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とんでもない贈り物
しおりを挟む顔立ちは瓜二つ。体格もよく似ているが、少し挑発的な目つきは優し気なエヴァン様のイメージと違う。何より襟と上腕の飾りは第二騎士団であることを示していた。
彼が噂の――。
「第二騎士団所属、ダニエル・アシュクロフトだ。エヴァン兄上の双子の弟、と言えばピンと来るかな? 入団の時に顔は見ていたが、こうして言葉を交わすのは初めてになるね」
自然な動きで右手を胸にあてる。
私も軽く胸に手を当て会釈を返した。そういえば……森でエヴァン様や第一騎士団の方々とお会いした時、ご挨拶を忘れていた。エヴァン様は礼を尽くしてくださっていたかもしれないが覚えていない。
気が動転していたとはいえ失礼なことをした。
「第六騎士団所属、モーガン・イングリスの魔法師、セシルです。平民ゆえ、姓はありません」
「モーガン・イングリスの魔法師……ねぇ」
含みがあるように繰り返してから、にっこりと微笑み返す。
言葉の意味を図り兼ね、戸惑うように長身を見上げたが、ダニエル様は気に留める様子もなく懐から一つの小瓶を取り出した。
「兄上からのお使いで、これを渡しに来ました」
「これは……」
とっさに出した手のひらに乗せられて、思わず言葉を飲み込む。
横で見ていた魔法師たちは驚きの声を上げた。
「神殿の聖水じゃないか」
「それも、この瓶の形……最上級だよ」
「俺、初めて見た」
当然、私も初めてだ。
神殿の魔力を補う聖水は、その用途や強さによっていくつかの種類があると聞く。ただ単純に魔力を補うだけの、一般的なものですら庶民にはなかなか手が出せない。騎士団に所属する魔法師たちが、一つか二つ持つことができるといったところだ。
今、私の手のひらに乗せられた聖水は、魔力を補うだけでなく治癒と解呪も行える最上級品。もちろん、死者を蘇らせたり魔王レベルの呪いまで解ける万能薬ではないが、ほとんどの傷や魔物によって受けた呪い程度なら十分な物。
これ一つで、屋敷ぐらい買えるのではないだろうか。
「兄上が、ぜひセシル殿に受け取ってもらいたいと」
「い、いけません!」
恐れ多く、手のひらに乗せたままダニエル様に突き返した。
「このように高価なもの、受け取る理由がありません!」
「だよねぇ」
にっこり笑いながら、ダニエル様は答える。
けれど、言葉とは裏腹に引き取ってくださらない。
「兄上が言うには、第一の騎士たちを癒してくれたお礼だそうだ」
ダニエル様の言葉に、呆然としていた魔法師たちが私の腕を取って聞いてくる。
「騎士たちを癒した?」
「セシル、一体何をやらかしたんだ?」
「さっきはご厚意で送ってもらっただけとか、言ってなかったか?」
「あ……その、えぇっ……と」
あまり話を大きくしたくないというのに……。
ここでまた適当なことを言ったとしても、エヴァン様から話を聞いているダニエル様にばらされしまうに違いない。私はダニエル様に手のひらを向けたまま、皆から視線をそらした。
「たまたま、討伐帰りの騎士団とお会いして、その……ほんの少しだけ、お手伝いをしただけです」
「兄上はいたく感激していたよ」
「第一騎士団の騎士を癒すなんて、やっぱセシルは、すごいな」
うぅう……どう、したらいいのだろう。
本気で困る私に、ダニエル様は微笑みながら小瓶ごと私の手を握りしめさせた。
「どうも感覚のズレている困った兄上だが、これは受け取ってくれ」
「ダニエル様……」
「兄上のあんな表情は久しぶりに見た。心から嬉しく思ったのだろう」
優しく微笑むと、まるでエヴァン様が目の前にいるかのように錯覚する。
無理です、とは言えなくなる。
「……ですが……その……」
「戦いに赴く騎士団の魔法師なら、持っていて損は無い。いずれあなたの身を助ける」
ダニエル様の言葉通りだ。
たった今、命を喪うことも珍しくないと話していたばかりじゃないか。
身に余る褒美に戸惑ってしまうが、これ以上の拒否は逆に失礼にあたる。私は「謹んで頂戴いたします」と答え、胸に寄せた。
高価かどうかより、このように心を砕いてくださるお気持ちが何よりも嬉しい。
「まぁ……こいつを貰ったことは、ここにいる者だけの秘密だな。他にバレたら、盗賊どころか騎士からも命を狙われて奪われかねない」
明るく笑いながら怖いことを言う。
けれどあながち大げさな話でもない。そばにいる魔法師たちは「魔法をかけて隠しておけよ」と私に耳打ちした。確かにこんな物を持っているとモーガンに知られたなら、あっという間に取られて売られるだろう。
「ご忠告通りにします」
「さて、セシル殿のこれからの予定は?」
「え……特に……」
まだ何かあるというのだろうか。
「この本を借りに来ただけですから、あとは家に戻ります」
「ならば家までお送りしましょう」
とんでもないことを言い出した。
「一人で帰れます!」
「騎士を供につけず帰すのは危険だと、兄上に言われているのでね。特に今は貴重品もお持ちだ」
「う……」
反論できないがここは王都の街の中、夜の森を歩いているのとは違う。
大丈夫ですと、返す私の耳元に顔を寄せてダニエル様が囁いた。
「もう少し、あなたとお話したい。この私のお願いを聞いていただけないかな?」
平民の私が、公爵様のお願いを断れるわけがない。
私は小さくため息をついてから「お供をお願いいたします」と答えた。
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