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恋の終わり
声なき子どもたちへ
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私はジョエルのことで話があり、ヨハネス様の執務室の戸に入った。ヨハネス様は一瞬、こちらを見たあと鬼のような形相で書類の処理を続けた。ロイス様のデスクには書類の山が積み上げられており、ロイス様が見えない。アーサー様まで駆り出され、書類の山を分けている。うん、何があった? 年末だから? 誰かとお茶会する時のために置かれたテーブルの上にまで書類の山。
一応、約束を取り付けてから来たんだけど……。私は背後にあるドアに意識を向けた。お忙しいみたいなら帰りたいけど……。でも大事な確認がある、ロイス様に。私は息を吸った。決してこの殺伐とした空気を吸わぬよう注意しながら。
「ロイス様。ジョエルの家庭教師の件はどうなっていますか?」
書類の山の奥から唸り声が聞こえた。
「奥さま。せっかくおいでくださいましたのに、すぐに応対することが出来ず申し訳ありません」とロイス様が立ち上がった。「そちらにお掛けください」とお茶会用のテーブルを指した。
とりあえず、椅子に座った。ロイス様はデスクの前に立った。
「まずジョエルの家庭教師が見つからず、奥さまがジョエルの教育を請け負ってくださっていることに感謝いたします」とロイス様は頭を下げた。
「いいえ」と私は曖昧に笑った。だって元はと言えばロイス様、巻き込まれた側だし。私は巻き込んだ側だから当然のことをやっているだけ。
「ジョエルの家庭教師についてですが、未だ見つかっていないのが現状です」
きゅっと眉間に皺が寄った。今はまだ大丈夫だけど、私にも学力にやや不安があるから。留学ビザで各国を回っていたけど、学校には禄に通えていなかったし。
ロイス様は「まずジョエルの年齢だけを見れば読み書きが精一杯な彼に就きたがる者がおりません。いたとしても、もとは平民でありティレアヌス出身のジョエルに就きたがる者など見つからず」と顔を引き攣らせた。
「そう。お忙しい中、ありがとうございます」
平民、ティレアヌス出身……。ゴーディラックとティレアヌスの現状については未だよく分かっていないこともある。ジョエルと勉強する中、知ったこともあるけど。ゴーディラックで用いられる教科書から見たティレアヌスは、卑怯な女が国を半分奪った末に出来た国。ちっぽけで虚勢ばかり張る国。「我ら」とは決して通じ合えぬ法を持った国。未だティレアヌス王国であった頃の幻影に囚われる愚かな国。ジョエルが悔し涙を流すレベルでぼろっくそに言われていた。
ロイス様がチラッとヨハネス様に視線を向けた。
「奥さまは護衛を増やされる予定はないのでしょうか?」
「え?」
「奥さまの護衛騎士は戸の外で待っているアンネリース1人。やや心許ないのでは?」
「そう申されましても……」と私はチラリとヨハネス様を見た。
ロイス様は「奥さまはティレアヌスからお戻りになり、現在はこうしてゴーディラックにいらっしゃいます。また以前とは違い、閣下の唯一の夫人として舞踏会に出られることも。お茶会やサロンへの招待も増えている」と鋭く私を見た。
お茶会やサロンへの招待があったのは今知ったよ。ヨハネス様は重いため息を吐き立ち上がり、私の隣に座った。
「エリザベスの護衛騎士については既に検討を重ねている。しかし適任の者が見つからない、ただそれだけの話だ」
「護衛騎士ってそんなに人手不足なんですか?」と私は首を傾げた。
「いや、今のように不安定な時勢であると護衛騎士を志望する青年は多い。文官よりは陰謀に巻き込まれることが少ないからな」
普通逆じゃないの? ロイス様が微かに顔を曇らせた。よく見ればアーサー様まで手が止まって……。
あ、護衛騎士が亡くなれば亡くなった人だけの話だけど、文官が処されれば家族に影響がある可能性があるから? 安定した時代であればどっちの方が人気あるんだろう?
ううん、そのことについては後で考えよう。
「では、なぜ?」
「条件と当てはまらぬ者が多い、ただそれだけだ」とヨハネス様は話を切り上げようとした。
私は下唇を突き出し「どのような条件ですの」と追求した。ドキドキする。
「其方の護衛騎士はアンネリースであろう。今後のことを考えると若い男性護衛騎士を探しているが、女であるアンネリースを軽んじない者がなかなか見つからぬのだ」
「それは、困りますね。若い男性の方が良いのは老いるまでが長いからですか?」
「ああ。それに以前の雇い主から何かを命じられている可能性も低い」
ふむ。困るね。もし命じられた内容が通訳官の暗殺であった場合、夫人の護衛騎士として就けば簡単に通訳官に近づける。私はまっすぐヨハネス様を見た。その瞬間、力強いノック音が響いた。
「マカレナです」
「入りなさい」とヨハネス様は頷いた。
次の瞬間、マカレナが数枚の書類を持って入ってきた。また書類が増えたよ。
マカレナは「お兄様、目を通してください」とアーサー様に書類を見せた。
アーサー様はげんなりとした顔をしつつ書類を受け取った。私はとっさに顔をパッとアーサー様からそむけた。
だって、この間の交換日記の内容を思い出しちゃったから。アーサーが何年も交際していた女性と失恋したらしく、執務室にどんよりとした空気が漂っていたらしい。2日後、アーサーが復活した時のヨハネス様から交換日記には「『其方はイエス・キリストなのか』と問い詰めたくなった」と書かれていた。
私の顔を見たヨハネス様はイタズラっぽく片眉を上げた。それから表情を正した。
「エリザベス。来年の4月にジュリア王女のデビュタントの予定がある」
「ジュリア王女?」
「ああ、陛下の第13王女であらせられる。またゴーディラックによるティレアヌスの占領を進めたヴェルグラス将の令孫でもある」
「あ」と私は顔を上げた。「今はマズいのでは……?」
「そうだ。マキシオ・ガゼルらが処された今、ティレアヌスでは暴動の気配があると聞いた」
冷や汗が流れた。
「故に、ヴァロワールの大使らはクリスマスの挨拶は、新年の挨拶はどうすればいいのか、と混乱しているようだ。その結果がこの惨状だ」とヨハネス様は片眉を上げた。
私はこの部屋をもう一度見た。本当に書類の山、山、山。今はそんなに殺伐とした空気は流れていないけど。
「私はそろそろジョエルの様子を見に行きますね」と私は椅子から立ち上がった。
「ああ。屋根裏部屋は凍えるほど寒いであろうから、其方の部屋かサロンにいなさい」
「はい」と私は微笑み、部屋を出た。
背後でパタンとドアを閉めた後ハァと息を吐いた。それからジョエルを迎えに行った。ジョエルは私の部屋に入ると「あったかーい」と喜んだ。もう12月だもんねぇ。外では雪がちらちらと降っている、暖炉では火がメラメラと燃えている。ジョエルはテーブルにつき、教科書の音読を始めた。私は青い日記帳を開き、ペンを取った。
今日は何を書きましょうか……。
ヨハネス様。いつも私にニュースを伝えてくださる時、私の心を守ることに、気を配っていただきありがとう存じます。しかしヨハネス様。私はあなたが思うほど心は脆くありません。
以前から申し上げようと思っていましたが……何も言われずに距離を置かれる方が辛いです。あなたはご存知か覚えておりませんが、私は家庭にとって不要な存在として各国を転々としていましたから。
あなたに心お配りいただけるほど、想っていただけることに心から感謝しております。
一応、約束を取り付けてから来たんだけど……。私は背後にあるドアに意識を向けた。お忙しいみたいなら帰りたいけど……。でも大事な確認がある、ロイス様に。私は息を吸った。決してこの殺伐とした空気を吸わぬよう注意しながら。
「ロイス様。ジョエルの家庭教師の件はどうなっていますか?」
書類の山の奥から唸り声が聞こえた。
「奥さま。せっかくおいでくださいましたのに、すぐに応対することが出来ず申し訳ありません」とロイス様が立ち上がった。「そちらにお掛けください」とお茶会用のテーブルを指した。
とりあえず、椅子に座った。ロイス様はデスクの前に立った。
「まずジョエルの家庭教師が見つからず、奥さまがジョエルの教育を請け負ってくださっていることに感謝いたします」とロイス様は頭を下げた。
「いいえ」と私は曖昧に笑った。だって元はと言えばロイス様、巻き込まれた側だし。私は巻き込んだ側だから当然のことをやっているだけ。
「ジョエルの家庭教師についてですが、未だ見つかっていないのが現状です」
きゅっと眉間に皺が寄った。今はまだ大丈夫だけど、私にも学力にやや不安があるから。留学ビザで各国を回っていたけど、学校には禄に通えていなかったし。
ロイス様は「まずジョエルの年齢だけを見れば読み書きが精一杯な彼に就きたがる者がおりません。いたとしても、もとは平民でありティレアヌス出身のジョエルに就きたがる者など見つからず」と顔を引き攣らせた。
「そう。お忙しい中、ありがとうございます」
平民、ティレアヌス出身……。ゴーディラックとティレアヌスの現状については未だよく分かっていないこともある。ジョエルと勉強する中、知ったこともあるけど。ゴーディラックで用いられる教科書から見たティレアヌスは、卑怯な女が国を半分奪った末に出来た国。ちっぽけで虚勢ばかり張る国。「我ら」とは決して通じ合えぬ法を持った国。未だティレアヌス王国であった頃の幻影に囚われる愚かな国。ジョエルが悔し涙を流すレベルでぼろっくそに言われていた。
ロイス様がチラッとヨハネス様に視線を向けた。
「奥さまは護衛を増やされる予定はないのでしょうか?」
「え?」
「奥さまの護衛騎士は戸の外で待っているアンネリース1人。やや心許ないのでは?」
「そう申されましても……」と私はチラリとヨハネス様を見た。
ロイス様は「奥さまはティレアヌスからお戻りになり、現在はこうしてゴーディラックにいらっしゃいます。また以前とは違い、閣下の唯一の夫人として舞踏会に出られることも。お茶会やサロンへの招待も増えている」と鋭く私を見た。
お茶会やサロンへの招待があったのは今知ったよ。ヨハネス様は重いため息を吐き立ち上がり、私の隣に座った。
「エリザベスの護衛騎士については既に検討を重ねている。しかし適任の者が見つからない、ただそれだけの話だ」
「護衛騎士ってそんなに人手不足なんですか?」と私は首を傾げた。
「いや、今のように不安定な時勢であると護衛騎士を志望する青年は多い。文官よりは陰謀に巻き込まれることが少ないからな」
普通逆じゃないの? ロイス様が微かに顔を曇らせた。よく見ればアーサー様まで手が止まって……。
あ、護衛騎士が亡くなれば亡くなった人だけの話だけど、文官が処されれば家族に影響がある可能性があるから? 安定した時代であればどっちの方が人気あるんだろう?
ううん、そのことについては後で考えよう。
「では、なぜ?」
「条件と当てはまらぬ者が多い、ただそれだけだ」とヨハネス様は話を切り上げようとした。
私は下唇を突き出し「どのような条件ですの」と追求した。ドキドキする。
「其方の護衛騎士はアンネリースであろう。今後のことを考えると若い男性護衛騎士を探しているが、女であるアンネリースを軽んじない者がなかなか見つからぬのだ」
「それは、困りますね。若い男性の方が良いのは老いるまでが長いからですか?」
「ああ。それに以前の雇い主から何かを命じられている可能性も低い」
ふむ。困るね。もし命じられた内容が通訳官の暗殺であった場合、夫人の護衛騎士として就けば簡単に通訳官に近づける。私はまっすぐヨハネス様を見た。その瞬間、力強いノック音が響いた。
「マカレナです」
「入りなさい」とヨハネス様は頷いた。
次の瞬間、マカレナが数枚の書類を持って入ってきた。また書類が増えたよ。
マカレナは「お兄様、目を通してください」とアーサー様に書類を見せた。
アーサー様はげんなりとした顔をしつつ書類を受け取った。私はとっさに顔をパッとアーサー様からそむけた。
だって、この間の交換日記の内容を思い出しちゃったから。アーサーが何年も交際していた女性と失恋したらしく、執務室にどんよりとした空気が漂っていたらしい。2日後、アーサーが復活した時のヨハネス様から交換日記には「『其方はイエス・キリストなのか』と問い詰めたくなった」と書かれていた。
私の顔を見たヨハネス様はイタズラっぽく片眉を上げた。それから表情を正した。
「エリザベス。来年の4月にジュリア王女のデビュタントの予定がある」
「ジュリア王女?」
「ああ、陛下の第13王女であらせられる。またゴーディラックによるティレアヌスの占領を進めたヴェルグラス将の令孫でもある」
「あ」と私は顔を上げた。「今はマズいのでは……?」
「そうだ。マキシオ・ガゼルらが処された今、ティレアヌスでは暴動の気配があると聞いた」
冷や汗が流れた。
「故に、ヴァロワールの大使らはクリスマスの挨拶は、新年の挨拶はどうすればいいのか、と混乱しているようだ。その結果がこの惨状だ」とヨハネス様は片眉を上げた。
私はこの部屋をもう一度見た。本当に書類の山、山、山。今はそんなに殺伐とした空気は流れていないけど。
「私はそろそろジョエルの様子を見に行きますね」と私は椅子から立ち上がった。
「ああ。屋根裏部屋は凍えるほど寒いであろうから、其方の部屋かサロンにいなさい」
「はい」と私は微笑み、部屋を出た。
背後でパタンとドアを閉めた後ハァと息を吐いた。それからジョエルを迎えに行った。ジョエルは私の部屋に入ると「あったかーい」と喜んだ。もう12月だもんねぇ。外では雪がちらちらと降っている、暖炉では火がメラメラと燃えている。ジョエルはテーブルにつき、教科書の音読を始めた。私は青い日記帳を開き、ペンを取った。
今日は何を書きましょうか……。
ヨハネス様。いつも私にニュースを伝えてくださる時、私の心を守ることに、気を配っていただきありがとう存じます。しかしヨハネス様。私はあなたが思うほど心は脆くありません。
以前から申し上げようと思っていましたが……何も言われずに距離を置かれる方が辛いです。あなたはご存知か覚えておりませんが、私は家庭にとって不要な存在として各国を転々としていましたから。
あなたに心お配りいただけるほど、想っていただけることに心から感謝しております。
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