枯れない花

南都

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第一章 「花の入れ墨」と「開花」

第五話

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 入店した女性は入り口から入れば真っすぐにこちらに向かってくる。商品棚を一目すらしない動向、おそらくタバコでも買いに来たのだろう。

「俺が対応しますよ。レジ点検済ませたなら先あがってください」

 成木がこそっとこちらに耳打ちする。それにこちらが頷けば、軽く顧客側に頭を下げ、後方にある扉へと振り返る。

 ただその時だ、ちらと女性の左側が見えた。入店からこちらに向かってくるまでは見えなかった左半身、その首元に見えた気がした。「入れ墨」、それがあった気がしたのだ。

 けれど丁度成木が前に出たがゆえに、その女性はその陰に隠れてしまう。流石に横から顔を覗かせるわけにもいかず、そのまま控室へと向かった。

「事件現場、か」

 野次馬のようなものだ、気後れするところもある。しかしこちらとしても気にならないわけではなかった、成木に背を押してもらったことを言い訳に、現場を見てみるのも悪くはない。

 上着のボタンを外しハンガーにかける。そうして外着に着替え直したそのとき、鳴り響いた電話の呼び出し音。いや、バイブレーションによる振動音というべきか。

 ロッカー内部のズボン、そのポケットからスマートフォンを取り出せばそこには「店長」の二文字。

「はいもしもし」

「あー久しぶり、店長だよ」

 気さくな声掛け、間違いなく甫突(ほづき)店長だ。この店舗の店長をしている五十代の男性。
 薄くなった髪に対して、意外にもコンタクトレンズと若者らしいものを着用した男性。丁度170㎝と少しばかり小柄で、体系もやせ型な方だ。

「そろそろあがりだよね? しばらく会っていないけれど、元気してるかい?」

「はい、元気にしています。確かに一か月は会っていませんよね」

「そうなんだよね。いやぁ、こっちはこっちで忙しくてね」

 忙しい、にしては明るい声色だ。これが店長のスタンスなのだから、決しておかしな話ではないが。
 それでも一か月以上あっていないのは異常なことだった。店長も同じ労働者、シフトがここまで重ならないことは珍しい話だ。

「それで今回連絡を入れたのは安否の確認だよ。一応明日にも四時間のシフトが入っていたじゃないか? 大丈夫そうかい?」

「安否って大げさな……。ええ、そんな無茶な業務ではないので。レジ打ちと品出し、やっておきます」

「おお、助かるよ。元気そうならそれでいい」

 話が途切れる、沈黙が走る。わざわざ連絡をしてきたというのに、やけに長い沈黙だった。

 用件がないのならば切ればいい、用件があるのなら伝えればいい。しかし店長は言い淀んだように、電話を切らずに「あー、いや」と繰り返すのだ。
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