雨上がりの郵便当番

神永 遙麦

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雨上がりの郵便当番

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結心ゆうこって本当にパシリだよね」

 聞こえた言葉に結喜は、部屋に入るのを躊躇った。今の言葉を悪口と認識できないほど、愚鈍でも幼くもなかった。
 結心は壁に寄りかかった。今部屋に入りたくない。でも、ずっとここにいたら気配でバレるかもしれない。
 部屋の中の声は「結心って服が小学生並にダサい」「ってかチラチラってストーカーみたいでキモい」「成績いいしノート綺麗なのに、貸してくれないケチ」「多分うちらのことを友達だと思ってないんだよ」とヒートアップしていた。
 結局、パンパンに詰まったマイバッグを部屋の前に置き、再び女子寮から出ることにした。7月だけど生モノはないから多分大丈夫。

 女子寮を出て、学生寮の敷地を出た。
 今はキンキンに晴れているけど、そのうち雨が振るらしい。早く帰らないとなぁ。
 手ぶらのまま、宛てもなく結心は歩き続けた。
 ――ポケットに財布は入ってるから、喉乾いたら自販機で買おっかな――。
 なんてことを考えながら歩き続けた。坂が多い町で育ったせいか、体力だけは自信がある。

 この辺りは「学生の街」と呼ばれているせいか、コンビニやスーパー、オシャレな店が多い。楽器屋さんの競争地帯でもある。若者が多い街は何で楽器屋さんが多いんだろう?
 何か電車に乗って隣県に行きたいな~。でも今度試験なんだよな~。

 なんて、どうでもいいことを考えながら、結心の心の片隅にさっきの言葉が引っ掛かっていた。
 パシリのつもりは無かったんだけどなぁ。

 ゴロゴロ鳴り始めた。小雨が振り始めた。帰らないとマズイ。小雨が本格的な雨になりつつある。
 結心はかたつむりのようにノロノロと嫌々ながら帰って行った。

 *
 
 勉強しているフリを続けながら結心はチラチラとルームメイトを見ていた。
 花音も未来も平常運転。さっきの声、どう考えてもこの2人だったよね。普段は親切だし、一緒に話していて楽しい人なのに……。
 疑心暗鬼の念を振り払うように、もう1人のルームメイトである井上さんを見た。唯一あの会話に参加していなかった。そりゃ普段から人と会話せず黙々と本読んでる子だけど。

 急に花音と未来がカラオケに行くことにした。もうすぐ止むらしいから大丈夫かな。誘われたけど、怖くなって断った。
 2人が出ていったあと、急に心配になった。また何か言われるんだろうな。

「あのさ」

 心臓が飛び上がりそうになった。突然井上さんの声が聞こえた。
「な、なんですか?」
 めっちゃドキドキする。入寮以来挨拶しかしてなかった先輩だもん。

「パシリみたいなこと、もう止めたら?さっきの竹苗未来廣江花音の会話聞いてたんでしょう?」
「何か、聞こえてました。でも、趣味なので」
 ヤバい、声めっちゃ震えてる。いっつも部屋の隅っこにいるだけの先輩だよ!

「変わった趣味だね~。あ、お酒を飲んでもいい?」
「大丈夫です。だけど飲んでましたっけ?」
 井上さんは冷蔵庫から缶々のお酒を出して、プシューッと開けた。
「未成年の前で飲むほど無神経じゃないよ。憧れられたらマズイし、自制心がない子なら尚更」めちゃくちゃマトモな人だった。「それより、どういう趣味?」

 改めて聞かれると、陰キャなのバレそうで怖い。でもいっか。どうせ陰口言われた身だしさ。
「散歩の口実です。私、口実ないと外に出られないので」
「実家を出た口実が知りたいよ。この辺でしょ?」
「特に対した理由じゃないです」
「郵便取りに行く役を買って出ていてくれるのも関係ある?」

 ここの学生寮は男子寮と女子寮では建物が分かれている。でも別々の建物に郵便を配る方法だと郵便屋さんへの負担がデカイ。だから、学生寮の入口付近に郵便受取専用の建物がある。

「あります!だってあそこ、近くの茂みに子猫いるんですよ!すっごく可愛いのが!」
 あ、そうだ。そろそろ郵便屋さんが来る時間だ。

 私は女子寮を飛び出した。私は空を仰ぎ見た。
 夏の雨上がり特有の空だった。空の色が濃ゆくて、雲の陰も光も輪郭もハッキリしている。でも晴れている。
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