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第六章 死を許さない呪い
199 目を覚ましてください
しおりを挟む「今、こちらの部屋に侵入者があったかと」
低く押し殺したような声で言う。
僕は黙ってアーシュを見つめ返してから、ふっと視線を反らした。
「何も……」
「何も?」
アーシュに続いてテラスから下を覗き込んだ衛兵が、一言二言、声をかける。
今あった出来事の形跡でも見つけたのだろうか。アーシュは緊張した声で衛兵に指示を返した。
「侵入者は発見次第捕らえろ。騎士団にも連絡を」
「はっ!」
短く答えて衛兵が部屋を出ていく。アーシュはテラスの扉をきっちりと閉めてから、僕の方へ進んだ。そしてベッドの数歩前で足を止める。
「殿下と二人きりで話をしたい。私が許可するまで出て行ってくれ」
アーシュの命令にロビンが困惑の顔を向けて来た。
彼は僕の従者だ。けれど公爵という高位貴族の言葉には逆らえない。
「ロビン、僕は大丈夫」
「かしこまりました」
一礼してロビンが部屋を出て行く。
暗い夜の寝室に灯された明かりは頼りなく、僕は小さく息をついた。
「殿下、ここに誰が来たのです? 何があったのですか?」
矢継ぎ早にアーシュが問う。真実は……口にしない方がいいような気がする。
僕は視線を伏せて呟いた。
「何も……」
「何もないわけがないでしょう」
言って、ベッドに片膝を乗せた。そして僕の顎を取り、顔をアーシュの方へと向かせる。彼がこんな強引な手で僕に触れることなんて無い。
アーシュの青い瞳に、怒りと焦りが見える。
「六年前にこの王城に来てから、殿下は一度たりとも涙を流したことは無かった。あなたを泣かせたのは誰です?」
誰と判明できていなくても、きっと察しはついてるだろう。
でも、アーシュはアランの名前を口にしない。だから僕は顎を取られながらも視線を伏せる。
「夢だよ。夢を見たんだ……」
そう、あれはきっと夢だ。夢に違いない。
アランが僕の部屋に訪れて、僕を抱きしめキスしてくれたなんて。耳元で、「また会いに来る」と囁くなんて、精霊たちが見せてくれた夢なんだ。
僕が、アランに会いたいと願うばかりに見せた夢……。
けれど、アーシュは納得していない顔だ。
「夢に出て来た人が、あなたを泣かせたというのですか?」
「……僕も、夢で泣くことぐらいあるよ」
そう言ってアーシュの指から顔を外す。
けれど彼はベッドから下りず僕をじっと見つめ続けていた。その気配に違和感を覚えて、もう一度振り向こうとしたその時、いきなり僕の両手首を掴みベッドに押し倒した。
スプリングの効いたベッドの上で、軽く体が跳ねる。
「なっ!?」
「誰も受け入れない。触れさせない。そんなあなたの心の砦を越えて、簡単に侵入できてしまう。それはあの男ですか?」
「アーシュ!」
顔の両脇で手首を押さえつけて、アーシュは低く呻く。
「あの男は殿下の、ただの養い親のはず。その身を守り王城までお連れしたことは感謝しておりますが、彼の役目はとうの昔に終わった。あなたには、あなたの身分に相応しい相手が必要なのです」
ギリギリと、手首を掴む指に力が込められていく。
「王となられる、あなたの隣に立つに相応しい者」
「アーシュ……」
「目を覚ましてください。貴族や神官を始めとした多くの者たちが認める者が、あなたの目の前にいることを」
呟いて、彼の顔が近づいて来る。僕の唇を口で塞ごうとするように。
キスされる。
そう思った瞬間、反射的に顔を横に反らした。
アーシュの動きが止まる。互いの呼吸の音だけが暗い寝室に響く。
「サシャ……」
囁いて、顔を近づけて来る。
唇が触れたのは僕の耳元。吐息交じりの声で、僕の名前を呼ぶ。
「もう、逃がしません。あなたがご成人されるこの日まで待ったのです。あなたも……誰を選ぶのが一番正しいのか理解しているはずです」
「アー、シュ……」
「過去は……この私が、忘れさせます」
囁きながら、唇が首筋を這って喉へ、首元へと移っていく。
大きく開いた寝間着の襟を更に広げるように。熱い吐息が肌にふれて、ぞわり、と背が粟立った。
押さえつけられ、自由にならない腕に力をこめる。
「アーシュ!」
「無垢なあなたは何も知らないでしょう。この私が……全て、教えて差し上げます」
「アーシュ!」
「渡さない。誰にも……」
首元に吸い付く、その気配に僕は叫んだ。
「ザハリアーシュ!!」
瞬間、びくり、とアーシュの体が揺れた。そして、ゆっくりと顔を上げる。
こんなやり方なんてダメだ。
僕は、アーシュを信頼しているのに。
その思いで真っ直ぐ見つめると、今、自分がしようとしたことに気が付いたのか、そっと僕の両手首を離した。
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