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第六章 堕ちた遺跡≪カデーレ・ルイーナ≫

6-4 誰だ?俺のことを女心が分からないバケモノって言ったヤツは。

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 息を切らす三兄弟は階段にすがるように倒れ込んできた。
 
「お前ら情けないな。もう少し体力があると思ってたんだが」
「す、すみません、兄貴……」

 辛うじて立っているマイヤーは膝に手をついてゼイゼイと息をしている。そのすぐ足元にどかりと座るオーソンと倒れているレムスの顔は蒼白だ。
 まぁ、小型の魔物とはいえ、目の前で砂の怪魚サンドレモラが粉砕する様を見たのだから、吐き気か込み上げてもおかしくないだろう。多少なりとも同情はする。

「兄貴は、慣れてるっすね。息一つ、乱れてねぇ」
「しかも……お嬢抱えてっし……バケモノ……」
「レムス!」
「遺跡を探索する魔術師としては、これくらい出来て当然だ」

 バケモノ呼ばわりされる覚えはないのだが、探索に慣れていない奴から見たらそうかもしれない。
 タネを明かせば、魔法強化した装備を身に着けている効果もあってのことだが、その辺りは説明をしていたら日が暮れそうだからやめておこう。

 格の違いと錯覚し、盗掘屋トレジャーハンターなんてやめて家へと戻る気になった方が、三兄弟にとっても良いだろうしな。
 ビオラを地面に降ろした俺は肩を回し、首をコキコキと鳴らした。

「さすがに、お前を抱えて走るとあちこち痛くなるな」
「失礼な! わらわが重いとでも言うのか?」
「そうじゃない。普段使わない筋肉を使うと痛むもんだ」

 ぷうっと頬を丸く膨らませたビオラは、そっぽを向いた。

「兄貴、女心分からなすぎだし」
「……レムス、黙ってなさい」

 おい、今の間はなんだ。
 思わず突っ込みを入れたくなる気持ちをぐっと抑え、腰のベルトに挿してある折りたたみ式の杖を引き抜いて、接合部分ジョイントを合わせた。

「あの、兄貴、聞きたいんっすけど……」
「なんだ?」
「どうして奴らはこっちに来ないんすか?」

 すっかり息が整ったオーソンは、走り抜けて来た通路の方を指さした。そこには砂をまき散らしながら壁を泳ぐ砂の怪魚の姿が数多あまたある。おそらく、俺たちを探しているのだろう。

「それは、ここが魔物からだからだ」

 杖の先で金属の床板を突いてカンカンっと音を出すと、オーソンは不思議そうに首を傾げた。

「俺たち魔術師は未踏遺跡を探索し、この回避領域を作るのも仕事の内なんだ」
「回避領域?」
「これは、ただの金属の板じゃない。魔物からは見えなくなるよう、目眩ましの魔法陣が刻まれている」
「じゃぁ、こっから先は……」

 俺の背後に視線を向けた三兄弟はごくりと喉を鳴らした。
 
「お待ちかねの未踏の領域。回避領域ゼロだ」
「お嬢──!」

 したり顔で決めようとしたところ、その台詞をかき消すように三兄弟が悲鳴を上げた。
 何事かと振り返れば、ビオラがさっさと先に進んで歩き出しているではないか。相変わらず、身勝手と言うか我が儘と言うか。体重ごときを気にしてねるなんて、中身はまるでガキだな。
 呆れつつ、三兄弟に行くぞと言ってうながし、俺はビオラを追った。

 先ほどまでいた区域は壁にかかる魔法灯ランタンが光源となっていたが、新たに発見された未踏の領域は整備が進んでいないため、だいぶ薄暗い。

「ビオラ、機嫌を直せ!」
「妾は機嫌を損ねてなどおらぬ!」

 前を歩くビオラに声をかけるが、全く歩みを止める様子はない。ビオラに渡した魔書には、光源の魔法も入っている。それを発動させたいところなんだが。
 そこまで考え、視界に入ったマイヤーの横顔を見て、ふと良い作戦を思いついた。

「おい、マイヤー。耳を貸せ」
「はい? 何でしょうか」
「今から言うことを、ビオラに向かって大声で言ってくれ」

 こそこそと小声で伝えると、マイヤーはふんふんと何度か頷き、両手を口元に持っていくと大きく息を吸った。

「お嬢ーっ! ぜひとも、お嬢の美しい魔法でこの暗闇を照らしてください! 真っ暗で、足元がよく見えません。助けてくださーいっ!」

 どでかい声に、ビオラの足が止まった。そして、ものすごい形相で走って戻ってくる。

「声が大きすぎる! 魔物に気づかれたらどうするのじゃ!」
「え、え、でも、兄貴が……ふぐっ」
「そう怒るなよ」

 マイヤーの口を横から押さえてビオラの顔を覗き込んだ俺は、にっと笑った。

「ここが薄暗いのは事実だ。預けた魔書に光源を作る魔法も載せていたはずだ」
「……知っておる」

 ぷいっと横を向いたビオラは少しばかり唇を尖らせる。

「無事に終わったら、今度はレモンチーズタルトを食いに行こうかと思っていたんだが……」
「タルトじゃと!?」
「さっさと終わらせようぜ」
「ぐぬぬ……ラス、お主というやつはぁ」
「せっかくレモンの産地に来たんだから、レモネードも飲みたいよな」

 その甘い誘惑に耐え切れなくなったビオラは、魔書を広げて「約束じゃぞ!」と俺に念を押した。
 曖昧に笑うと、少し不満げな目がこちらを見た。ここで収穫がなければ、その約束もなしになるだろうが、今は黙っておこうという魂胆を読まれたのかもしれない。

 小さな指が羊皮紙をなぞった。
 赤い魔力の陽炎がビオラの前髪をふわりと揺らす。

「北の空にまたた煌星きらぼしよ、その輝きをもって、闇夜を照らしたまえ」

 呼びかけに、魔書が強い光を放った。
 ビオラだけでなく俺らの顔まではっきり見えるほど、真っ白な光は四方八方へと放たれている。

「導きの灯を、我は掲げる!」

 ビオラの凛とした声に応えるように、光はいくつも頭上に
 感嘆の声を上げた三兄弟は、数秒後、ぷかりぷかりと浮かんでいる光の玉を、物珍しそうに見上げた。
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