はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で

アイザッカ

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恋の終わり

翻された言葉、勘付かれた祖国

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 私はうーんと紙に打ち消し線を引いた。
 来週でクリスマス。なのに贈り物が浮かばない。いや、正確には思いつくんだけど……。私にお金を稼ぐ方法があれば悩まずに済むんだろうけど……。私はカーテンをめくりしんしんと降り積もる雪を見た。いっそ雪かきでもする? 皿洗い、洗濯畳み……。伯爵夫人がやっていいことじゃないなぁ。ヨハネス様の妻として何度か舞踏会に出た、ただそれだけが伯爵夫人の仕事。いいや、そんな訳がない。ヨハネス様は忙しいらしく今夜、執務室に泊まり込みらしい。
 ネグリジェの上からガウンを羽織り、部屋を出た。気分転換をしたい。バルコニーに出ると先客と目が合った。目の隈がすごい先客だ。

「アーサー様?」
「奥さま。一体このような時間にいかがなさいましたか?」
 私は曖昧に笑い「眠れなかっただけよ」と肩を竦めた。「アーサー様はお仕事?」
「はい。尤もフランス語のできない私に出来ることは書類を見て、問い合わせ文か、招待状かを選り分けることくらいなのですが……」
「そう……」

 じゃあヨハネス様は大変だろうなぁ。フランス語が出来る人はこの国では……。私は顔を上げた。思いついた、小遣い稼ぎの方法。

「アーサー様。私、フランス語できます。私に何か出来ることはありますか?」
「え?」とアーサー様は目を見開いた。「あなたがフランス語もできることは存じ上げておりました。しかし、あなたは口の硬さに自信はおありですか?」
「ええ」と私は力強く頷いた。「その証拠にヨハネス様は私の出自、表面的なことすらまともに知らないと思うの」

 風がびゅうと吹いた。寒い。アーサー様は星を見てから、私を真っ直ぐ見た。強い意思を感じさせる目だ。
 
「それは閣下に教えてあげてください。どこか政略の絡むご婚姻ですが、閣下とあなたは縁あって夫婦となられたのですから」
「そのうち言うつもり。今じゃないけど、いつか言うわ」

 いつか……。何年先になるか分からないけど。私はにこりと笑った。

「そんなことより、仕事を融通してほしいの」
「ううん……。閣下でなく僕に言う、ということは閣下に知られたくない理由からでしょう?」
「ええ。率直に言うわ。クリスマスが近いもの」
「ああ」とアーサー様はぽんと手を叩いた。「クリスマスの贈り物ですか!」
「ええ。だから、ね」
 アーサー様は突然「だ、そうです。閣下」と振り返った。

 うげっ。私はぎっくりと振り返った。ヨハネス様がいつの間にかバルコニーへの出口に立っていた。

 私は「いつからいらっしゃいましたの?」と首を傾げた。
「其方にまだ言っていない出自がある、という話からだ」

 私は一瞬顔を引き攣らせた。ヨハネス様は私の前に立ち、抱きしめた。

「贈り物はいいから、体調を崩さぬように気をつけて新年の挨拶に出られるようにしなさい。来年の挨拶は国王陛下だけでなく、ヴァロワール大使への挨拶にも付き添ってもらうから」
「それでいいのですか?」
「ああ」

 いつの間にかアーサー様はいなくなっていた。ヨハネス様はそっと私の顎を持ち上げ、口づけをした。雪がしんしんと降りしきる、クリスマス前のある夜のことだった。気がつけば、私は無意識のうちに彼の胸元の服を握りしめていた。
 その日から、私は体調を整えることに注力した。幸いなことにあの夜が原因で風邪を引くことはなかった。結局クリスマスにはデートした。年が明け2024年を迎えた。1月中旬に陛下への挨拶を終えた。
 
 翌週、私は王宮の大広間にいた。私は「通訳官の妻」という立場だから大使様への挨拶に同伴した後は、言われた位置でじっとしていればいい。私の後ろには通訳官見習いとなったマカレナがキラキラとした目で立っている。ヴァロワール共和国の大使――訳された時には略されていたけど、ラシッド・ドロンと名乗っていた――は息子さんを連れてきていた。中年男性にしてはやや高めの声。息子さんと同じく黒色の髪。大使は色白だが、息子さんは小麦色の肌。息子さんは私とヨハネス様の間くらいの年かな?
 通訳官であるヨハネス様を介したヴァロワール国大使と、玉座に座る国王陛下の挨拶が終わった。息子さんは解き放たれたように息を吐き、さっさと父親のもとから離れた。ドロン大使の挨拶、ゴーディラック語に訳されたところどころ単語や表現が変わってたね。如何にも普通の大使の挨拶から、なんか無駄に恭しく仰々しくなってた。国王陛下がご機嫌ならいっか。何となく同情の眼差しを大使に送った。大使は国王陛下の文官に何かを話している、ヨハネス様を介して。何で通訳が1人しかいないんだろう? 大使にとって異邦人である国王陛下とは言葉が通じない。そこで通訳が必要だったからヨハネス様を大使館で育てたんだろうけど……、なぜゴーディラック貴族の子弟であるヨハネス様を? 普通は自分の国の人じゃないの?
 私はこてりと首を傾げた。トンと背中にマカレナがぶつかった。振り返るとマカレナが「申し訳ありません」と一歩下がった。興奮して身を乗り出していたのか。確かにここにはヴァロワール人が数人いるけど、ほとんどは立ち尽くしているかヴァロワール人同士でボソボソと会話をしている。
 
「失礼いたします。ヨハネス・ド・ハイド様の奥方様ですか?」と目の前に大使の息子が立った。「私はヴァロワール国大使の息子モハメド・ドロンと申します」

 私は口を開きかけた。けどマカレナがモハメド様の言葉をゴーディラック語に訳したのを聞いて我に返った。危ない、危ない。私がフランス語を解するのは極秘だった。

 私は「お初にお目にかかります。私はハイド伯爵の妻、エリザベスと申します」と微笑んだ。「あなた様も大使になりますの?」

 モハメド様が静かに目を細めた。マカレナが私の言葉を訳した。

 モハメド様は「はい」と頷いた。「私が大学を卒業するまでは父に同行しようと考えております」

 マカレナが一瞬戸惑ってから訳した。
 
「ではとてもお若いのね。20歳前後かしら。何の勉強をなさっているの?」と私は口元に手を当てた。マカレナがフランス語に訳した。
「僕は……政治学を専攻しています。今年の春で20歳になります。」とモハメド様は私とマカレナを交互に見つめた。マカレナがゴーディラック語に訳した。
「あら、同い年なのね。ご存知? 今通訳してくれているマカレナも今年で19歳になりますの」
「そうですか」とモハメド様が目をすぅと細めた。それから英語で「あなたは英語、フランス語を解しますか?」と小声で尋ねた。

 私はひゅぅと息を呑み、パチパチと瞬きした。

 モハメド様は「もしかすると私の言葉は今誰にも通じていないかもしれない。けれどエリザベス様、あなたがエリザベスと名乗った時、アメリカ英語訛りが見られました。また私が『大学』と言った時、そちらのマカレナ様は意味を解しておらずフランス語そのままの単語を外来語のように訳した文章に入れていました。しかし、あなたは『大学』の意味を解していらっしゃるような返事をなさった」と英語で続けた。

 終わった。ゴーディラックに来てからの数年の努力が全部崩れ落ちる音がした。この国ではヨハネス様やマカレナを除いてフランス語などの外国語が出来るの人はいない。なのに私がフランス語と英語を解することがバレた。この場には国王陛下もいらっしゃる。やらかした。顔から血の気が引いた。幸いなことに小声だから他の人には聞こえていないと思うけど。カッカッと靴音が響いた。

「私の妻が何か粗相を?」とヨハネス様がモハメド様の後ろに立った。
 モハメド様は「いえ。こちらの話です」とヨハネス様を穿つような目で見た。
 ヨハネス様は「そうですか。お話が弾んでいるところ申し訳ありませんが、妻の顔色が悪いので失礼させていただきます」と私の腕を引いた。

 私はヨハネス様に引かれていった。私に付いて来ようとしたマカレナに、モハメド様が「今日はあなたにお会いできて幸いでした」と囁いたのが聞こえた。
 ヨハネス様は私を馬車の中に入れた後、どこかへ行った。20分ほどして戻ってきて、馬車に乗った。馬車が動いた。

「何を言われた?」とヨハネス様は私の額に手を当てた。

 私は首を傾げた。怒られるかもしれないけど言ったほうがいいと考えた。ヨハネス様の耳元に口を寄せた。

 私はフランス語で「モハメド様に私が外国人だと勘付かれてしまったかもしれません」と囁いた。「名乗時に私の母国語の訛りが入ったみたいで……、それからゴーディラック語には存在しない単語の意味を解してしまったことも……」
「あの御子息に、か……」とヨハネス様は目をギラと光らせた。
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