覇王樹

神永 遙麦

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これはハズレくじを引いてしまった僕らの物語

不審者登場

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 しんと冷える道場に敢太と愛恵人が木刀をぶつけ合う音が響く。僕は邪魔にならないよう隅で膝と股関節を伸ばしていた。戸の向こうから足音が聞こえた。僕はアレと首を傾げた。

「うぉ!」と愛恵人が僕の方に飛んできた。
 
 愛恵人を突き飛ばした敢太は木刀を握ったまま構えの体勢を取った。愛恵人ですら表情が強張っている。戸が開いた。20代前半くらいだが青みがかった灰色の髪の男性が入ってきた。僕らと同じような前開きの服を着ている。

「はじめまして」とごく薄い水色の目で僕らを見た。「私は氷雨《ひさめ》 結伴《すくとも》」

 僕らの胸の内を探るような氷雨さんの視線が動く。敢太はハッと、こめかみを拳で突き始める。ブツブツと思い出そうとしている。愛恵人と目が合った。愛恵人も分からないようだ。氷雨さんが諦めたような息を吐くと、敢太は「あ!」と指を向けた。

「あの不老不死の戦士だろ⁈」
「ハァッ⁈」と素っ頓狂な声が僕の口から漏れた。
「え! あの永遠の一軍隊士の?」と愛恵人は氷雨さんに駆け寄った。「僕、雷電 愛恵人です! はじめして!」

 急に距離を詰められた氷雨さんは一歩退いてから愛恵人の頭からつま先まで見た。思い出すように眉間に皺を寄せた。

「豪人の息子?」
「それは伯父です! その弟の畝人の長男なんです、僕」と愛恵人はカラカラ笑った。
「なんで一軍隊士の子でない子が……」と氷雨さんは片眉を上げた。「あぁ、そう言えば豪人が亡くなってすぐに芙雪さんが再婚していたな……」

 頭を抱える僕をよそに、氷雨さんは納得したように頷き僕を見た。僕の髪の色と目の色を往復するように見てくる。意味が分からない上に気まずくて敢太を見た。敢太は木刀を仕舞っている。よし。

「敢太、僕も片付け--」
「君は土出家の子なのか?」とようやく氷雨さんが口を開いた。

 うぅ、逃亡失敗。僕は氷雨さんに向き直り背筋を伸ばした。

「はい。僕の父は土出 鶴ニです。そして僕は大一です」

 氷雨さんは何か言いたそうに口を開きかけてから閉じた。どこか誇らしそうな目元だった。そして顎をクイと動かし敢太を呼び戻した。バタバタと戻ってきた敢太は僕と敢太の間に立った。氷雨さんは穏やかそうだが、僕らを内に入れないような眼差しを向けた。

「真道と佳月が戻るまで、君たちの修行を見ておくことを承った。質問は?」
「はい」と愛恵人は手を挙げた。「なんで氷雨さんは不老不死なんですか?」

 愛恵人の真っ直ぐすぎる質問に氷雨さんはクッと笑った。

「沱繋切だよ。君らは知っているかな? 異なる沱繋切を持つ2人の間に子が生まれると稀に2つの属性が混ざることがあるんだ。僕の父が持っていた氷のような霜雪冷影と母が持っていた時を止める松柏之寿。2つが混ざった結果、僕はある時から年も取らなくなったんだ」

 よく分からないけど氷雨さんの時は氷に閉じ込められたようにピタっと止まったってこと? 正直、まだ沱繋切についてよく分かってないから。
 氷雨さんは目を細めた。彼は愛恵人を柔らかく見ている。

「君のお祖父さんも子どもだったころ同じことを僕に聞いていたよ。君とお祖父さんは会ったことがないだろうに……血だね」
「そうっすかね」と愛恵人は軽く人中を擦った。

 照れてるね、愛恵人。僕は今どうすればいいのか分からない。このまま突っ立っていればいいのかな?
 敢太が一歩前に出た。

「あの、氷雨さん。戦場の様子はどうでしたか?」
「大したことはないよ、ひと月後……3月には終わるだろうね。真道もきっと佳月に経験を積ませるために連れて行ったのだろう」
「大したことなくて、ひと月?」と僕は眉を引きつらせた。
 氷雨さんは「うん。二軍の隊士たちも誰1人として命を落としていない。だから大したことはないよ」と北の方を見据えた。

 基準はそれなんだ。
 ぐぐと拳を握りしめた。
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