はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で

神永 遙麦

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恋の終わり

夕日と約束

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 搭乗ゲートの前に立った時、明美は振り返った。小さなヴァロワール国際空港。
 法に定められた観光客としての滞在期間を4年以上オーバーしてしまった。本当はずっとゴーディラック王国にいたけど、パスポートのスタンプ欄上、ヴァロワールに長期不法滞在していたことになっていたらしい。
 ヴァロワールの向こう側にある地図から姿を隠し続ける霧の国。ヴァロワールに入国することがもう出来ないため、ゴーディラックへ行くことなど不可能だ。ジョエルと、マルティネス夫人には申し訳ないなぁ……。ジョエルの教育はアーサー様が引き継いでくださることになったから、少しだけ安心できるけど……。
 私は胸元のペンダントを握った。18歳の誕生日にヨハネス様から贈られたペンダントだ。スーツケースの中には先々週ゴーディラックを離れる直前にヨハネス様から「いざという時には換金しなさい」と贈られたものだったダイヤモンドの指輪もある。
 警備員に急かされ、私は顔を上げ、ヒースロー空港行きの飛行機に乗り込んだ。ヨハネス様、絶対に約束を守ってくださいね。ヴァロワール大使がご厚意で電話を貸してくれた。ありがたいなぁと思いながら、国際電話でおばあちゃんに連絡したから行き先はある。

 
 *

 1時間半のフライトを終えインバネス空港に到着した。荷物を受け取り到着ロビーに出ると、お出迎えの紙を持った人がたくさんいた。おばあちゃんどこだろう?

「ベス!」と女の人の声がした。
 パッと見てから「おばあちゃん!」と私は笑顔で駆け寄りハグした。
 
 おばあちゃんは忙しなく私の顔と体を見てから笑った。

「大きくなったのね。今妊娠してからどのくらいなの?」
 私は「分かんない」と首を傾げた。「たぶん4、5ヶ月くらいじゃない? 11月に生まれるらしいから」
 おばあちゃんは目を瞑り「今からご飯に行こうと思っていたけど、先に家へ帰りましょう。病院へ行くための準備をしないと」と睨みながら笑った。器用。

 おばあちゃんの車に乗った。おばあちゃんが運転している間、送ってくれたリンクから病院について調べていた。

 おばあちゃんが「ゴーディラックはどうだった?」と前を向いたまま呟いた。
 私は一瞬首を傾げ「旧市街みたいなだったよ。まだ宗教戦争やってた」とスマホを見たまま答えた。

 カナダの友達からのメールを4年以上未読スルーしていたことに気づいちゃった。私はパパパと返信しておいた。それから……日本の妹、美咲からのメールも来ていた。美咲はなぜか、私がもうイギリスにいることを知っていた。

「ねえ、おばあちゃん。日本の妹からメール来てたんだけど、私のメルアド教えたのはおばあちゃん?」
「うん、教えたよ。去年の冬頃、急に連絡が来たのよ。アケミの安否を教えて、って。それからミサキさんとやり取りをしていたのよ」
「ふーん……。ありがとう」

 美咲……。お母さんと財前さんの間に生まれた娘。2011年生まれだから、もう13歳くらいか。美咲とも、美咲の兄弟とも顔見知り程度の関係だったけど。おばあちゃん家に着いた。車が駐車場に停まった。私は顔を上げた。

「ねえ、おばあちゃん。一度美咲やお母さんと話してみたいから、出産前に日本へ行ってもいい?」
「え!?」
「今ググってみたんだけど、妊婦でも長距離フライトは問題ないらしいよ。あと生まれたらそれどころじゃないだろうし……」

 おばあちゃんはスタスタと家に入った。私も後を追いかけた。おばあちゃんはくるりと振り返った。

「日本へ行くのはいいけど。その子を、生むつもりなの?」

 私は目を見開いた。堕ろすことなんて考えたこともなかったけど……。私は居間から見える夕日を見つめ考えた。ううん、ありえない。

「生むよ。シングルマザーだから苦労するかもしれないけれど」
 おばあちゃんは「そう」とお茶の準備を始めた。

 ごめん、おばあちゃん。私はそっとお腹を撫でた。お腹の子はどんどこ祭りの最中だ。

 おばあちゃんは「どちらで育てるのか分からないけど、困ったことがあったらいくらでも頼ってね。日本で育てるとしても、ベビーシッター代くらいなら送ってあげられるから」とティーカップをテーブルに置いた。
「いや、それはさすがに……」
「今までたった1人の孫に何もしてあげられなかったんだから、ひ孫のために何かをさせてちょうだいよ」

 私は曖昧に笑った。そう言えばおばあちゃん、母親も、1人息子も若くして亡くなってたなぁ。ま、その一人息子ってのは私のパパだった人だけど。私はにこりと笑った。

「じゃあ、その時はよろしくね。おばあちゃん」
「生むとしたら日本がいいかしら? お産における死亡率が低いんでしょ?」とおばあちゃんは渋い顔で首を傾げた。
「そうなの?」と私は目を見開いた。

 おばあちゃんはまた何かを言いかけたが、口を閉じて、ティーカップに手を伸ばした。
 
「無事に、生まれてくれるといいわね」と祈るおばあちゃんの手は小さく震えていた。「あなたはまだ19歳なのに……」
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