冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

253 逆鱗に触れた

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「……ハヴェル・ラシュトフカ公爵……」
「来るのが早かったか?」
「い……いいえ」
「熱は?」
「微熱に下がったようです」

 ハヴェル殿の問いに答えながら、さりげなく夜着の前を整える。
 朝のお茶や着替えを持って来てくれたロビンにも顔を向けて言うと、てきぱきとアランの状態を確認した彼は、ハヴェル殿に頷いて僕の言葉を後押しした。

「すっかり……というわけではなさそうだが、夕べとは顔色が全然違う。獣人は丈夫だと聞いていたが、やはり並外れているな」
「それだけが取り柄みたいなもんだ」
「何よりも大切なことだ。どれだけサシャ殿下が心配しておられたか」
「あぁ……」

 目が覚めてから今までのやり取りを思い出し、アランの獣人の耳がぱたりと倒れる。
 いつも飄々ひょうひょうとした雰囲気で、何を言われてもあまり揺れが無いように見えていたのに、実はこんなにも感情が豊かだったのだと分かる。
 今は毛布で隠れていて見えないけれど、尻尾が出ていたならきっとしょんぼり垂れているのが分かったかもしれない。
 それはハヴェル殿も想像できたのか、口元に微笑みを浮かべた。

「番の添い寝で気持ちよく目覚められたところに悪いが、ひとつ、確認してもらいたい物がある」

 そう言ってドアの向こうで待っていた騎士に声をかけた。
 一礼と共に入って来た騎士が手にしていたものは、見覚えのある汚れた矢。

「それは……」
「斬首台で最初に打ち込まれた矢だ」

 ハヴェル殿が答え、騎士に差し出すように合図する。
 まだやじりにはアランの血と、塗られていた毒の跡があった。アランが駆けつけなければその矢を受けていたのは僕で、治癒師の処置も間に合わず、激痛に悶えた後に命を落としていただろう。
 いや……当たりどころが悪ければ即死していたかもしれない。

 ベッドの上で起き上がったアランは、受け取りながら眉間に皺を寄せた。

「マロシュの矢だ」

 その名を聞いて、僕の心臓がドキリと鳴った。
 見た瞬間に冒険者が使う矢だと気づいていたけれど……まさか……。
 ハヴェル殿が、ふ、と口元を歪ませた。

「やはり分かるか」
「奴の匂いは間違えない。くそっ! やっぱりあいつ、サシャを殺しに来たのか」

 言ってベッドから下りようとするのを、ハヴェル殿はやんわりと押し止める。
 そして矢をアランから引き取ると、側に控える騎士に渡し、続けた。

「その矢を放った者を、今、アーモスのルボルとベルナルトランクのカレルが追っている。絶対に逃すなと命じた。生死は問わない。必ず何らかのを得て戻れと」

 強い口調に、僕とアランはハヴェル殿を見つめた。
 この人もあまり感情を表に出さない。いつも静かににこやかな雰囲気でいて、時々、感情的になってしまうアーシュを諫めるほどだ。龍人族独特の性質もあるのだろうけれど、彼自身、冷静沈着な人柄なのだろう。
 その彼から、殺気のような気配を感じる。
 思わずアランが、僕を抱き寄せるように腕を回してきた。

 ハヴェル殿は穏やかな声で、唇の端を上げる。

「……この矢を放った者は、私の逆鱗に触れた。龍人族を本気で怒らせた報いは、ただでは終わらない」
「ハヴェル殿……」
「俺がここまで怒っているのが不思議か?」

 こくりと僕は頷いて答える。
 マロシュは、ハヴェル殿にも何かしたのだろうか。

「俺もアーシュと共にこの六年、サシャ殿下を見守ってきた。あなたを未来のバラーシュ国王として信頼し、高く買っている。その者に対し毒矢で殺そうなどと卑怯な手に出る者を、龍人族は決して許さない」

 そう言い切って断言する。

「マロシュなる者は、生死を問わず、二度とあなた達の前に現れないだろう。奴の末路は、ルボルたちの報告を待てばいい」

 唖然とする僕は、アランと顔を見合わせた。ハヴェル殿も味方なのは知っていたけれど、僕らは思った以上に多くの人たちに守られていたんだ。
 胸を撫で下ろす僕に、アランは気を引き締めた声のままハヴェル殿に尋ねた。

「あのクソ野郎の件は任せた。それとは別に、もう一つ教えてくれ」
「何なりと」

 答えるハヴェル殿にアランが問う。

「あの斬首台の後、ザハリアーシュはどうなった」

 ぴくり、と僕も反応した。
 騎士や兵士たちに囲まれ、父であるヤクプ・バルツァーレクと共に連れられて行った。

 国王や王族の命を狙った者は死刑。その一族も処罰の対象となる。

 バルツァーレク公爵家の家長となる者が、先の王女や王太子暗殺の黒幕だったこと。国王の命すら狙い、僕を王太子の座から引きずり落とそうとした。
 国民の前で魔物化するという姿まで晒したんだ。
 本人はその場で討伐されとしても、父ヤクプや実弟のアーシュもただでは済まされない。たとえ家族は、何も知らなかったとしても……だ。

 ……それを、僕は納得しているわけじゃない。

「アラン殿が予想している通り、今はこの城の地下牢に投獄されている。カエターンの手先となっていた貴族たちも。今は残る高位貴族や神官長らが、処罰の協議を行っている」

 そして僕の方に顔を向ける。

「処刑するか、生涯牢獄に捕らえておくか……そのどちらかだろうが」

 くっ、と唇を噛む。
 今日明日にも処罰が決まるわけじゃない。だとしても……僕やアランの時のように、陛下の宣言一つで赦されるというものではない。カエターンが犯した罪はあまりに重い。
 それでも。
 父親やアーシュ自身には、何の罪もないのに。

「サシャ、行けよ」

 ぽん、とアランが僕の背を軽くたたいた。

「俺を心配してずっと側にいたんだろ。俺もそれを望んだが、王太子であるお前にしかできないことがある」
「アラン……」
「俺は治癒師たちがいいというまで、このベッドで大人しくしている。だから行ってこい。お前が兄と慕うザハリアーシュを助けて来い。そして二人で、俺の元に帰ってきてくれ」

 このまま何もしないではいられない。と同時に、アランが回復するまで離れたくない……という気持ちもある……。
 そんな僕の背を、アランが押してくれる。

「ありがとう、アラン」

 きゅ、とアランの胸に抱きついてから、僕はベッドを下りて身支度を整えに向かった。
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