はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で

アイザッカ

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この手を伸ばす先:ティレアヌス

雛鳥さん

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 ぱっちりと目が覚めた。朝イチで見たのは天井の模様。視力は戻ってきている。
 うつ伏せにひっくり返ってから腕で上体を起こした。上体を起こすと、寝台から落ちていたことに気づいた。良く眠れたってことだね。あと、ベッドから落ちる程度には動けるようになっている。

 ナイトキャップをぶん投げて鈴を鳴らした。こちらでの侍女レベッカに着替えを頼んだ。着替えが終わり、アンネリースによって私はまたベッドに寝かされた。私は天蓋を睨んだ。
 いつまでも動けないのは嫌だ。動けるようになれば胸の苦しさから逃れられるはず。だから腕を使って体の向きを変えた。寝台のカーテンを引っ張っり、上体を起こした。上体を倒した。カーテンを引っ張って上体を起こした。7回くらい繰り返してから私はゼェゼェと倒れ込んだ。腹筋ってずっとやらないとキツイ。一息吐いてから起き上がり鈴を鳴らし、私のソーイングバスケットを持ってきてもらった。

 カゴの蓋を開けるともう少しで完成する所だったんだろうなぁ、っていう人形が一体あった。顔に糸の通った針が刺さったまま。たぶん少しだけ手を止めるつもりでピンクッション代わりにしたんだろう。人形の左目は完成している、右目はまだひと針目。口はこれから。当たり前だけど中身は1ヶ月前で時間が止まったままだった。あの時の風邪は、本当に酷かったなぁ。風邪を引く前後の記憶は曖昧で覚えていないけど。
 私はすいすいと針を動かし右目を完成させた。それから口を描こうとしたけど手が止まってしまった。どういう表情にしたらいいんだろう? 10年後の私はきっとこの人形を見てどう感じるのか。きっと何らかの意味を見入出そうとするはず。18歳の私はどんな気分? 今の私はどんな気分? 怒っているの? 悲しいの? それとも……叫びたいほど苦しいの? 分からない。とりあえず犬みたいにくるんくるんとした口にした。ぬいぐるみみたいな何とも言えない表情になった。だって分かんないんだもん。18歳にもなって本当に情けないよ。でもいっか、この国では立派な大人だけど、日本では未成年だから。
 
 よし、完成。私は人形を両手で掲げた。君の名前は何にしよう? 私はぐるりと部屋を見渡した。壁はピンクで無地、床は茶色。ドーナツみたい。ドーナツ、ドーナツ……、穴……。よし! 君の名前はポーラにしよう。
 ソーイングバスケットを寝台から退かしたい。よし、椅子に置くか。勢いをつけて寝台から飛び出し、窓枠を掴んだ。窓枠から左手を離し棚を掴んだ。右手はカゴを持っているから頼りにはならない。左腕を突っ張ればなんとか立っていられる。足は動かせた。足に掛かる体重は半端なく重い。けど体重はかなり減っていたからマシだろう。腕の力に頼り重力に逆らい、一歩一歩、足を動かした。勢いをつけて棚から手を離した。長椅子の手すりに掴まった。私はズズズと足を動かし椅子に座った。そしてカゴを置いた。カゴに留め金がついていて良かった、ぶちまけずに済んだ。足がプルプルする。

 ガチャリとドアが開いた。アンネリースだ。

「奥様、物音がしましたがご無事……」

 アンネリースは大きく目を見開いた。それからくしゃっと微笑み、部屋の外の守りに戻った。アンネリースって笑うとあんな顔になるんだ。笑うとそれなりに美人なんだね。


 *
 こちらに着いてから1ヶ月経つころには杖をつけば歩けるようになっていた。
 暇を持て余している私はコテンと首を傾げた。

「ねえレベッカ。こちらに書庫はあるのかしら?」
「ええ。ございます。案内しましょうか?」
「ええ、お願い」

 杖を支えにゆっくりと立ち上がると、レベッカに向かって歩き始める。そのついでにテーブルから飴ちゃんを取って、万が一疲れて動けなくなった時用にポケットへ突っ込んだ。お医者さんによると「体力が回復すれば、杖なしでも歩けるようになる」らしい。楽しみ。元通りになったらアウリスへ帰れる。
 
 廊下を抜けた先にあった書庫の扉を開けてもらった。本が並んでいる、ハイド伯爵邸ほど蔵書量が多くないけど。杖を軽く持ち直して一冊の本を取ってみた。古本じゃないのか。巻末を見てみると2010年代に出版された本だった。もう一冊の本を取ってみた、こっちは去年出た本だった。
 私はくるりとレベッカの方を見た。

「小説が多いのね。見たことない新しい小説が」
「そうでございますね。別荘で勉学の本を読む方はいらっしゃらないので」
「それもそうね」

 私はこくんと頷いた。ふと窓に目をやると、そこには庭園があった。そういえば私の部屋からも庭園が見えるけど確か噴水郡があったよね、書庫からは見えないけど。窓からは柔らかな日が差している。まだ2月の始まりだと言うのに、春の訪れを先触れのようだ。

「ねえレベッカ。今日は暖かいのかしら? 外で本を読んでも大丈夫かしら?」

 私は無意識に窓ガラスに手を触れていた。冷たくない。風が窓を揺らす音もしない。しばらくそのままでいると、レベッカが静かに答えた。

「大丈夫でございます」

 それからレベッカは書庫の外で控えていたアンネリースを呼びに行った。戻ってきたレベッカは私を座らせ私の杖を取った。

「奥様。庭園へお出かけになるのでしたら、階段がございます。今の奥様には危険かと存じますので、レニエ様にお運びいただく方が安全かと。」

 私は頷き、アンネリースに微笑みかけた。アンネリースは私を抱き上げた、前みたいに軽々って感じじゃなかったけど。一瞬だけ、アンネリースの顔に笑みが見えた。もう少ししたらアンネリースの仕事が1つだけ減るかもね。

 噴水は思っていたより長かった。タージ・マハルの建物をこのお屋敷にして、水路の部分を噴水にしたらまさにこの庭園。水路の向こう側ではダニー坊やが拭き掃除をしている。

「ありがとう、アンネリース。このベンチの上に降ろしてちょうだい」

 私をそっとベンチに降ろすとアンネリースはベンチの横に立った。

「ねえアンネリース。少し座って休んだら?」
「いいえ、いざという時に反応出来なくては困りますから」

 護衛騎士って大変だなぁ。私は目の前の風景に目をやり、少し落ち着いた気分で本を開いた。村娘が神からの啓示を受けて英雄となる物語でラストは炎の馬車がやって来て大団円だった。ハッピーエンド版ジャンヌ・ダルク?
 目を上げると拭き掃除中のダニー坊やがちょうど私の前を通過中だった。後で怒られない?

「ダニエル」と杖を使って立ち上がり、少し近づいた。
「はいぃ」とダニー坊やは裏返った声で答えた。
「寒い中お疲れ様」
「いえ。これが僕の仕事だから」

 ほっぺが赤くて可愛い。指先はかじかんでいるのか真っ赤。正直、年下の子とどう話せばいいのかなんて分からない、おまけに身分違い。だけど何となく構いたくなる。私はポケットに手を突っ込み、少し屈んでダニー坊やに飴ちゃんを手渡した。

「ありがとう!」とダニー坊やは飛び上がるように立ち上がってお辞儀した。
「どういたしまして」

 私は微笑んだ。ダニー坊やは掃除に戻った。ベンチに戻ろうとした時、小さな花を見つけた。花壇に咲く紫の花をするりと撫で、ベンチに腰掛けた。庭園の向こうでは日が沈もうとしている。
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