【完結】魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

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最後の時 ※

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 モーガンに腕を掴まれた瞬間、見知らぬ街の路地にいた。
 あまりに突然のことで思考が停止する。と同時に、私はバランスを崩してその場に倒れ込む。見上げるとモーガンが薄ら笑いを浮かべながら私を見下ろしていた。

 その瞬間、私は悟った。
 モーガンは禁止されている魔法道具を使い、私だけを連れて迷宮を脱出したのだと。
 そのような道具を持っていたなら、なぜ触手の魔物に遭遇した時に使わなかったのか……という疑問が残るけれど、それも大方予想がつく。

 魔法道具も普段から使い慣れていなければ、とっさに扱えない。
 モーガンのことだから魔物の出現に驚き、気が動転して、道具を持っていたことすら忘れていたかもしれない。そして彼は、一度頭に血が上ると自分の情動を抑えられない。
 後で後悔すると分かっていても、突っ走ってしまう。

 故郷に居る頃は、イングリス家の人や周囲の従者たちがフォローして大事にならなかったけれど、私と二人で王都に来てから誰も彼を止められなかった。
 私の忠告などまったく耳を貸さなかったのだから。
 今のこの状態が、その結果がとなって表れている。

 私の顎を掴み、顔を近づけてモーガンは言う。

「男を食いたくてたまらなかったんだろ? 色狂いが」
「違う!」
「何が違うんだ」

 何があったのか、どうしてこうなったのか知ろうともせずモーガンは続ける。

「もう二度と、俺の以外の命令は聞けない体にしてやるよ、セシル」

 何でも従うと思っている。契約の真実を知らなかった私は、抵抗する言葉を口にしていても心の中では諦めていた。この現状を変えることはできないのだと。
 けれど今は違う。
 私はモーガンに顎を掴まれたまま、言い返した。

「もう貴方の一方的な命令は聞きません」
「なに?」
「対の翼の者たちは、本来互いを傷つけることなどできないのだと聞きました。私が……拒絶をすれば――」
「黙れ!」

 怒鳴り、私を突き飛ばす。

「平民にも劣る孤児のお前を引き取ったのは我がイングリス家だ。育った村でも疎まれて、食うにも困っていたお前に衣服と食べ物を与えた。そんな相手に歯向かうのか?」

 思わず言葉に詰まる。
 そんな私を見下ろし、モーガンは笑う。

「また、孤児に――いや、本当の奴隷に堕としてやるよ。俺の翼のままで」

 対の翼のままで奴隷に堕とす。そんなことなどできるわけがない。
 対の翼の契約は、この国を守護する者に与えられる祝福であり加護だ。本来の目的から離れれば、祝福や加護が続くとは思えない。互いを縛る鎖にしかならない。

 ――とその時、不穏な声がした。

「よぉ、騒がしいと思ったらモーガン様じゃねぇか。こんなところでどうした?」

 振り向くと、盗賊のようにも見えるガラの悪い男たちが近くの建物から姿を現した。
 この顔には微かに見覚えがある。
 騎士団でお尋ね者として、注意するよう言われていた似顔絵の者たちだ。密売、強盗、暴行など……。そんな者たちが親し気にモーガンに近づいてくるとは。

 私は力の入らない体を壁で支えながら、よろよろと立ち上がる。
 エヴァン様たちによって簡単な解毒と応急処置をしてもらっていたが、魔力は底をつき万全な状態ではない。それどころか早く神殿に向かい、きちんと治癒を施さなければ後遺症にもなるという状態だ。
 相手を倒し捕らえるどころか、私が倒されかねない。

 モーガンは騎士団の一員として彼らを倒し捕らえる……なんて様子は見られない。

 それどころか親し気に言葉を返す。
 良からぬところに出入りしていることは知っていたが、まさかこんな者たちの仲間になっていたとは。

「俺の翼がわがままでさ」
「へぇ……その可愛い子がモーガン様の翼かよ」

 一歩、一歩と近づく男たちから離れようとする。
 けれど背後を塞がれ、私は絶望的な予感に息を呑んだ。

 モーガンを置いて私一人で逃げるか。

 一瞬思い、同時に体に染みついた感覚が判断を鈍らせた。
 どんな時も対の翼を置いていけないという。触手の魔物に襲われた時と同じ、自分の身を犠牲にしてでも守ろうとする感覚が、次の行動を遅らせた。
 逃げる間もなく手足を取られ、自由を奪われる。

「手を貸せ。セシルを堕とす」

 私はあっけなく男たちの手により意識を失わされた。






 ギッ、と後ろ手できつく縛る縄の感覚で意識が戻った。

 すえた匂い。頬や肩に感じる板張りの床の感触。薄暗い明りがさし込む、汚れた窓が見える。煙草と酒とお香の匂い。
 これは……体の自由を奪うと同時に皮膚感覚だけを鋭敏にするたぐいの物……。
 数人の男たちの気配と声がする。

 私は……捕まり、見知らぬ部屋の床に投げ出されている。
 ……そう、理解するも意識が朦朧と……している。
 体を起こす力も入らない……。

 ビリッ、ビリ、と衣服を裂く音がする。

 生暖かい指が私の肌を撫でる。
 その感覚に、ビクリ、と体が痙攣した。

「へぇ……その香だけでも効果がありそうだな」

 この声はモーガンだ。
 うつ伏せにされた私の背後……足元の方にいるのか姿は見えない。けれどこの声と気配だけで、彼が何をやろうとしているのか想像できて、絶望が襲い掛かる。

「そいつをくれ」
「いいんだな。この媚薬は今までの物とは違う、マジで頭がイカレルぜ」
「一生、モノを咥えてないと生きられないってな」
「いいんだ、二度と口ごたえできないようにさせる」

 男たちの声に応えるモーガン。
 ダメ、嫌だ、と声を上げたくてもかすれて言葉にならない。
 身じろぎして、少しでも逃れようとしたが無駄だった。

 ぬちょり、と冷たく濡れたゲル状の物――媚薬が、下肢から体の中に塗りこめられていく。

「はぁ……あ、や……あぁあ」

 触れられるだけで体が反応して、声が出る。
 ふふふ、と笑う声が響く。

「もう、感じてやがる」
「や……あぁぁ、あ」
「気持ちいいだろ……セシル」

 たっぷりと媚薬を塗った指先が、後ろから内部に入り込む。
 冷たい薬の感覚の直後に、熱く内部が焼かれるように広がっていった。それだけで快感に体中が痺れ、息ができなくなる。
 腕に力が入り、背中で結ばれていた縄がギチリと音を立てる。

 私の反応に、楽しそうな声が響いた。

「ははは! 指だけでイったまったぜ」
「あぁぁ……ぁ……」

 薬を塗りこめながらぐねぐねと内部をこねまくる。
 嫌だ、嫌だと声にならない思いも、波のように押し寄せる快感に頭の中が白くなってかき消されていく。

 気持ちいいのだと、体が言う。

 さんざん中をまさぐり、塗りこめられ、微かな動きにも痺れるように反応する。
 ぬぷり、と不意に指を抜かれて声が出た。

「こんなんじゃ、物足りないよな……」

 耳元でモーガンが囁く。

「ヤツのことなど思い出せなくなるまで、ヤりたおしてやる」

 私が拒絶すれば彼は手を出せない……そう聞いた気がするのに、どうすればいいのか思い出すことができない。

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