底なしの恐怖をロックしたい

神永 遙麦

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底なしの恐怖をロックしたい

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 ください、平安を。
 詩季しきの心に平安をください。

 ガクガク震える手でスマホをロックした。
 だって怖いよ。

 ロシアとウクライナの戦争では長距離ミサイルが使われたんだって。
 日本人がスパイ容疑で逮捕だって。
 アメリカで殺人事件が起きたって。
 日本のどっかの件で押し込み強盗(未遂)があったって。
 ねえ。
 店員の対応が気に入らなくて殴った人がいたんだって。
 イスラエルの戦争がね、どんどん激化しているんだって。
 2度ひいたんだって。
 帯状疱疹が流行っているんだって。
 あっちこっちで熊の被害があるんだって。動物愛護団体がすごいんだよ。

 ない。ないって分かってるよ。
 でもさ、怖いよ。今目の前にある平穏が……。
 ――祐一は確率の問題に頭を抱えていて、双葉はオンライン英会話の講師と笑い合っていて、ママは詩季でも進めそうな高校を探していて、パパは難しい論文を書いている――。
 もし、目の前にある光景が一瞬で破壊されたら? 南海トラフとかで。急に強盗入ってきたりとかで。怖い人に放火されたりで。急にミサイルが降ってきたら……。急に改憲されて祐一が徴兵されたら……。明日、この町が戦場になったら……。
 どれも全部、ありえそうで怖い。近い未来に起こりそうで全部怖いよ。


 考えるだけで怖い。
 考えなくても怖い。だって考えるのを止めて、考えないことに慣れたころ起きたら死ぬほど怖い。
 ニュース見るのを止めたらいいのかもしれない。でもニュースを見ないうちに凶悪犯が逃亡していたら? 改憲されていたら?


 神様、詩季の心に平安をください。
 平安の定義は「無事で穏やかなこと」穏やかの定義は「落ち着いていて静かな様」
 神様、小さい頃の何も知らなかった頃みたいな心をください。


 考えるのが怖くなって家を飛び出した。裸足のまま出ちゃった。ま、いいや。靴下履いてるし。
 空を見たけど、余計に怖くなっただけだった。同じ空の下で凄惨なことが起き続けている。宇宙規模で見ればそんなに遠くない距離。でも、でも、宇宙規模で見れば起きたこともいつか終わるよね……?
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