枯れない花

南都

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第一章 「花の入れ墨」と「開花」

第十七話

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「勧誘は取りやめだ。君は仲間を持てない、それに対して護身もできない。自身の能力で自分を守ることもできない」

 振り向いた男性、既に彼からは花の入れ墨は消えていた。
 能力の喪失は開花後の人間にも有効らしい。このような点を把握できる当たり、花の入れ墨の存在はある意味便利にも思えた。

 もっとも、今一番に那附の能力が残っているか残っていないかを知りたいであろう女性は、もはや入れ墨の有無を確認することすらできないのだが。

「君の行く末は私にはわからない。他の人間と比べて全くのイレギュラー、多少能力者の経験の長い私でも予想がつかない。今回の新たな能力者二人はわからないことだらけだな」

 二人、そう告げた。先ほども女性が言っていた、「二週間前に二人の能力が新たに出現した」と。
 偶然か、はたまた必然か。どちらにしても気にかかる話ではあった。

「能力者二人……。一人はフォーチュンに入ったと聞きました。そのもう一人はどのような能力を持っているんですか?」

 問えば「そうだな、最後に応えておこう」と那附は頷く。そして体だけこちらに傾ければ、空を見上げ、希望の光にでも浸るように恍惚とした表情を浮かべて見せた。

 那附は『もう一人』に希望の兆しを見ている、その仕草はそのような風貌に見えた。

「能力は言えない。名は鼓(つづみ)逸司(いつし)といった。ただ彼の花は『プラタナス』だとは伝えておくよ。花言葉は――」

――『天才』。

 天才、聞いたこともない花言葉。どんな言葉にも卓越している花言葉。

「騒ぎになる前に帰るといい、人除けの能力者も俺と共にここを去る」

 それだけ告げ、那附はその場を去る。未だにいがむ女性を抱え、左半身を引きずるように去っていく。

「俺も帰ろう」

 一人残された路地、呆然としてはいられない。奇怪な穴が複数空き、石塀なども異様な溶け方をしているこの路地、居座るには気味が悪い。

 いっそのこと警察と共にいた方が良い。そのような発想はあったものの、今事情を話すには疲労感が強すぎた。
 そもそも警察沙汰になったのなら、誰が何をしでかしにくるか分かったものではない。

 やむを得ないのだ。そう納得して痛む体を引きずるように、ふらつく足取りで帰路につく。

「『能力』、『花の入れ墨』、『衝動』、二つの能力者組織に入れないのが俺、か……」

 戦闘が終われば傷が癒える、などということはない。戦闘を終えようと傷は傷のままだ。
 それこそ那附などの元には、帰還することで『治癒』を行う能力者がいるのかもしれない。しかし俺はそんなもの持たない。持ったとしても、その能力を失わせるだけだ。

 ろくなことがない。強いて言うならば、すぐ近くに自宅があることが救いだ。
 不幸中の幸い。だから君は幸運だ、などと言われたら心外も甚だしいが。やるせない事象に対して、あまりにも都合のいいことが少なすぎる。この能力もその一つだ。

 痛んだ体で自宅のあるマンションの前へ。夜を照らす温暖色の灯りの中へ入っていけば、強化ガラスでできた自動扉を前にする。
 鍵穴に鍵を差し込み、ロックを解除、手慣れた仕草で一階にある自室へ向かう。

 開けた扉、安心さえする1Kの狭い部屋。その中に入っていけば、流れていたテレビの音声。
 どうやらテレビをつけたままに外出していたらしい。

 そこで流れてきたのは、少年漫画のアニメの一台詞だった。脇役の行いに説教をする主人公、ヒロインを引きつれ、敵役を打ちのめした彼はこういった。

「勇気と蛮勇は違うんだッ! 無謀なことをして、勝利を焦ってどうするっ! 自分の命を犠牲にして、一体誰が喜ぶっていうんだッ! 逃げる勇気、それだって大事なも――――」

 電源を落とす。どこまでも胸糞が悪かった。

 ならばお前は、戦わずに逃げるのが正解だったというのか? 

「……お前らなら、無謀なことでも成し遂げるだろう。立ち向かえば、そこには清々しい勝利がやってくるだろう。俺はそんなお前らに……」

――零れた声には、失意ばかりが込められていた。
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