冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第三章 試練の町カサル

126 アラン・信じられない

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 ――アラン。

 と、呼ぶ声がする。
 その声の方へと、俺は風のように走り続けた。

 すれ違う町の人々が思わず悲鳴を上げるほどに。驚かせ、ぶつかりそうになった人が荷物を落とすのも構わずに、声の方へと走り続ける。

 全身を襲う、恐怖の予感は更に強くなっていく。

 まるで俺自身に死の影が忍び寄っているかのように。もっと早く。もっと早くと、恐怖が俺を駆り立てる。余りの恐怖感に吐き気までしてきそうだ。
 同時に冷静に今の状況を見ている俺がいる。

 一体、何が起った? と。

 こんな恐ろしさは今まで感じたことが無い。

 依然、魔物の匂いも気配もない。だというのに、まるでこの世が終わるのではないかという予感が、全身に襲い掛かってくる。
 気のせいだとか勘違いでは絶対に無い。
 確信というよりも断言と言っていいほどの強い感覚。

 路地を、坂を走り抜けながらあまりの恐怖に冷や汗が噴き出してくる。

 ――アラン、早く、川に……。

「川!?」

 耳に聞こえる声ではない。
 まるで頭の中に湧きあがって来るような言葉だ。それなのに、耳で聞こえたのと同じぐらいハッキリと残る。今までこんな言葉が浮かんで来たことなど無い。
 俺は駆ける脚を速めながら、行く先を見据える。

 確かに無意識に向かっている先には川がある。
 幾つかの支流が合わさり、それなりの深さと幅さのある川だ。春先よりは減ったとはいえ、まだ水量もある。そこに何かあるのか?

「街中に水生の魔物か?」

 いや違う。と、俺の中の直感が否定する。
 そんな匂いは。魔物ではない。もちろん、魔獣でもない。
 階段を飛び降り路地を抜ける。入り組んだ建物の向こうに、支流が合わさり幅広くなった川が見え始めた。少し手前……支流側に橋がある。
 俺を呼ぶものは橋の向こうか?

 川べりまで来て、俺は意識を集中し直した。
 匂い、気配、音……。
 その時、不意に声が聞こえた。本流手前の橋の上に立っていた、年配の男たちだ。川下の本流側を眺めている。

「流された子供はどうなった?」
「いやぁ……もう、見えないなぁ……」

 嫌な予感がして、俺は男たちの方に足を向けた。

「おい、流された子供というのは?」
「え? あぁ、いや……このちょっと上流の方の橋で子供が落ちたみたいでよ、流されていたんだ」
「さっきまで腕が見えたんだが、本流まで流されてしまったみたいで……もう」

 男たちの声に俺は本流側に顔を向ける。
 ちょうどそのタイミングで、クレメントが俺に追いついた。

「アラン、突然走り出して一体、なんだっ……てんだ……」

 剣やローブは店に預けてきたようだ。俺と同じく身軽になったクレメントだが、久々の全力疾走のせいか肩で息をしている。そんな姿を目に留めながら、俺は血の気が引く思いで呟いた。

「子供が……川に、落ちたらしい……」
「はぁ? 子供?」
「ああ、ここからちょっと上流の方の橋だ」

 俺たちの会話に、橋に居た男が先ほどの言葉を繰り返した。
 クレメントが上流に視線を向ける。その間、俺はずっと本流の方の気配を見ていた。

 微かに……サシャの匂いがする。

 瞬間、俺の中の血液が沸騰するような恐怖が襲い掛かって来た。
 同時に頭に響く声。

 ――アラン、早く。

 本流に向って俺は走り出す。

 嫌だ。

 何が起ったのか、理解できない。理解したくない。けれど早く行かなければ、を失ってしまう!

「アラン!」

 背で、クレメントが叫ぶのも構わず川へ向かい、俺は飛び込んだ。

 ザン! と耳を覆う音と共に、刺すほど冷たい水が全身を覆う。
 この流れ、水温、大人でも簡単に命を失ってしまう物だと冷静に判断する、冒険者としての俺がいる。と、同時に、自分の命を危険に晒してでも行かなければという恐怖が俺を突き動かす。

 どこだ。

 俺を恐怖に陥れようとする源はどこだ。

 水中の鈍い明かりの中、俺は直感だけで方向を見定める。泳ぎは得意だが、この水温だ、長くは居られない。どこだ、どこだと探す俺に、再び不思議な声が響き渡る。

 ――アラン、あちらよ。早く……。

 頭の中に響く声が聞こえたと同時に、水の流れが変わった。まるで川が意思を持ったかのように俺を押し流す。運んでいく。その流れに身を任せるように進んだ先、視界の遠くに流される影が見えた。

 再び、血が沸騰しそうなほどの恐怖が俺を襲う。

 俺は遠くに見えた影に向い、全力で泳ぎ始めた。俺の体を助けるように川の流れが変わる。まるで俺自身が魚にでもなったようだ。
 影は近づくにつれて、その輪郭をはっきりさせていった。

 子供だ。

 川に落ちたという子供が、流されている。

 その子供の姿に見覚えがある……なんて、言葉で収まらない。今朝まで同じベッドで寝起きをして、食卓を囲み、いってらっしゃいと笑顔で見送り見送られた子。

 サシャ……。

 両手を固く握って胸に押し付けたまま意識を失い流される、その子の脇から体をがっしりと捕まえて、俺は川面に向い浮上していった。
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