枯れない花

南都

文字の大きさ
上 下
24 / 123
第二章 「主人公」と「憧れ」

第一話

しおりを挟む
――あのような事件があろうとも、俺はそそくさと勤め先のコンビニエンスストアへと足を運ぶ。
 『現実味のない命を落とす危険性』よりも『失われる人間関係と職場』の方が怖いのだ。そして社会に出ている独身の人間ならば、そのような人は多いのだろう。それが…………俺の人生だ。

 俺の命の価値は、思っているより随分と軽いのかもしれない。


 バイト先の様子は相変わらずだ。
 二十三時、顧客は少ない。決して立地の良い場所でもない、地元住民が利用する程度のコンビニエンスストアなのだ。妥当と言えば妥当だろう。

 深夜に煌々と輝く蛍光灯、夏ならば虫が寄ってきた。
 しかしあいにく、この時期によって来る虫などいない。俺はただしんしんと刻まれる時間をレジの前で数えるばかりだ。

 しかしこれで時給千円弱もらえるのだ、儲けものと言えば儲けものだろう。
 それで何を買えるのかと言えば、買えるのは『死んでいるとさえ思える人生』程度のものだが。

 このような発想をする限り、報われるはずもない。誰かがそういった。
 しかし自分も初めからこうではなかったのだ。七転び八起きという言葉があるが、八回目も転んでしまえば心は荒む。
 そして荒んだ心を見て、勝ち上がった誰かが「そんなんだから」と指を指す。敗者はそれでも足搔くしかない。

 そしていつか勝者になったのならば、敗者は『少し敗者にやさしい勝者』になるのかもしれない。

 カチッ、と時間の表記が変わる。二十三時五分、比較的キリのいい時間だ。
 俺のあがりまであと五十五分、それまでをただただここで待つだけだ。変わらない業務を、ここで無心でこなすだけだ。いつもと変わったこと何もない。

 いや、「ない」といえば嘘になる。変わったことはあった。成木が「あの事件聞きました?」と嬉々として聞いてきたことだ。

 期待を裏切らないやつというべきか、案の定というべきか。成木は本当にその手の話が好きらしい。近隣のことなのだから、気になるのは当たり前かもしれないが。

 俺はそれに平然と「知らない」と返せば、成木はすんなりと「まぁそうですよね」と折れる。
 そうして成木とレジに並ぶだけの時間を再び俺は迎えた。

 品出しもレジ打ちも、清掃さえも終わらせている。最早アルバイトの自分が出来ることなどない。
 強いて出来ることを言うならば、陳列と称してほとんどきれいに並んだ商品を見て回るくらいのことだ。

 呆然とデジタル時計を見る。その時計が六分に変わろうとしたとき、成木からふと話がふられた。


しおりを挟む

処理中です...