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手放すものか【モーガン】
しおりを挟む騎士たちの実力を量るための迷宮攻略。
最初、この話を聞いた時は、また面倒なことをと思った。
てきとーに任務を果たし、適度に功績をあげ、そして最低期間在籍したならさっさと故郷に戻る。待っているのは伯爵家当主の席だ。
故郷は田舎だけあってのどかな土地。魔物や盗賊がいないわけではないが、険悪な隣国と接する国境沿いでもない。戦争なんか起こりようもない場所だ。
そんな平和な領土のイングリス家嫡男として生まれた俺に、戦闘訓練やまして上級の騎士団に移籍する試験なんざ、余計なことでしかない。
どうにかサボれないかと思っていたところで、街のモグリの魔術師から「転移の魔法道具」を手に入れていた。
この道具自体は珍しい物ではない。
いざという時、瞬間的に敵前逃亡できる代物。騎士としてはあまり好まれる物ではないが、万が一の保険にと所持している者は少なくない。ただ一般的な物と俺が手にした物は、少し造りが違っていた。
通常の転移道具は、所持した者から一定数の範囲の仲間を、少し離れた場所に転移する。文字通り、緊急避難といったものだ。
けれど俺が入手した物は長距離の移動が可能だ。
通常が迷宮内の数ブロック程度だとすると、これは迷宮の外、街一つ離れた距離まで一気に飛ぶことができる。完全離脱の脱出装置だ。その代わり転移は装置を所持した者ともう一人分ぐらい。更に体の一部に触れていなければならない。
この特殊仕様は一般的に使用が禁止されている。
当然だ。街の外から城内に転移して、暗殺でも行われたなら大変だからな。
俺はこの道具を入手した時、今回の計画に使おうと考えた。
試験には監督として上位騎士団がつく。そいつらのいいなりになって、おとなしく試験を受けるなんてまっぴらだ。奴等が俺のセシルに目をつけていることも気に入らない。
だから適当な戦闘ではぐれたことにして、この魔法道具で離脱を考えていた。
念のため迷宮に入る前に確認もした。第六騎士団長は「状況次第だ」と答え、「万一怪我人が出た場合は迷宮脱出もやむを得ない」と答えた。
怪我なんかいくらでも偽装できる。
セシルにも言い聞かせ、全ては計画通りに進むはずだった。
迷宮の奥で、あの……触手の魔物と遭遇するまでは。
触手の魔物のヤバさは、よく知っていた。
故郷の迷宮や洞窟にも幾度となく出現して、討伐隊を全滅にした話は少なくない。ヤツの獲物は魔物から人や家畜まで手当たりしたいだ。とんでもなく頑丈で、精鋭の騎士団や討伐隊でなければ駆逐できない。
過去にイングリス家の者も犠牲となり、その壮絶な様は子供の頃から聞かされていた。
もし遭遇したなら、何を置いても逃げるのだと。
一度ヤツの触手に捕らわれたなら麻痺毒を注がれ、生きながら魔力を吸われ続ける。そんな死に方なんて冗談じゃない。
だから……凶悪な魔物などいないはずの迷宮の奥でヤツを見た時、俺は迷わず逃げ出した。
セシルが俺に伸びた触手を凍らせ、隙を作ったチャンスを逃がさなかった。
そして俺の代わりに触手に捕らわれたのを目にしても、助けの手は伸ばさなかった。とっさの判断だ。伯爵家の俺が死ぬことなんかできない。
魔物に喰われるなんで最悪の死に方だ。
ただその一心で逃げ、誰もいない迷宮の一角で息をついた。上位騎士団に助けを求めるなんて、恰好悪いこともできない。借りを作るのも嫌だ。
そもそも、上手く逃げなかったセシルが悪い。
魔物の気配探知は得意なはずなのに、気づかなかったセシルが悪い。
運の無さに一通り毒づいてからはじめて、俺はハタと、転移の魔法道具を持っていたことを思い出した。
あまりに突然のことで忘れていた。
それからどうするべきか、俺は悩んだ。
セシルの元に戻り、どうにかしてあいつを捕まえ迷宮を脱出しなければ。魔物の出現で気が動転していたが、時間が経てば他の騎士団が見つけ出すかもしれない。いや、俺と行動を共にしていた奴等が、今回の出来事を全てばらしてしまうかも知れない。
「まずいことになったぞ……」
触手の魔物の元に戻り、セシルをつかまえ、転移する。
魔物まで一緒に転移させないよう、そこは調整されているはずだ。万が一一緒に転移したとしても、明るい場所が苦手な奴は逃げ出すかも知れない。
ただ……セシルをつかまえる前に麻痺毒を注がれたなら、俺も餌食になってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
「どうしよう……」
迷宮を脱出さえすれば言い訳は後でいくらでもできる。そうだ、一番最悪なのは、触手の魔物の元に戻ったタイミングで、上位騎士団の奴ら――アシュクロフト公爵家の兄弟や片翼の魔法師と鉢合わせることじゃないか。
一体、どんな追求があるか。
迷っている間に、迷宮内に轟音が響いた。
直観的に理解する。
この音は、誰かが触手の魔物を業火で焼いたものだ。ということは、すでにセシルの元に上位騎士団らが辿り着いているのか。
そう……思い至った瞬間に我慢できなくなった。
魔物への恐怖と嫌悪はある。
けれどここにきて、セシルを誰かに奪われるのも嫌だ。
そう思った時には逃げてきた道を戻っていた。
その先で、数人の騎士団員を見つけた。辺りには焼け焦げた匂い。触手の魔物の気配は無い。とんでもなく頑丈で簡単に殺せない魔物を焼き尽くした者がいる。
そんなことができるのは、第一か第二に所属する魔法師ぐらいだ。
「モーガン! 貴様っ!」
確かダニエルと言った、アシュクロフト公爵令息の一人が俺を押しとどめた。
セシルはどこだ。
魔物と一緒に焼いてしまったのか!?
言い合う間に、迷宮の奥から二人の影が姿を現した。
アシュクロフト公爵令息のもう一人、エヴァンという騎士と、ヤツに支えられるように歩いてきたセシル。その顔を見て、俺の頭に血が上った。
ほんのりと赤らんだ頬。
泣いたように潤んだ瞳。
整えなおしているが、シャツに乱れた後がある。
そして……情事の後のような匂いが……微かに……。
セシルは、この男に体を許した。
俺のモノなのに。
エヴァンが俺の襟首を掴み迷宮の壁にたたきつけても、俺の中に燃え上がった黒い炎は消えなかった。
「貴様に、セシル殿の片翼を名乗る資格は無い!」
「離せ、あれは俺の、もの……だ」
「まだ言うか!」
そうだ。セシルは俺の物だ。対の翼の片翼。俺が自由に使えるもの。
セシルが公爵令息に声をかけると、ヤツは主に従う飼い犬のように俺を離した。俺の知らないところで、男を手名付けていたのか、セシル。
しかも……契約の真実を知ったなどと言う。
そんなもの、お前は知らなくていい。
セシルの手を掴み俺は転移の魔法道具を起動させる。一気に俺とセシルの二人だけを飛ばす。行先は迷宮の外、遠く離れた王都の薄暗い路地。
最近俺が縄張りとしているエリアだ。
ここは街の住人も近づかないほど治安が悪いと言われている。
だが……俺が好きに動くには都合にいい場所だ。
突然の転移に驚き、崩れ倒れたセシルが俺を見上げる。
俺は笑いを堪えながら言った。
「俺以外の男に体を許すとは、いい度胸じゃないか」
「モーガン……私は……」
「それとも、誘ったのはお前か?」
顎を掴み顔を近づける。
「男を食いたくてたまらなかったんだろ? 色狂いが」
「違う!」
「何が違うんだ」
そうだ。悪い子にはお仕置きをしてやらないと。
「もう二度と、俺の以外の命令は聞けない体にしてやるよ、セシル」
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