はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で

アイザッカ

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現代から不思議の国へ:少女時代

光と影の交差点

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 馬車には私とアンネリースとフリーダが乗っている。マカレナは後で私の着替えや洗面用具などの荷物と一緒に移動してくるそうだ。本邸に着くと蒼面の執事と、落ち着き払ったロイス様に出迎えられた。

「エリザベス様。突然の深夜の移動となってしまい申し訳ごさいません」

 私はゆっくりと首を振った。

「いいえ。閣下が伏せておられる今、本邸に領主一族の者がいないのは危険だという説明を受けておりますので問題はありません」
「ありがとう存じます、エリザベス様。ですが閣下が伏せておられる、ということは外部には内密に願います」

 私は静かに頷いた。
 本当は私も外部、と言うかこの一族とは縁もゆかりもない外国人。だけど私は閣下の婚約者でありだから、一族の人間として無理やりカウントしたらしい。

 フリーダは身を乗り出し、震える声で息子に尋ねた。

「閣下のご容態は?」
「命に別状はございません。ですが意識を取り戻される気配がありません。医師の見立てによると心身の疲労が積み重なっており、今回の件で顕在化してしまったのではないか、とのことでございました」

 心身の疲労? 首を傾げる私をよそに、フリーダは「まったくあの子は」と安心したようにため息を吐いた。心做しか涙も溢れている。
 執事のスチュアート様に客用寝室へ案内され、フリーダと2人きりにされた。寝間着に着替え、ベッドに腰掛けた。

「ねえフリーダ。フリーダはいつから閣下に仕えていたの? 親子共々仕えているくらいだからロイス様が子どものころから?」
「ええ。ヨハネス様……閣下のお父上ウィリアム様の乳母として入ったことに始まります」

 すっごく昔だった。

「ウィリアム様が10歳になられたことに伴いロイスを置いて郷里に戻りました。ですがフィリピーナ様のご誕生に伴いウィリアム様の奥方ライムンダ様が逝去されたため、閣下の兄君ブランドン様の養育のため私が呼び戻されましたの」
「閣下は3人兄弟だったんですか?」

 脳裏に三兄弟の真ん中っ子で苦労していそうなハイド伯爵が浮かんだ。兄というものも妹というものも暴君らしい。フリーダは微かに微笑んだ、寂しそう。
 
「ええ。ただブランドン様もフィリピーナ様も早くに逝去されてしまいました」

 あ、と声が漏れた。目が泳いだ。
 せめてご兄弟のうちどちらかが残っていれば、ハイド家の状況はかなり違ったいたのかな? 少なくとも一族の有事に私を呼ばなかっただろう。

「ハイド伯爵一族が残り閣下1人しかいらっしゃらない、と言うのは本当なのですか?」
「エルサ様も含めると2人になりますが、本当のことでこざいます。ただ、他家に嫁がれた継母イノックア様はいらっしゃいます」
「継母? 継母がいらっしゃったの?」
「ええ、一族の者を外に出さないためのご結婚でしたが。イノックア様ウィリアムの姉君の娘にあたる方でもありました」

 つまり政略的な目的で姪っ子と結婚したんだ、ハプスブルクかよ。でもその姪っ子さんは再婚したんだ、良かった。

「イノックア様は現在おいくつなの?」
「イノックア様は来月で32歳になられます」

 ロイス様が40半ばくらいだから、ウィリアム様とイノックア様は10歳くらい違うんだ。意外とそんなに離れていなかった。
 
「ウィリアム様の姉君……つまりイノックア様のお母様はおいくつなのですか?」と私は首を傾げた。
 フリーダは「ご存命であれば50歳でした。12年前に逝去されましたが……」と顔を強張らせた。

 顔を強張らせる話なの? あ、そっか。フリーダにとっては小さい頃から見ていた子の1人だからか。不謹慎だけど、ハイド伯爵、親戚が死にすぎじゃない?

 何となく寒気がした私はふっと顔を上げた。ベッドから出て重たいカーテンを捲った。窓の外はしんしんと雪が降っている。寒いと思った。窓から見ると向かい側にまで建物が繋がっている。さっきスチュアート様が仰っていた。客用寝室の斜め向かいに閣下の寝室があると。
 閣下のお部屋にはこんな時間まで灯りが点いている。山の向こうの空は微かに白み始めている。閣下はこんなに時間を掛けてまで看病をされているのだ、死ぬことはない。
 一応婚約者の私は一族の者として本邸に移動してきた。なのに外部との接触もできない、代わりにお仕事もできない。家族の一員じゃない上、外国人。

 フリーダが混乱する私を抱きしめてくれた。

 私には何が出来るの? エリザベス、よく思い出して。私が風邪を引いた時は何をして貰った? お医者さんを呼んでくれた、胃に優しいものを作ってくれた。でもこれは他の人がやってくれる。私に出来ることは何? 一族の者として……いいえ、私は一族の者ではない。それでも閣下は私を一族の者として数えてくださった。一体、私に出来ることは何なの? 思い出して明美、よく思い出して。お母さんが贈ってくれた本の内容を、こう言う時令嬢はどうするの?

 パッと明美は顔を上げ、フリーダを見た。

「ねえフリーダ。ガーゼって縫えるものなの?」

 私が知っているガーゼはドラッグストアに売られているもの。だけど『レ・ミゼラブル』のコゼットは縫っていた。縫い物で指が傷だらけになるようなコゼットですら出来たんだから、私にも出来るはず。あれ? 傷じゃなくてタコだったかも。

 フリーダは「ええ」と頷いた。

「ただ閣下の傷は浅いようなので包帯が必要となる期間は短いと考えられますが」
「でも……私も何か閣下のお力になりたいの」

 フリーダは「あら」と目を見開いた。
 正直、私も、思っても見なかった言葉が自分から出てきてびっくりしている。私、こんなことを考えていたんだ。でも1度言葉に出したから分かった。閣下は私を家族として数えてくださった。

「ガーゼがあるか確認に参りますね」

 フリーダが部屋を出て行った。なんだか急にドッと疲れて私は眠りについた。

 目を覚ますと幸いなことに朝の10時ごろだった。そんなに遅くはない。
 さっさと風呂に入り着替えを済ますと、フリーダのガーゼ包帯の縫い方講座が始まった。

「閣下は太ももに怪我を負われたので、大きめのガーゼを使用します。このように端を縫っていけばよろしいのです」

 講座、一瞬で終わった。とりあえず教わった通りにチクチクとガーゼを縫っているうちに時間が過ぎて行った。大きなガーゼだから縫うのに少し時間がかかる。あれ? 何で太ももなんだろう? 刺客にあったのなら……普通背中を狙わない? 何で太ももを刺されたの?

 数日が経った頃、「閣下の意識が戻られた」という知らせを聞いた。
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