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この手を伸ばす先:ティレアヌス
雪衣を纏う
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伯爵家次男でありながら他国からの外交官らの中で幼少期を送った少年。それが私ヨハネス・ド・ハイド、22歳。早逝した兄に変わり父から爵位を継いでから今年で11年。
未だ春嵐の訪れぬ街、きらびやかだが冷ややかな宮廷、雪衣を重ねる白い庭園。一歩進むことに纏わりつく白粉の匂い。絶えず揺れ動く秘密と策略の笑み。
「ハイド伯爵、こんばんは」とトトゥーリア侯爵夫人が近づいてきた。片眉を上げ、口紅が目立つように微笑む。扇子で口元を隠し、黒紫の袖をシャラと揺らす彼女は、宮廷でも名高い美貌の持ち主。その妖艶な立ち振る舞いで多くの貴族たちを引き寄せているが、私は彼女を好まない。
「こんばんは、お美しいトトゥーリア侯爵夫人。トトゥーリア侯爵はお元気ですか?」
なぜこの侯爵夫人は夫の伴もなしに他家の伯爵に挨拶をしているのか。そんな無言の訴えは彼女の笑いによって退けられてしまった。
「ええ、あなたの花のように美しいと噂の夫人と、利発と聞くご婚約者はお元気でしょうか?」
なるほど。妻はおろか婚約者さえ私は連れていないからか。
「ええ、お陰様で。私の婚約者はこの雪道で遅れるそうですが」
「あらあらそうですの。御婚儀も遅れるそうですね」
噂が広まるのは早いものだな。あまり長くトトゥーリア侯爵夫人と話しているとまずい。何かを探ろうとする態度を感じつつも、私はその場を穏やかに切り抜けた。場を離れた。マカレナと合流した。昼の海のようなドレスがよく似合っている。赤や黒紫のドレスに囲まれているため彼女だけが浮いて見える。
大広間には色とりどりの豪華な料理が並んでいる。貴族たちが集まっている。音楽が流れ、舞踏の輪が広がっていく。私達は庭園へと抜けた。マカレナがサッと手を振りほどいた。
「閣下、エリザベス様のお体はいかがなのですか?」
「回復が遅れており、未だ寝台から出られぬそうだ」
マカレナが小さく十字を切った。小さく何かを呟いた。雪がしんしんと降り積もる。体が冷える前に広間へ戻らねば。
「マカレナ、結婚の準備は進んでいるのか?」
私の一言にマカレナの目がキリリと冷えた。怒っているようだ。
「ええ。予定が遅れたおかげで余裕がありますの」
「それは良かった」
式は来年の3月となった。エリザベスの闘病を口実として。マカレナの肩に積もった雪を払ってやった。
「随分と大きくなったな」
「え?」とマカレナは後ろの樹を見た。
「其方のことだ。初めて其方と出会った時、そなたはこれくらいであっただろう?」と私の腰くらいの高さを示した。
「そりゃ10年とちょっと経ちましたもん、私はもう17歳です! 人生回顧でも見たのですか?」
「何だそれは?」
「人は死の間際に今までの出来事が脳裏に蘇るんですって」
「なぜ私が死なねばならぬのだ」
「だって急に変なことを言い出すから」
私は苦笑した。幼馴染を相手に艶っぽい雰囲気に持っていこうとしただけだ。マカレナ相手では無理か。友人のような話なら出来るが。マカレナはパッと目を見開き、私の頭を指した。
「あ! 白髪発見! 一房も!」
「頼むから大声で指摘するな」
「ご心労ですか? 良ければ白髪の仕組みを解明をしてもいいですか?」
「参考文献を探しに行くつもりだろう?」
「ええ! できれば病院に潜り込んでもみたいです」
「止めておけ。瑕疵がつく」
時折思う。マカレナはこの国に生まれなかった方が良かったのだろうか。
マカレナを連れ、広間に戻るとトトゥーリア侯爵夫人と目が合った。トトゥーリア侯爵夫人はエリザベスのことを「花のように美しいと噂の夫人」と称した。どこから噂が広まったのだろうか。もし人々がエリザベスを見た時、多くの貴族はスヴェトラーナ后を連想するのではないだろうか?不安と恐怖に潰されそうなまま夜の帳は上がった。
帰宅後、エリザベスから手紙が届いていることに気づいた。綻ぶ口元を隠す間さえ惜しみ手紙を開いた。
敬愛するヨハネス様へ。
雪の薄いこちらでは冬の花々が美しく咲いており、少しずつ春の兆しを見つける日々です。そちらでは雪々が白く積もり行き、冬の夜空の輝きに劣らぬ美しさを放っているのでしょう。
春までには、と思い日々励んでいたところ、杖をつきながらではありますが歩けるようになりました。現在、階段の上り下り以外が出来ます。療養の場を与えてくださったこと、感謝しております。
ヨハネス様。お誕生日おめでとうございます。
(雪の影響でこの手紙の到着が遅れているかもしれませんが……)
ヨハネス様へのお祝いの気持ちを添えささやかですが、栞を同封いたしました。
実り多き一年になることをお祈りしております。
日々回復しているエリザベス。
便箋には栞が挟まれており、セントポーリアの押し花がされている。
私はペンを取った。エリザベスを守るためになら、どのような手段も厭わない覚悟を新たにしながら。
未だ春嵐の訪れぬ街、きらびやかだが冷ややかな宮廷、雪衣を重ねる白い庭園。一歩進むことに纏わりつく白粉の匂い。絶えず揺れ動く秘密と策略の笑み。
「ハイド伯爵、こんばんは」とトトゥーリア侯爵夫人が近づいてきた。片眉を上げ、口紅が目立つように微笑む。扇子で口元を隠し、黒紫の袖をシャラと揺らす彼女は、宮廷でも名高い美貌の持ち主。その妖艶な立ち振る舞いで多くの貴族たちを引き寄せているが、私は彼女を好まない。
「こんばんは、お美しいトトゥーリア侯爵夫人。トトゥーリア侯爵はお元気ですか?」
なぜこの侯爵夫人は夫の伴もなしに他家の伯爵に挨拶をしているのか。そんな無言の訴えは彼女の笑いによって退けられてしまった。
「ええ、あなたの花のように美しいと噂の夫人と、利発と聞くご婚約者はお元気でしょうか?」
なるほど。妻はおろか婚約者さえ私は連れていないからか。
「ええ、お陰様で。私の婚約者はこの雪道で遅れるそうですが」
「あらあらそうですの。御婚儀も遅れるそうですね」
噂が広まるのは早いものだな。あまり長くトトゥーリア侯爵夫人と話しているとまずい。何かを探ろうとする態度を感じつつも、私はその場を穏やかに切り抜けた。場を離れた。マカレナと合流した。昼の海のようなドレスがよく似合っている。赤や黒紫のドレスに囲まれているため彼女だけが浮いて見える。
大広間には色とりどりの豪華な料理が並んでいる。貴族たちが集まっている。音楽が流れ、舞踏の輪が広がっていく。私達は庭園へと抜けた。マカレナがサッと手を振りほどいた。
「閣下、エリザベス様のお体はいかがなのですか?」
「回復が遅れており、未だ寝台から出られぬそうだ」
マカレナが小さく十字を切った。小さく何かを呟いた。雪がしんしんと降り積もる。体が冷える前に広間へ戻らねば。
「マカレナ、結婚の準備は進んでいるのか?」
私の一言にマカレナの目がキリリと冷えた。怒っているようだ。
「ええ。予定が遅れたおかげで余裕がありますの」
「それは良かった」
式は来年の3月となった。エリザベスの闘病を口実として。マカレナの肩に積もった雪を払ってやった。
「随分と大きくなったな」
「え?」とマカレナは後ろの樹を見た。
「其方のことだ。初めて其方と出会った時、そなたはこれくらいであっただろう?」と私の腰くらいの高さを示した。
「そりゃ10年とちょっと経ちましたもん、私はもう17歳です! 人生回顧でも見たのですか?」
「何だそれは?」
「人は死の間際に今までの出来事が脳裏に蘇るんですって」
「なぜ私が死なねばならぬのだ」
「だって急に変なことを言い出すから」
私は苦笑した。幼馴染を相手に艶っぽい雰囲気に持っていこうとしただけだ。マカレナ相手では無理か。友人のような話なら出来るが。マカレナはパッと目を見開き、私の頭を指した。
「あ! 白髪発見! 一房も!」
「頼むから大声で指摘するな」
「ご心労ですか? 良ければ白髪の仕組みを解明をしてもいいですか?」
「参考文献を探しに行くつもりだろう?」
「ええ! できれば病院に潜り込んでもみたいです」
「止めておけ。瑕疵がつく」
時折思う。マカレナはこの国に生まれなかった方が良かったのだろうか。
マカレナを連れ、広間に戻るとトトゥーリア侯爵夫人と目が合った。トトゥーリア侯爵夫人はエリザベスのことを「花のように美しいと噂の夫人」と称した。どこから噂が広まったのだろうか。もし人々がエリザベスを見た時、多くの貴族はスヴェトラーナ后を連想するのではないだろうか?不安と恐怖に潰されそうなまま夜の帳は上がった。
帰宅後、エリザベスから手紙が届いていることに気づいた。綻ぶ口元を隠す間さえ惜しみ手紙を開いた。
敬愛するヨハネス様へ。
雪の薄いこちらでは冬の花々が美しく咲いており、少しずつ春の兆しを見つける日々です。そちらでは雪々が白く積もり行き、冬の夜空の輝きに劣らぬ美しさを放っているのでしょう。
春までには、と思い日々励んでいたところ、杖をつきながらではありますが歩けるようになりました。現在、階段の上り下り以外が出来ます。療養の場を与えてくださったこと、感謝しております。
ヨハネス様。お誕生日おめでとうございます。
(雪の影響でこの手紙の到着が遅れているかもしれませんが……)
ヨハネス様へのお祝いの気持ちを添えささやかですが、栞を同封いたしました。
実り多き一年になることをお祈りしております。
日々回復しているエリザベス。
便箋には栞が挟まれており、セントポーリアの押し花がされている。
私はペンを取った。エリザベスを守るためになら、どのような手段も厭わない覚悟を新たにしながら。
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