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最初の3ヶ月:新婚時代
譲れない命
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夫婦の寝室を訪れたハイド伯爵は目を見張った。エリザベスの顔こそは笑顔だが、目は赤く充血し目元が腫れている。
「エリザベス、其方泣いていたのか?」
「いいえ」
だがエリザベスの目からぶわっと涙が溢れてしまった。私は寝台に腰掛け、エリザベスの手を引っ張り私に寄りかかれられるようにした。
「何があったにしろ、落ち着きなさいエリザベス」
背中を摩っていると、エリザベスはズズと顔を上げた。
「閣下は落胆なさらないのですか?」
やはり初夜と月のものが被ってしまったことか。
「フリーダが言っていた。今はまだ時期なども不安定になりやすいと」
何よりこうして其方と無事に結婚出来ただけで一安心なのだから。エリザベスは私の胸に顔を埋めた。私は眼尻を緩めエリザベスの頭を撫でた。
「だからエリザベス、今宵はもう眠りなさい」
「ならばなぜ寝室に来るよう命じられたのですか?」とエリザベスは顔を上げた。
私は「初夜共にいないと口さがない者たちが憶測を膨らますだろう」とエリザベスの髪紐を解いた。
あ、とエリザベスは顔を赤らめた。するりと首筋を撫でてやるとエリザベスは微かに震えた。
「だからエリザベス。今宵は体を暖かくしてから眠りなさい。私はここにいる」
エリザベスは小さく頷き「閣下、おやすみなさい」と布団を被り目を瞑った。
「おやすみ、エリザベス。良き夢を」とエリザベスの額に口付けた。
✳︎
2019年12月4日。陛下の内謁の間へと呼ばれた。
「突然の呼び出しとなったな」
「いいえ、とんでもないことでごさいます」
「来るんだ」
訳の分からぬまま呼び出され、今度は内謁の間から別の部屋へ移動しようとしている。陛下の私室を通ることとなった時は焦ったが、その先、地下室に保管されているものを見た時は混乱してしまった。
一見、精密に作られた蝋人形だと思った。だが蝋人形なら何故瞼が下りているのだろうか。
金を紡いだような美しい金髪。アラバスターのように透き通る雪のような肌。美しく繊細に形取られた顔立ちは優雅な曲線を描いている。高い頬骨、小さな顎、スッと整った鼻。不自然なほどに紅い唇、少女のような赤い頬。
「陛下、これは……」
「見て分からぬか。これはヴィンス7世の后、スヴェトラーナ=ジョセフィン后だ」
静かな湖に小石を投げ入れたように私の心に波紋が広がった。蝋人形などという考えは一瞬で消え失せた。
私は「スヴェトラーナ后? ヴィンス7世と共に共同墓地に葬られているはずでは?」と平静を装った。
「偽りに決まっているであろう。あれほどの、金輪際現れぬほどの美貌の持ち主を」と陛下は平然と答えられた。
墓地から盗んだ? いや、遺体があまりにも綺麗だ。后は享年32であった。后が病気であった、と言う話を聞いたことはない。まさか……。信じがたい。
何と言えばいいのか分からずググと拳を握りしめた。陛下はスヴェトラーナ后のご遺体に恍惚とした視線を向けられた。
「お美しいな。デイヴィス王朝最後の輝きと称されるに相応しい美しさだ。だからこそ、その美貌に急速な衰えが見えた時、始末されたそうだ」
ツンと背筋が冷えた。
革命が起きるまで彼女は良き妻良き母だったと言う。朗らかで生きとし生けるものに対し深く愛情を注ぐ聖母のような后だったそうだ。そんな彼女の行く末が墓地に眠る夫と引き離され、このような冷たい地下室でミイラとして保管される。何と悍ましい。
沈黙を保つ私とは対照的に陛下は話を続けられた。
「先日、外国からヴァロワール経由でヴィンス7世の子孫が入国した」
ヴィンス7世の子孫?
私は目を開いた、大きく開いた、ワナワナと震えた。
どのように外国へ渡ったのだ? なぜこの国に来たのだ?
「彼女はフランス語しか話せないそうだ。故にハイド伯爵、其方の力が必要だ」と陛下は命じられた。
「彼女」、ヴィンス7世の子孫は女なのか。
「かしこまりました。必ずや真意を突き止めます」
✳︎
私は寝息を立てるエリザベスの額に口付けた。
2年半前に出会ったヴィンス7世の子孫……エリザベスは不安そう揺れる眼差しだったがしっかりとした表情でこちらを見つめいた。当時は短かかったが明るく艷やかな茶髪。整っているが庇護欲を駆り立てられる顔立ち。彼女はそう、700年以上前の人物であったプラヴェータ女王を彷彿とさせる顔立ちだ。――プラヴェータ女王の母の素性は未だに不明だ、東の大陸出身の者ということしか分かっていない――。小柄だがスラリと伸びる肢体。子猫に優しく触れる白い肌。
15歳と32歳、年齢による差異もあるのだろう。エリザベスはスヴェトラーナ后に似ているところもある、だが違う。もちろんそうであろう、スヴェトラーナ后の血を引いているとはいえ瓜二つになるわけがない、ましてや同じ存在ともならない。誰の血を引いているとしてもエリザベスはエリザベスだ。
蒼い瞳を持つイギリス人の少女は紆余曲折を経て私の妻となった。神と人の前で「助け合う」と誓った妻だ。だが気を抜くことは出来ぬ。決して彼女がスヴェトラーナ后と同じ命運を辿らぬよう、全てから私が守る。私の腕の中で眠る蒼い瞳の、この美しい少女を。
「エリザベス、其方泣いていたのか?」
「いいえ」
だがエリザベスの目からぶわっと涙が溢れてしまった。私は寝台に腰掛け、エリザベスの手を引っ張り私に寄りかかれられるようにした。
「何があったにしろ、落ち着きなさいエリザベス」
背中を摩っていると、エリザベスはズズと顔を上げた。
「閣下は落胆なさらないのですか?」
やはり初夜と月のものが被ってしまったことか。
「フリーダが言っていた。今はまだ時期なども不安定になりやすいと」
何よりこうして其方と無事に結婚出来ただけで一安心なのだから。エリザベスは私の胸に顔を埋めた。私は眼尻を緩めエリザベスの頭を撫でた。
「だからエリザベス、今宵はもう眠りなさい」
「ならばなぜ寝室に来るよう命じられたのですか?」とエリザベスは顔を上げた。
私は「初夜共にいないと口さがない者たちが憶測を膨らますだろう」とエリザベスの髪紐を解いた。
あ、とエリザベスは顔を赤らめた。するりと首筋を撫でてやるとエリザベスは微かに震えた。
「だからエリザベス。今宵は体を暖かくしてから眠りなさい。私はここにいる」
エリザベスは小さく頷き「閣下、おやすみなさい」と布団を被り目を瞑った。
「おやすみ、エリザベス。良き夢を」とエリザベスの額に口付けた。
✳︎
2019年12月4日。陛下の内謁の間へと呼ばれた。
「突然の呼び出しとなったな」
「いいえ、とんでもないことでごさいます」
「来るんだ」
訳の分からぬまま呼び出され、今度は内謁の間から別の部屋へ移動しようとしている。陛下の私室を通ることとなった時は焦ったが、その先、地下室に保管されているものを見た時は混乱してしまった。
一見、精密に作られた蝋人形だと思った。だが蝋人形なら何故瞼が下りているのだろうか。
金を紡いだような美しい金髪。アラバスターのように透き通る雪のような肌。美しく繊細に形取られた顔立ちは優雅な曲線を描いている。高い頬骨、小さな顎、スッと整った鼻。不自然なほどに紅い唇、少女のような赤い頬。
「陛下、これは……」
「見て分からぬか。これはヴィンス7世の后、スヴェトラーナ=ジョセフィン后だ」
静かな湖に小石を投げ入れたように私の心に波紋が広がった。蝋人形などという考えは一瞬で消え失せた。
私は「スヴェトラーナ后? ヴィンス7世と共に共同墓地に葬られているはずでは?」と平静を装った。
「偽りに決まっているであろう。あれほどの、金輪際現れぬほどの美貌の持ち主を」と陛下は平然と答えられた。
墓地から盗んだ? いや、遺体があまりにも綺麗だ。后は享年32であった。后が病気であった、と言う話を聞いたことはない。まさか……。信じがたい。
何と言えばいいのか分からずググと拳を握りしめた。陛下はスヴェトラーナ后のご遺体に恍惚とした視線を向けられた。
「お美しいな。デイヴィス王朝最後の輝きと称されるに相応しい美しさだ。だからこそ、その美貌に急速な衰えが見えた時、始末されたそうだ」
ツンと背筋が冷えた。
革命が起きるまで彼女は良き妻良き母だったと言う。朗らかで生きとし生けるものに対し深く愛情を注ぐ聖母のような后だったそうだ。そんな彼女の行く末が墓地に眠る夫と引き離され、このような冷たい地下室でミイラとして保管される。何と悍ましい。
沈黙を保つ私とは対照的に陛下は話を続けられた。
「先日、外国からヴァロワール経由でヴィンス7世の子孫が入国した」
ヴィンス7世の子孫?
私は目を開いた、大きく開いた、ワナワナと震えた。
どのように外国へ渡ったのだ? なぜこの国に来たのだ?
「彼女はフランス語しか話せないそうだ。故にハイド伯爵、其方の力が必要だ」と陛下は命じられた。
「彼女」、ヴィンス7世の子孫は女なのか。
「かしこまりました。必ずや真意を突き止めます」
✳︎
私は寝息を立てるエリザベスの額に口付けた。
2年半前に出会ったヴィンス7世の子孫……エリザベスは不安そう揺れる眼差しだったがしっかりとした表情でこちらを見つめいた。当時は短かかったが明るく艷やかな茶髪。整っているが庇護欲を駆り立てられる顔立ち。彼女はそう、700年以上前の人物であったプラヴェータ女王を彷彿とさせる顔立ちだ。――プラヴェータ女王の母の素性は未だに不明だ、東の大陸出身の者ということしか分かっていない――。小柄だがスラリと伸びる肢体。子猫に優しく触れる白い肌。
15歳と32歳、年齢による差異もあるのだろう。エリザベスはスヴェトラーナ后に似ているところもある、だが違う。もちろんそうであろう、スヴェトラーナ后の血を引いているとはいえ瓜二つになるわけがない、ましてや同じ存在ともならない。誰の血を引いているとしてもエリザベスはエリザベスだ。
蒼い瞳を持つイギリス人の少女は紆余曲折を経て私の妻となった。神と人の前で「助け合う」と誓った妻だ。だが気を抜くことは出来ぬ。決して彼女がスヴェトラーナ后と同じ命運を辿らぬよう、全てから私が守る。私の腕の中で眠る蒼い瞳の、この美しい少女を。
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