闇落ち勇者に溺愛され、聖女は未来の夢を見る

にわ冬莉

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なんてことしてくれたの!

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 リリスは改めて自分の手を見つめる。
「腐敗……してる?」

 まさか、と思う。
 彼がエリックであること。それを納得するだけだって相当な努力と想像力を要することだ。それなのに、自分がアンデッドになっているなど、どうして受け入れることが出来ると?

「すまない。生命蘇生の魔法が上手く発動しなかったようだ。手は尽くしたのだが……、」
「いや、手は尽くしたって……、」
 そもそも生命蘇生魔法など、この世にはない。この世、というのはつまり、人間の世界には、という意味だが。
 ここまで考え、ふと、思考が停止する。

『人間の世界には、ない』

 そうだ。
 死んだらそこで終わり。
 それが世の理だ。
 当り前だろう。死んだ人間はもう二度と生き返ったりはしないもの。死んだ人間を引き戻そうなどと言うのは、神への冒涜だ。
 当然、リリスとてその認識である。
 しかもリリスは生前、聖女として生きてきたのである。闇落ちした者、彷徨える死者たちを地に還すのが仕事だったと言っても過言ではない。
 それが……、

「私が……アンデッドに……?」
 ぞわり、と背筋が寒くなる。
 元々死体なので体温はないけれど。
 こんなこと、許せるはずもなく……。

「なんてことしてくれたんですかっ!」
 思わず大声で怒鳴ってしまう。
「勇者様ともあろうお方が、なにをしているのですっ! 魔王を倒したのであれば、それでよかったのです! あなた様は勇者ですよ? 皆に選ばれし、最高の勇者様ですよ? 魔王の心臓を喰らうことも、私を蘇らせることも、何もしなくて良かったのです! あなたは、幸せに生きられたはずなのにっ、」

「どうして!」
 リリスの言葉を遮り、エリック。
「どうして! どうして君のいない世界で『幸せ』が手に入ると? 俺には無理だ! そんなの、そんなの無理だ!」
「ですがっ」
「いいかリリス! 俺は人の心を捨てたっ。君を蘇らせるためにこの身を魔物に変え、この世界に君臨した! 今は俺が、魔物たちを統べる王だ!」
「……なん……ですって?」

 とんでもない告白を受け、ふらつく。あの時、力を合わせて魔王を倒すことを誓い、それを成し遂げたというのに、まさかその地位に勇者自らが就いてしまうなど、なんたる愚行……。

「だが安心しろ。俺は人間たちと争うつもりもないし、魔物たちを統べる身となった今、平和に暮らせる世を実現させるための帝国を築いた。誰にも迷惑をかけることなく、うまくやっているんだ」
 帝国まで築いて!?
「そんな……、」
「すべてはリリス、君と幸せに暮らしたい。ただそれだけのために……、」
 黒髪のエリックはそう言ってリリスを見つめる。
 魔王とアンデッド。ある意味、お似合いのカップルかもしれない。

 ……じゃない!!

「私はこのようなこと、望んではおりません! 人は死ぬのです! 限りある命だからこそ、尊いものなのです! 私があの日、戦いで命を落とすことになったのは運命。仕方のないことだった。それなのに、どうしてこんなっ」

 腐っている、手。
 自分ではわからないが、きっと臭いに違いない。死臭漂う自分の成れの果てを客観的に想像し、絶望を知る。試しに光の魔法を試みるが、まったくもってなんの反応もない。当然か。アンデッドだもの。

「そんなに落ち込むことはないぞ! いつか必ず俺がお前を蘇らせてやる! そのために今は魔力を磨いて、」
「馬鹿~~~!」
 リリスはそう叫ぶと、駆け出した。

「ちょ、リリス!」
 エリックが追う。

 アンデッドというものは、実際なってみて初めて気付くことが多かった。まず、腐りかけの体というのは走ることに適していない。走っている途中で皮膚はホロホロと崩れるし、走る衝撃に耐えられず足はもつれ、、骨が簡単に砕ける。つまり、大した距離を進んでいないのに転ぶ。転んだ拍子に、腕も折れ、体がおかしな風に折れ曲がった。操り人形の、糸なしバージョンがそれに近い。

「……なによ、なによこれっ」
 床の上で無様にひっくり返りながら、じたばたと手を動かす。起き上がろうと試みるも、うまく体を扱えない。
「そう焦るな、リリス」
 エリックが手をかざし、復活の呪文を唱える。黒い靄がリリスの体を包み、やがて形が戻り始めた。それでも腐っていることには違いないが。
「無理に走ったりしたら体に障る。今は大人しく俺の言うことを聞いてくれないか?」
「……勇者様、」

 複雑な気持ちでエリックを見上げる。そこにいるのは、リリスの知る勇者エリックではない。髪を黒く染め、瞳を赤く塗り潰した魔王。たかが女一人のために、魂を血に染めた愚かな人間だ。

「リリス、君は聖女だった。だから俺の愚行にも、自分の現状にもきっと絶望してるだろうね。でも、これだけはわかってほしい。俺は世界なんかどうでもよかった。君さえ……君さえ傍にいてくれればそれでよかった。君が悲しむことは極力したくない。ただ一緒にいたい。それだけなんだ」
 眉根を寄せ、辛そうに笑う。
 生前の自分が聞いたら、間違いなく涙を流していただろう。しかし……。

「ならば、共に滅びましょう!」
 リリスは高く拳を突き出し、そう、宣言したのである。
「え? は?」
 エリックが首を捻る。
「聖女を探すのです! そして勇者様と私、二人を葬り去ってもらえばいいのです!」
 嬉々としてそう叫ぶリリスに、エリックが溜息をつく。
「それは無理だ、リリス」
「どうしてですっ?」
「さっきも言ったが、俺は帝国を築いてしまった。名ばかりではない、俺は闇の国の支配者なんだよ」

 その言葉を聞き改めて辺りを見渡せば、城と思わしき広く巨大な建造物の中。周りには角や翼を生やした人型の魔物が控えている。あの戦いから一体どれだけの月日が流れているというのか。あの時、魔王の城は崩れて落ちているはずだ。

「三百年だ、リリス」
「え?」
 まるで思考を読んだかのように、エリックが言った。
「俺はね、君を取り戻すために、三百年かけてここまで上り詰めたんだ。魂の召喚から復活の魔法までを使いこなすのは容易じゃなかった。やっと……やっと君をこの手に、」
 そう言うと両手を伸ばし、リリスの背に回す。少しでも力を入れれば崩れてしまう。(物理)エリックは優しく、そっとリリスを包み込んだ。

「俺は魔王マルガリスを喰った。黒龍の心臓を。もう人間には戻れないし、こうして君を手に入れた今、戻る気もない。今までの分を取り戻す。リリス、結婚してほしい」

 それはリリスにとって、二度目のプロポーズなのだった。
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