枯れない花

南都

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第一章 「花の入れ墨」と「開花」

第六話

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「ありがとうございます。ご用件は安否の確認だけ、でよかったでしょうか」

 痺れを切らし、別れの挨拶を切り出す。すると途端に、店長は意味ありげな言葉を残した。

「いや……まだあるよ」

 あるというには先ほどの沈黙は長かった。

 何か言い淀んでいることは明白だ。しかしそれが何なのか、こちらからは到底掴めそうもない。それでも店長は続ける、輪郭のはっきりしない会話を。

「仮に明日までに誰かに勧誘を受けたのならそれは断ってくれ。君はそっちに行ってはいけない」

「勧誘? 何ですか?」

「いや、何でもない」

 含みのある言い方だ。

 意図のつかめない会話。もとより癖の強い人間ではあったものの、ここまで意図がくみ取れないことは初めてだ。分からせる気がない、そうとさえ言える。

「ここらで失礼するよ」

 それに応じて用意した「はい、失礼しました」という言葉。しかしそれを告げる前に電話は切られる。若干心残りが出来る切られ方、もはや慣れっこではあるが。

 水を差され、ふと何をしようとしていたかを見失いかけていた。
 勧誘だとか、安否確認だとか、そんな引っかかることをされてはそうもなる。事件現場、そこに行くのだ。これが今からやろうとしていたこと。

「行くか、どちらにしても失うものなど何もないのだから」

 衆目にさらされようと今更だ、何を失うものがある。俺は何一つ持たないのだ、得たこともないのだ。
 そうとなれば野次馬の一人にでもなったっていいだろう。

 勢いよくロッカーを閉める。そして強く地面を蹴り、更衣室から外へと向かう。
 心の底では、何かが変わることを期待していたのかもしれない。未来の見えない人生が好転する、そんな出来事があったらいいと。

 そんな出来事――起こりやしないというのに。
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