、あ」
「気持ちいいだろ……セシル」
たっぷりと媚薬を塗った指先が、後ろから内部に入り込む。
冷たい薬の感覚の直後に、熱く内部が焼かれるように広がっていった。それだけで快感に体中が痺れ、息ができなくなる。
腕に力が入り、背中で結ばれていた縄がギチリと音を立てる。
私の反応に、楽しそうな声が響いた。
「ははは! 指だけでイったまったぜ」
「あぁぁ……ぁ……」
薬を塗りこめながらぐねぐねと内部をこねまくる。
嫌だ、嫌だと声にならない思いも、波のように押し寄せる快感に頭の中が白くなってかき消されていく。
気持ちいいのだと、体が言う。
さんざん中をまさぐり、塗りこめられ、微かな動きにも痺れるように反応する。
ぬぷり、と不意に指を抜かれて声が出た。
「こんなんじゃ、物足りないよな……」
耳元でモーガンが囁く。
「ヤツのことなど思い出せなくなるまで、ヤりたおしてやる」
私が拒絶すれば彼は手を出せない……そう聞いた気がするのに、どうすればいいのか思い出すことができない。
42
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
表紙ロゴは零壱の著作物です。
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる