23 / 123
第一章 「花の入れ墨」と「開花」
第十七話
しおりを挟む
「勧誘は取りやめだ。君は仲間を持てない、それに対して護身もできない。自身の能力で自分を守ることもできない」
振り向いた男性、既に彼からは花の入れ墨は消えていた。
能力の喪失は開花後の人間にも有効らしい。このような点を把握できる当たり、花の入れ墨の存在はある意味便利にも思えた。
もっとも、今一番に那附の能力が残っているか残っていないかを知りたいであろう女性は、もはや入れ墨の有無を確認することすらできないのだが。
「君の行く末は私にはわからない。他の人間と比べて全くのイレギュラー、多少能力者の経験の長い私でも予想がつかない。今回の新たな能力者二人はわからないことだらけだな」
二人、そう告げた。先ほども女性が言っていた、「二週間前に二人の能力が新たに出現した」と。
偶然か、はたまた必然か。どちらにしても気にかかる話ではあった。
「能力者二人……。一人はフォーチュンに入ったと聞きました。そのもう一人はどのような能力を持っているんですか?」
問えば「そうだな、最後に応えておこう」と那附は頷く。そして体だけこちらに傾ければ、空を見上げ、希望の光にでも浸るように恍惚とした表情を浮かべて見せた。
那附は『もう一人』に希望の兆しを見ている、その仕草はそのような風貌に見えた。
「能力は言えない。名は鼓(つづみ)逸司(いつし)といった。ただ彼の花は『プラタナス』だとは伝えておくよ。花言葉は――」
――『天才』。
天才、聞いたこともない花言葉。どんな言葉にも卓越している花言葉。
「騒ぎになる前に帰るといい、人除けの能力者も俺と共にここを去る」
それだけ告げ、那附はその場を去る。未だにいがむ女性を抱え、左半身を引きずるように去っていく。
「俺も帰ろう」
一人残された路地、呆然としてはいられない。奇怪な穴が複数空き、石塀なども異様な溶け方をしているこの路地、居座るには気味が悪い。
いっそのこと警察と共にいた方が良い。そのような発想はあったものの、今事情を話すには疲労感が強すぎた。
そもそも警察沙汰になったのなら、誰が何をしでかしにくるか分かったものではない。
やむを得ないのだ。そう納得して痛む体を引きずるように、ふらつく足取りで帰路につく。
「『能力』、『花の入れ墨』、『衝動』、二つの能力者組織に入れないのが俺、か……」
戦闘が終われば傷が癒える、などということはない。戦闘を終えようと傷は傷のままだ。
それこそ那附などの元には、帰還することで『治癒』を行う能力者がいるのかもしれない。しかし俺はそんなもの持たない。持ったとしても、その能力を失わせるだけだ。
ろくなことがない。強いて言うならば、すぐ近くに自宅があることが救いだ。
不幸中の幸い。だから君は幸運だ、などと言われたら心外も甚だしいが。やるせない事象に対して、あまりにも都合のいいことが少なすぎる。この能力もその一つだ。
痛んだ体で自宅のあるマンションの前へ。夜を照らす温暖色の灯りの中へ入っていけば、強化ガラスでできた自動扉を前にする。
鍵穴に鍵を差し込み、ロックを解除、手慣れた仕草で一階にある自室へ向かう。
開けた扉、安心さえする1Kの狭い部屋。その中に入っていけば、流れていたテレビの音声。
どうやらテレビをつけたままに外出していたらしい。
そこで流れてきたのは、少年漫画のアニメの一台詞だった。脇役の行いに説教をする主人公、ヒロインを引きつれ、敵役を打ちのめした彼はこういった。
「勇気と蛮勇は違うんだッ! 無謀なことをして、勝利を焦ってどうするっ! 自分の命を犠牲にして、一体誰が喜ぶっていうんだッ! 逃げる勇気、それだって大事なも――――」
電源を落とす。どこまでも胸糞が悪かった。
ならばお前は、戦わずに逃げるのが正解だったというのか?
「……お前らなら、無謀なことでも成し遂げるだろう。立ち向かえば、そこには清々しい勝利がやってくるだろう。俺はそんなお前らに……」
――零れた声には、失意ばかりが込められていた。
振り向いた男性、既に彼からは花の入れ墨は消えていた。
能力の喪失は開花後の人間にも有効らしい。このような点を把握できる当たり、花の入れ墨の存在はある意味便利にも思えた。
もっとも、今一番に那附の能力が残っているか残っていないかを知りたいであろう女性は、もはや入れ墨の有無を確認することすらできないのだが。
「君の行く末は私にはわからない。他の人間と比べて全くのイレギュラー、多少能力者の経験の長い私でも予想がつかない。今回の新たな能力者二人はわからないことだらけだな」
二人、そう告げた。先ほども女性が言っていた、「二週間前に二人の能力が新たに出現した」と。
偶然か、はたまた必然か。どちらにしても気にかかる話ではあった。
「能力者二人……。一人はフォーチュンに入ったと聞きました。そのもう一人はどのような能力を持っているんですか?」
問えば「そうだな、最後に応えておこう」と那附は頷く。そして体だけこちらに傾ければ、空を見上げ、希望の光にでも浸るように恍惚とした表情を浮かべて見せた。
那附は『もう一人』に希望の兆しを見ている、その仕草はそのような風貌に見えた。
「能力は言えない。名は鼓(つづみ)逸司(いつし)といった。ただ彼の花は『プラタナス』だとは伝えておくよ。花言葉は――」
――『天才』。
天才、聞いたこともない花言葉。どんな言葉にも卓越している花言葉。
「騒ぎになる前に帰るといい、人除けの能力者も俺と共にここを去る」
それだけ告げ、那附はその場を去る。未だにいがむ女性を抱え、左半身を引きずるように去っていく。
「俺も帰ろう」
一人残された路地、呆然としてはいられない。奇怪な穴が複数空き、石塀なども異様な溶け方をしているこの路地、居座るには気味が悪い。
いっそのこと警察と共にいた方が良い。そのような発想はあったものの、今事情を話すには疲労感が強すぎた。
そもそも警察沙汰になったのなら、誰が何をしでかしにくるか分かったものではない。
やむを得ないのだ。そう納得して痛む体を引きずるように、ふらつく足取りで帰路につく。
「『能力』、『花の入れ墨』、『衝動』、二つの能力者組織に入れないのが俺、か……」
戦闘が終われば傷が癒える、などということはない。戦闘を終えようと傷は傷のままだ。
それこそ那附などの元には、帰還することで『治癒』を行う能力者がいるのかもしれない。しかし俺はそんなもの持たない。持ったとしても、その能力を失わせるだけだ。
ろくなことがない。強いて言うならば、すぐ近くに自宅があることが救いだ。
不幸中の幸い。だから君は幸運だ、などと言われたら心外も甚だしいが。やるせない事象に対して、あまりにも都合のいいことが少なすぎる。この能力もその一つだ。
痛んだ体で自宅のあるマンションの前へ。夜を照らす温暖色の灯りの中へ入っていけば、強化ガラスでできた自動扉を前にする。
鍵穴に鍵を差し込み、ロックを解除、手慣れた仕草で一階にある自室へ向かう。
開けた扉、安心さえする1Kの狭い部屋。その中に入っていけば、流れていたテレビの音声。
どうやらテレビをつけたままに外出していたらしい。
そこで流れてきたのは、少年漫画のアニメの一台詞だった。脇役の行いに説教をする主人公、ヒロインを引きつれ、敵役を打ちのめした彼はこういった。
「勇気と蛮勇は違うんだッ! 無謀なことをして、勝利を焦ってどうするっ! 自分の命を犠牲にして、一体誰が喜ぶっていうんだッ! 逃げる勇気、それだって大事なも――――」
電源を落とす。どこまでも胸糞が悪かった。
ならばお前は、戦わずに逃げるのが正解だったというのか?
「……お前らなら、無謀なことでも成し遂げるだろう。立ち向かえば、そこには清々しい勝利がやってくるだろう。俺はそんなお前らに……」
――零れた声には、失意ばかりが込められていた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる