はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で

アイザッカ

文字の大きさ
40 / 89
この手を伸ばす先:ティレアヌス

冬の汽車と忘れられた町

しおりを挟む
 馬車が止まった。私は駅に着いたことに気付いた。
 アンネリースに手早く毛布でぐるぐる巻きにされ、抱きかかえられた。アンネリースは私を抱きかかえたまま汽車の客室内へ入り、私を寝台に置いた。布団を掛けられたあと、汽車が動いた。私はハイド伯爵の命令に従い、アウレリオへ向かうため、この汽車に乗り込んだ。
 暇な私は羊を数えていた。けれどこんなに揺れていたら100年の眠気も吹っ飛ぶ。胸元くらいまで切った髪が頼りなげに揺れている。

「アンネリース。私、座りたいわ」

 アンネリースは無言で私の上体を抱き起こした。腕くらいならもう簡単に動かせるけど、上体を動かすのはまだ重い。窓の外に広がる白い雪景色がどこまでも続くのを見ながら私はくったりと壁に寄りかかった。
 この療養は本当に必要なのかな。せめて年末年始は首都に留まるべきじゃないの? 体調を回復させるためだけに、12日間も汽車で揺られることが、果たして本当に必要なのかな。さすがに分かっている、ハイド伯爵は悪い人じゃないって。きっと私の体を真に心配してのことだろう。けど私を遠ざけたいだけじゃないかな、という気もする。久しぶりにペンダントを服の上に出し、ぎゅっと握った。
 静かな車内に響くのは汽笛と蒸気の音のみ。長いまつ毛が影を落とすのを感じながら私は目を瞑った。

 
 アウレリオに到着したのは年が明けた後だった。
 車両から出ると、冷たい風が頬を打つ。アンネリースに馬車の中まで運ばれた。「冷えるから」という理由でブラインドが下ろされているから外が見えない。街の外れにある別荘に到着し、アンネリースに抱きかかえられ馬車から降りた。私が来るのを知っていたかのように、数人の召使が整然と並んで出迎えてくれた。執事らしき男性が口を開いた。

「奥様、お疲れ様です、どうぞお入りください」

 私はこくりと頷いてから、後ろを見た。そして目を見開いた。アンネリースの肩越しには多くの木々があり、その向こうには港町があった。海の青さが冬の寒さが一層際立てているけど、汽笛の音が、行き交う人々が、レンガの色が開放的な雰囲気を作り出している。どこか異国の香りが漂う雰囲気もある。

「すごく綺麗な町」

 アンネリースは歩き始めた。彼女は執事の案内に従い、私を部屋に連れて行ってくれた。そして私をベッドに降ろし、布団を掛けてくれた。
「では私は扉の前で控えております」と部屋から出て行った。
 目の前にひっそりとした空間が広がった。部屋は暖かい、暖炉があるから。深呼吸をしてみた。静かな部屋に微かな呼吸音が響いた。1人、だだっ広い空間にいる。その空間が幼い頃から苦手だった。胸元に触れた。
 バッと上体を起こし掛けた。無理だったから、冷や汗を流しながら胸元を弄った。ない、ない! ペンダントがない!いつから無かった⁈ 記憶にある限り最後にペンダントを認識したのは汽車の中。私はぐったりと脱力した。お母さんから貰った宝物だった。

 
 その時、部屋の外から足音が聞こえた。扉が開き10歳くらいの少年が荷物を持って来た。馬車に置いてきた荷物だった。少年は洗濯はしたのであろう作業服を着ている。
「失礼いたします」とスーツケースの中身をテキパキと片付け始めた。

 目元には疲れが滲んでいるけど、どこか落ち着いた大人びた雰囲気を持っている。私はその少年をじっと見つめた。髪は短く、綺麗な黒髪、栗色の瞳。智に似ている。

「あなた、ここで働いているの?」

 私は軽く問いかけてみた。少年は緊張したようにシャキッと背筋を伸ばし、すぐに答えた。

「はい! ダニエルと申します!」
「そうなんだ、いくつ?」
「9歳です」

 ちっちゃ! おこちゃま! 智はいくつだったっけ? 前会った時は6歳だったから同い年だ。私はぐるぐる渦巻く心中を無視して微笑んだ。

「そう、私は18歳よ。変な質問なんだけどペンダントを見掛けなかった?」
「いいえ」
「そう……、ありがとう」


 胸が苦しい。私はギュッと目を瞑った。ダニエル君が何か言いかけて、ふっと口を閉じた。私の顔をじっと見た。ダニエルはお辞儀をした。

「よろしくお願いします」

 ダニー君は片付けを終え退室した。すごい音でドアを閉めたね。


 その後、私は部屋で静かに過ごした。
 あのペンダントはどこに行ったの? もし駅か汽車の中なら……。あれ、目立たないから誰かに踏まれているかもしれない。私にとってはかけがえのない大切な物なのに……。
 顔に熱が集まるのを感じた。体調は回復していない。この新しい場所で少しでも心を落ち着けることができればいいのに。
 窓の外に目を向けた。1羽の鳥が鳴いている。頭から爪先まで灰色だけど旨からお腹はオレンジの鳥。何の鳥だろう? 必死に頭を動かした。あ、そうだ! コマドリだ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...