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第8話 恋心
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「お疲れ様でーす」
志麻が休憩中のONAGAに声を掛ける。
「あ、お疲れ様です」
「どうですか? やりづらいとか、ないですか?」
ONAGAが座っているベンチの隣にちゃっかり腰を下ろし、話し始める。
「いや、そんなことはないよ。というか……」
「というか?」
「……こんなの初めてだから逆に戸惑ってる」
思わず正直に答えてしまう。
「ほほぅ。そうですか~」
志麻はそんなONAGAの話を聞いて、嬉しそうに頷く。
「ね、イチゴちゃんって事務所入ってないって本当?」
前のめりに、訊ねる。
「あー、そうですね。今はまだどこにも所属してないです」
「だったらさっ、うちの事務所どうかなっ? 俺、社長に掛け合ってみるけどっ」
「……それは、有難い話ですけど……私が決めることじゃないんで」
志麻が渋い顔で身を引いた。
「あ、そう……だよねぇ」
何故こんなに必死になっているのか、ONAGAにもわからない。ただ……
「佐伯さん、ちょっといい?」
「あ、はーい」
小暮に呼ばれ、志麻が立ち上がった。ONAGAに軽く頭を下げ、小暮の元へ向かう。小暮はさっき撮った映像をモニターに繋いで見返しているところだった。
「どうですか?」
「いや、最高だよ! ほら、これ見て! 最後にシオンがあまねを抱きしめた時のONAGA君の表情! こんな顔、やってって言ってできるもんじゃない。それにこの瞬間、あまねは後ろ姿なんだよ。でもさ、ほらここっ、驚いたみたいに一瞬肩が震えるんだ。ここにすべての感情が籠ってる。シオンが走り去った後の肩の震えで悲しみが伝わってくる。直前に見せてた、強がった笑顔との対比が最高だろっ?」
大興奮でモニターを指しながら解説する。
「後半どんな演技をしてくれるのか、ワクワクしてるよ!」
「ですね。私も楽しみです」
そう返すと、小暮がまじまじと志麻の顔を見て、言った。
「ねぇ、イチゴちゃんって事務所入ってないんだよね?」
「……ONAGAさんと同じこと聞きます?」
クスリと志麻が笑いを漏らす。
「え? ONAGA君も同じことを?」
「言いましたよ、俺も」
いつの間に来たのか、ONAGAが話に加わる。
「あ、俺も見せてもらっていいですか?」
モニターを指し、言った。
「見てよ! ほら、これすごいから!」
子供が宝物を見せるときのような顔で、小暮がONAGAに画面を見せ、志麻にしたのと同じような説明を入れる。
「正直さ」
小暮が腕を組み、神妙な面持ちを見せる。
「イチゴちゃんがここまでやってくれると思ってなかったんだよね。パッと見にも地味だったし、演技経験あるって言っても、プロじゃないわけだし。でも」
画面を見る。
「天才だよ、彼女は」
言い切った。
「俺もそう思います。こんなに感情持っていかれたことないです。……ま、俺だってそこまで演技経験あるわけじゃないんですけど。彼女の演技に、引っ張られるんです。いや、違うな。沈められるって言えばいいんですかね。とてつもなく深い沼に引きずり込まれるみたいな感覚でした」
「おお、そうか」
男二人が難しい顔で頷き合っている。
「噂をすれば、戻ってきたみたいですよ」
顔を上げ、志麻が告げる。小暮とONAGAがパッと顔を向けた。
「うわ……」
思わず目を奪われ、驚きの声を上げるONAGA。小暮に至っては、言葉もない。
さっきと同じような色のワンピースに、カーディガンを羽織っている。少し巻いた髪が風に揺れ、メイクはさりげなく、しかし、しっかりと。そのせいか、ぐっと大人っぽさを増していた。二十代半ばに見えるのは、見た目のせいだけではないだろう。歩き方がさっきと違う。パンプスを履いているせいだろうか。とても大人っぽい、それが自然に感じられる立ち振る舞い。
「お待たせしました」
心持ち低い、落ち着いた声でそう言う雨歌に、周りの誰しもが見惚れていた。
美しいのだ。
「あまねだ……」
小暮が小さく呟いた。
「始めますか?」
雨歌が訊ねると、小暮がハッと体を揺らし、スタッフに声を掛け始めた。
「流れは大丈夫ですよね?」
志麻がONAGAに訊ねる。
「ちゃんと入ってる」
小さく頷き、チラリと雨歌に視線を移す。胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「よし、じゃあまずはテストいこうか! 雨はなしだ!」
小暮の声が、辺りに響く。
◇
「ここだよな?」
真広が、公園の入り口から中を覗く。何台も車が停められているし、志麻が送り付けてきた地図を見て来たのだから、間違ってはいないはずだ。遠くに撮影隊らしき姿が確認できる。
「まったく、急に何やってんだあいつはっ」
志麻からメッセージが入った時は焦った。
『今から雨歌がCMデビューします。見たかったら来れば?』
真広は布団から飛び出し、急いで支度してきたのだ。
「なんのこっちゃわからなかったけど、これ、マジなやつじゃん」
思わず溜息を漏らす。
雨歌がいつか向こう側に行ってしまうであろうことは、わかっている。その日が近いことも、薄々気付いていた。だが、こんな不意打ちみたいに、いきなりCMに出るとは思っていなかったのだ。
「あ、いた」
志麻の姿を見つける。そして、雨歌の姿も。
「俺のミューズ、いよいよ世間にお披露目か」
本当は誰にも見せたくはない。自分だけのものにしたい衝動はいつだってある。いっそ地下室にでも閉じ込めて、誰の目にも晒されないようにしたかった。そして同時に、そんなことができるはずがないことも知っている。
「あ、真広!」
真広に気付いた志麻が駆け寄ってくる。
雨歌は志麻と従妹同士だ。幼い頃は姉妹のように育てられた。つまり、真広と志麻もまた幼馴染であり、姉弟のような関係である。そして志麻は、真広が雨歌に抱いている思いも知っていた。
「どうよ、綺麗でしょ?」
まるで自分のことのようにドヤ顔で言ってくる志麻に、真広は真顔で
「あいつはいつだって綺麗だよ」
と言ってのける。
「あー、はいはい、あんたはそういう男よね。……あ、そうだ。訳あって今は『松本イチゴ』ってことになってるからよろしく」
「は? イチゴ? なんでまた」
「まだ正体明かしたくないからよ」
そう言って片目を瞑る。
「……ちゃんと説明してくれよ、今の状況」
溜息交じりに訊ねると、こうなった経緯を志麻が話し始める。聞きながら、目では雨歌を追う。相手役が想像以上に大物であることに今更気付く。これ、世に出たら絶対話題になるやつだな、と心底どんよりしてしまう。
「なるほど、事情は理解した。けど、その流れでこれ、本当に使われるのか?」
元々は別のタレントがキャスティングされていたのだ。いくら出来のいいものを作れたとしても、契約上いきなりキャスティング変更しました、など許されるのだろうか? クライアントがゴーサインを出すかもわからないのに。
「小暮監督は絶対これで行くって言うと思う。ONAGAさんもね。あとは大人の事情だから、最終的にどうなるかは私にもわからないけど……」
志麻が肩を竦めた。
「しかし……憧れだった小暮監督と一緒になって撮影に参加できるなんて、志麻はラッキーだよな」
「そうなのよっ! 私、小暮様と肩並べてモニター見てんの! すごくないっ?」
真広の背をバンバン叩きながら、志麻が体をくねらせる。
「痛っ、おい、やめろよ暴力女っ」
じゃれ合っていると、「佐伯さーん!」と志麻を呼ぶ声がする。小暮だ。
「あ、はーい! ほら、真広も行くでしょっ?」
「おお」
二人揃って撮影スタッフのいる方へと向かう。真広を見つけた雨歌が少し驚いたように目を見開いた。
「あれ? その子は……?」
小暮が真広を見て訊ねた。
「あ、すみません。彼は私の弟で、真広です」
随分いい加減な嘘である。だが、無関係な人間を呼びつけたとわかれば面倒なことになりそうだった。いっそ身内で誤魔化してしまえ! という志麻の言い分だ。
「さっき、今日のことを電話で父に話したら、真広も見に行けばいいんじゃないか、って言われたみたいで」
虚言癖か、というくらいぽんぽんでたらめを口にする。
「そうか、うん。なかなかこういう経験は出来ないだろうからね。業界人の息子さんなら、見ておくのもいいかもしれないな」
小暮は信じたようだ。
大体、業界人は世襲が多い。親が業界人ならその子も似たような世界に入る。撮影現場にコッソリ身内が来ることも、ままある話だ。
「今話してたんだけど、ONAGA君から提案があってね」
「提案ですか?」
「最後、キスシーンを入れたらどうだろう、と」
「きっ、キスシーンだとっ?」
声を荒げて割って入ったのは勿論、真広だ。
「ちょ、黙れ真広!」
志麻が制するも、真広は引かない。
「そんなもん必要なのかっ? いらないだろ? そんな予定じゃなかったんだろ、だって!」
必死である。ラブシーンを演じられるだけでも面白くないのに、キスシーンだなどとは。そんなもの、言語道断なのだ。
「そうですね……私もそれは……あまり賛成しかねます」
志麻も絵コンテを見ながらそう口にした。
「ほら。佐伯さんは俺と同意見だ」
小暮がONAGAに告げる。
「でもっ、最後に二人がキスしたら、画的にも綺麗だし」
「それよ!」
志麻がビシッとONAGAを指す。
「当たり前のことを当たり前に撮ってどうするんですかっ? 小暮作品舐めてます? 当たり前を、少し斜めから捉えるんですよ。それでいて当たり前の上を行く説得力! だから、別れのシーンで笑って、再会で泣くんですっ。二人の関係性、二人の未来がこれからどうなっていくかは未知数。その『道』の部分に、光を当てること! それがこの映像に求められる全てです! キスシーンが綺麗? ああ、わっかりやす! そんなの誰だって撮れる! 私が撮りたいのはそんなもんじゃない! もっと視聴者に『感じる』ことや『想像してもらう』ことっ。映像のその向こう側に広がる世界を感じてもらうことのために、作品を完成させたいんで!」
「……佐伯さん、途中から俺の作品横取りしてるんだけど」
小暮が苦笑いで呟いた。
「あ、ごめんなさい! とにかくっ」
コホンと咳ばらいを一つすると、
「キスシーンは却下です! 代替案を提示します!」
バンとテーブルを叩き、目を輝かせたのである。
志麻が休憩中のONAGAに声を掛ける。
「あ、お疲れ様です」
「どうですか? やりづらいとか、ないですか?」
ONAGAが座っているベンチの隣にちゃっかり腰を下ろし、話し始める。
「いや、そんなことはないよ。というか……」
「というか?」
「……こんなの初めてだから逆に戸惑ってる」
思わず正直に答えてしまう。
「ほほぅ。そうですか~」
志麻はそんなONAGAの話を聞いて、嬉しそうに頷く。
「ね、イチゴちゃんって事務所入ってないって本当?」
前のめりに、訊ねる。
「あー、そうですね。今はまだどこにも所属してないです」
「だったらさっ、うちの事務所どうかなっ? 俺、社長に掛け合ってみるけどっ」
「……それは、有難い話ですけど……私が決めることじゃないんで」
志麻が渋い顔で身を引いた。
「あ、そう……だよねぇ」
何故こんなに必死になっているのか、ONAGAにもわからない。ただ……
「佐伯さん、ちょっといい?」
「あ、はーい」
小暮に呼ばれ、志麻が立ち上がった。ONAGAに軽く頭を下げ、小暮の元へ向かう。小暮はさっき撮った映像をモニターに繋いで見返しているところだった。
「どうですか?」
「いや、最高だよ! ほら、これ見て! 最後にシオンがあまねを抱きしめた時のONAGA君の表情! こんな顔、やってって言ってできるもんじゃない。それにこの瞬間、あまねは後ろ姿なんだよ。でもさ、ほらここっ、驚いたみたいに一瞬肩が震えるんだ。ここにすべての感情が籠ってる。シオンが走り去った後の肩の震えで悲しみが伝わってくる。直前に見せてた、強がった笑顔との対比が最高だろっ?」
大興奮でモニターを指しながら解説する。
「後半どんな演技をしてくれるのか、ワクワクしてるよ!」
「ですね。私も楽しみです」
そう返すと、小暮がまじまじと志麻の顔を見て、言った。
「ねぇ、イチゴちゃんって事務所入ってないんだよね?」
「……ONAGAさんと同じこと聞きます?」
クスリと志麻が笑いを漏らす。
「え? ONAGA君も同じことを?」
「言いましたよ、俺も」
いつの間に来たのか、ONAGAが話に加わる。
「あ、俺も見せてもらっていいですか?」
モニターを指し、言った。
「見てよ! ほら、これすごいから!」
子供が宝物を見せるときのような顔で、小暮がONAGAに画面を見せ、志麻にしたのと同じような説明を入れる。
「正直さ」
小暮が腕を組み、神妙な面持ちを見せる。
「イチゴちゃんがここまでやってくれると思ってなかったんだよね。パッと見にも地味だったし、演技経験あるって言っても、プロじゃないわけだし。でも」
画面を見る。
「天才だよ、彼女は」
言い切った。
「俺もそう思います。こんなに感情持っていかれたことないです。……ま、俺だってそこまで演技経験あるわけじゃないんですけど。彼女の演技に、引っ張られるんです。いや、違うな。沈められるって言えばいいんですかね。とてつもなく深い沼に引きずり込まれるみたいな感覚でした」
「おお、そうか」
男二人が難しい顔で頷き合っている。
「噂をすれば、戻ってきたみたいですよ」
顔を上げ、志麻が告げる。小暮とONAGAがパッと顔を向けた。
「うわ……」
思わず目を奪われ、驚きの声を上げるONAGA。小暮に至っては、言葉もない。
さっきと同じような色のワンピースに、カーディガンを羽織っている。少し巻いた髪が風に揺れ、メイクはさりげなく、しかし、しっかりと。そのせいか、ぐっと大人っぽさを増していた。二十代半ばに見えるのは、見た目のせいだけではないだろう。歩き方がさっきと違う。パンプスを履いているせいだろうか。とても大人っぽい、それが自然に感じられる立ち振る舞い。
「お待たせしました」
心持ち低い、落ち着いた声でそう言う雨歌に、周りの誰しもが見惚れていた。
美しいのだ。
「あまねだ……」
小暮が小さく呟いた。
「始めますか?」
雨歌が訊ねると、小暮がハッと体を揺らし、スタッフに声を掛け始めた。
「流れは大丈夫ですよね?」
志麻がONAGAに訊ねる。
「ちゃんと入ってる」
小さく頷き、チラリと雨歌に視線を移す。胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「よし、じゃあまずはテストいこうか! 雨はなしだ!」
小暮の声が、辺りに響く。
◇
「ここだよな?」
真広が、公園の入り口から中を覗く。何台も車が停められているし、志麻が送り付けてきた地図を見て来たのだから、間違ってはいないはずだ。遠くに撮影隊らしき姿が確認できる。
「まったく、急に何やってんだあいつはっ」
志麻からメッセージが入った時は焦った。
『今から雨歌がCMデビューします。見たかったら来れば?』
真広は布団から飛び出し、急いで支度してきたのだ。
「なんのこっちゃわからなかったけど、これ、マジなやつじゃん」
思わず溜息を漏らす。
雨歌がいつか向こう側に行ってしまうであろうことは、わかっている。その日が近いことも、薄々気付いていた。だが、こんな不意打ちみたいに、いきなりCMに出るとは思っていなかったのだ。
「あ、いた」
志麻の姿を見つける。そして、雨歌の姿も。
「俺のミューズ、いよいよ世間にお披露目か」
本当は誰にも見せたくはない。自分だけのものにしたい衝動はいつだってある。いっそ地下室にでも閉じ込めて、誰の目にも晒されないようにしたかった。そして同時に、そんなことができるはずがないことも知っている。
「あ、真広!」
真広に気付いた志麻が駆け寄ってくる。
雨歌は志麻と従妹同士だ。幼い頃は姉妹のように育てられた。つまり、真広と志麻もまた幼馴染であり、姉弟のような関係である。そして志麻は、真広が雨歌に抱いている思いも知っていた。
「どうよ、綺麗でしょ?」
まるで自分のことのようにドヤ顔で言ってくる志麻に、真広は真顔で
「あいつはいつだって綺麗だよ」
と言ってのける。
「あー、はいはい、あんたはそういう男よね。……あ、そうだ。訳あって今は『松本イチゴ』ってことになってるからよろしく」
「は? イチゴ? なんでまた」
「まだ正体明かしたくないからよ」
そう言って片目を瞑る。
「……ちゃんと説明してくれよ、今の状況」
溜息交じりに訊ねると、こうなった経緯を志麻が話し始める。聞きながら、目では雨歌を追う。相手役が想像以上に大物であることに今更気付く。これ、世に出たら絶対話題になるやつだな、と心底どんよりしてしまう。
「なるほど、事情は理解した。けど、その流れでこれ、本当に使われるのか?」
元々は別のタレントがキャスティングされていたのだ。いくら出来のいいものを作れたとしても、契約上いきなりキャスティング変更しました、など許されるのだろうか? クライアントがゴーサインを出すかもわからないのに。
「小暮監督は絶対これで行くって言うと思う。ONAGAさんもね。あとは大人の事情だから、最終的にどうなるかは私にもわからないけど……」
志麻が肩を竦めた。
「しかし……憧れだった小暮監督と一緒になって撮影に参加できるなんて、志麻はラッキーだよな」
「そうなのよっ! 私、小暮様と肩並べてモニター見てんの! すごくないっ?」
真広の背をバンバン叩きながら、志麻が体をくねらせる。
「痛っ、おい、やめろよ暴力女っ」
じゃれ合っていると、「佐伯さーん!」と志麻を呼ぶ声がする。小暮だ。
「あ、はーい! ほら、真広も行くでしょっ?」
「おお」
二人揃って撮影スタッフのいる方へと向かう。真広を見つけた雨歌が少し驚いたように目を見開いた。
「あれ? その子は……?」
小暮が真広を見て訊ねた。
「あ、すみません。彼は私の弟で、真広です」
随分いい加減な嘘である。だが、無関係な人間を呼びつけたとわかれば面倒なことになりそうだった。いっそ身内で誤魔化してしまえ! という志麻の言い分だ。
「さっき、今日のことを電話で父に話したら、真広も見に行けばいいんじゃないか、って言われたみたいで」
虚言癖か、というくらいぽんぽんでたらめを口にする。
「そうか、うん。なかなかこういう経験は出来ないだろうからね。業界人の息子さんなら、見ておくのもいいかもしれないな」
小暮は信じたようだ。
大体、業界人は世襲が多い。親が業界人ならその子も似たような世界に入る。撮影現場にコッソリ身内が来ることも、ままある話だ。
「今話してたんだけど、ONAGA君から提案があってね」
「提案ですか?」
「最後、キスシーンを入れたらどうだろう、と」
「きっ、キスシーンだとっ?」
声を荒げて割って入ったのは勿論、真広だ。
「ちょ、黙れ真広!」
志麻が制するも、真広は引かない。
「そんなもん必要なのかっ? いらないだろ? そんな予定じゃなかったんだろ、だって!」
必死である。ラブシーンを演じられるだけでも面白くないのに、キスシーンだなどとは。そんなもの、言語道断なのだ。
「そうですね……私もそれは……あまり賛成しかねます」
志麻も絵コンテを見ながらそう口にした。
「ほら。佐伯さんは俺と同意見だ」
小暮がONAGAに告げる。
「でもっ、最後に二人がキスしたら、画的にも綺麗だし」
「それよ!」
志麻がビシッとONAGAを指す。
「当たり前のことを当たり前に撮ってどうするんですかっ? 小暮作品舐めてます? 当たり前を、少し斜めから捉えるんですよ。それでいて当たり前の上を行く説得力! だから、別れのシーンで笑って、再会で泣くんですっ。二人の関係性、二人の未来がこれからどうなっていくかは未知数。その『道』の部分に、光を当てること! それがこの映像に求められる全てです! キスシーンが綺麗? ああ、わっかりやす! そんなの誰だって撮れる! 私が撮りたいのはそんなもんじゃない! もっと視聴者に『感じる』ことや『想像してもらう』ことっ。映像のその向こう側に広がる世界を感じてもらうことのために、作品を完成させたいんで!」
「……佐伯さん、途中から俺の作品横取りしてるんだけど」
小暮が苦笑いで呟いた。
「あ、ごめんなさい! とにかくっ」
コホンと咳ばらいを一つすると、
「キスシーンは却下です! 代替案を提示します!」
バンとテーブルを叩き、目を輝かせたのである。
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