冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第三章 試練の町カサル

125 死ぬまで共にありたい

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 ざんっ! と大きな音は耳ではなく、全身で受け止めるように体に響いた。
 そのままごぷごぷと水の音が耳を塞ぐ。冷たい水は肌を刺すようで、それでも、僕の意識は川に落ちた魔石を追う。

 どこに。どこに、行ったの。

 いやだ。

 あの石は僕の宝物だったんだ。

 ありふれた魔獣のクズ石だということも、魔力が無いことも知っている。それでも、僕にとってはたった一つの大切な石だ。

 宝物なんだ。

 流され、もまれ、それでも僕は腕を伸ばす。

 あの石は僕のものだと。

 どこに流されようと、取り返す。見つけ出す。
 探し出すんだ。

 一瞬のようで、永遠のようにも感じる時間の中で、僕は泳ぐこともできずに流される。流されながらも必死で腕を伸ばす。

 サシャ……と誰かが囁いた。

 サシャ、サシャ、早く水から出て。あなたは長く、この流れの中に居られない。息ができない。凍えてしまう。

 僕は嫌だと心で叫んだ。

 陽の光が射し込む水の流れの中で、魔石を、輝く琥珀の石を探す。あの石を見つけ出すまで、取り戻すんだ。
 たとえ息ができなくなったとしても。
 凍えてしまったとしても。
 それでも……。

 アランに貰った石を、返して……。

 返して。

 流され、僕の意識は遠くなる。サシャ、と囁く声がする。
 それが貴方の望み。命を賭しても欲しい物? と。

 ずっとアランと一緒に居られないことを知っている。だから、だからあの石とだけは、僕が死ぬまで一緒にありたい。
 まるでアランの魂の欠片のように輝くあの石だけは……。

 ……そう。

 誰かが囁いた。

 それほどまでに大切な物ならば返しましょう……と。

 流れが変わる。息ができないまま、水は僕の肺に入り込んでくる。
 遠くなる意識の寸前で、水の流れの向こうに琥珀の輝きが見えた。まるで水底に灯された小さな炎のように。金色に輝く光。

 僕はその輝きに腕を伸ばす。
 水の流れが、僕の想いを読んだように体を運んでいく。そして……僕は、輝く光を手のひらにつかみ取った。

 硬い石の感触。

 毎晩のように握りしめ、石が僕と共にあることに安堵しながら眠りについたのは、数え切れない。手のひらの感触だけで、本物か偽物か分かるほどに、僕はその形を覚えている。
 間違いない。

 僕の……宝物だ。

 そのまま、意識が途切れていく。

 川の流れに抵抗できないまま、僕は二度と離すものかと硬く手を握りしめ……意識を、手放した。


    ◆


 その時、ざわり、と俺の背に悪寒が走った。
 思わず手にしていた剣を取り落としそうになるほどに。

「アラン?」

 時刻は昼過ぎ。夕刻にはまだ早い。
 空は雲が多いものの青空と言っていいほどのいい天気で、夏至祭を終えたばかりの爽やかな風が流れている。魔物の気配も匂いも無い。

 それなのに……。

 まるで心臓が鷲掴みにされるような恐怖心が俺を襲う。
 
「おい、アラン!」
「……クレメント?」
「どうしたんだ、急に顔を真っ青にして」

 一瞬自分が今どこにいるのか分からず、息を飲んで周囲を見渡す。

 丁度、武具の修理を頼み、代わりの剣を受け取って店を出たところだ。
 冒険者ギルドのクレメントの所に顔を見せたのは昼前。改めて試験の報告やここ最近のサシャのこと、そして先日話したマロシュの件の情報を確認しながら昼飯を取り、二人で武具屋に向かった。
 修繕には数日かかるとの話になり……それは予想の範囲内のことだと話をしながら金を払って店を出た。
 サシャが仕事を終える時間まで、他のギルド周りでもして挨拶や情報収集でもしようか……と、そう足を踏み出したところだ。

「クレメント、何か……ある……」

 直感。

 何度も迷宮や遺跡の最深部。魔物の蔓延はびこる深い森の奥で感じたもの。
 とんでも無い魔物が迫ってきているか。

 それとも……。

 大切な者が命の危険に晒されているかのような、不吉な予感。

 匂いでも音でも危険な影が見えるわけでもない。
 それでもと断言していいほどに、良くないことが近づいている。

 そう身構えた瞬間、微かに声がした。

 ――アラン、と。

 聞き覚えの無い……耳にではなく、まるで頭に直接響いたかのような不思議な声。
 その声が再び俺の名を呼ぶ。

 ――アラン、早く、急いで。

「何を?」

 ――早く、早く、早く。早くしなければ、

 悪寒が再びオレの全身を走った。
 とっさに手にした剣とローブをクレメントに押し付け、俺は身がるになって走り出す。

 どこへ向かっているのか。自分でもわからない。

 ただ……俺を恐怖に突き落とす何かが起きている。それを阻止するために、俺は全力でカサルの町を走り抜けた。
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