【完結】9colors actor ~9つの色を身に纏い、少女は嘘を味方につける~

にわ冬莉

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第9話 夢の終わり

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 小暮と志麻が肩を並べている。まるで初めから、監督と助監督であったかのようだ。本来の助監督は、志麻の物怖じしない態度とその提案力、提案内容の的確さや発想力に押され、早々に一歩引いてしまっていた。なにしろ小暮との相性が抜群なのだ。

「テスト終了。次、本番いくぞ~」
 メガホンを取り、小暮が叫ぶ。ONAGAと雨歌はメイク直しに入り、いよいよ本番。時間的にも余裕はなく、雨も降らせるため、可能な限り一発で終わらせたいと願っていた。

「あいつ、くっつき過ぎだろうがっ」
 イライラしながら真広が呟く。撮影現場に入るのは初めてだ。好奇心が掻き立てられる場面であることは間違いないのだが、目の前で芸能人を見る興奮より、雨歌が自分以外の男と抱き合う嫌悪感の方が何倍も強い。
「くそっ」
 誰にも聞こえないよう、小声で毒を吐く。

 雨歌はこれから先、こんな風に別世界で演技をするようになるのだろう。今日は免れたが、近い将来、誰かとキスシーンを演じることもあるはずだ。それを思うと、居ても立っても居られない気持ちになる。
「これは呑気に構えてる場合じゃなさそうだ」
 決意を新たにする。なんとしてでも雨歌の心を手に入れたいし、誰にも渡す気はない。改めて脳裏に刻み付ける。

「なんで真広がここにいるの?」
 メイク直しを終えた雨歌が、後ろから声を掛けてきた。真広は振り返り、
「俺のミューズがデビューする瞬間を見に来た」
 と告げる。
 雨歌は眉を寄せ、
「志麻先輩に呼ばれてホイホイ来たのね。真広、今日は練習じゃなかった?」
「夕方からだから問題ない」
「そう。ならいいけど」

 真広は空手をやっている。大会が近く、雨歌はそのことを気にしているのだろう。気にかけてもらえたことで、真広は気分がよくなった。単純だ。
「今日の練習、見に来てくれる?」
「なんで私が」
「いてくれたら頑張れる」
「そんな子供みたいなことを……」
「いいだろ?」
 可愛くお願いすると、雨歌が「ま、別にいいけど」と呟く。ただ、それは照れでもなんでもなく、本当にどっちでもいいのだということを真広は知っている。なんなら、空手をやっている真広を見て、それを餌にする勢いだ。雨歌にとっては、すべてが演技に直結している。見るもの、聞くもの、感じるものすべてが。

「そろそろ始まるから、行ってくる」
「俺のミューズ、最高の演技見せてくれよ」
 そう言って微笑むと、雨歌が親指を突き出して見せた。

 寂しいと嬉しいが、混在する。それでも自分は雨歌を全力で応援する。真広にとって雨歌は、どこまでも特別で、唯一無二の存在なのだから。



 雨の降る公園。
 傘を差した女がゆっくりと歩いてくる。反対側から、男が歩いてきた。

 すれ違いざま、女がふと何かを感じる。立ち止まり、歩き続ける男の姿を振り返る。知らない誰か。なのに、どうしてか目を奪われる。わからない。けれど目を離せない。気持ちが吸い込まれるような感覚。胸を抉られるような、切ない思いが湧き上がる。

 すると、歩いていた男が足を止める。どうしてかはわからない。でも、立ち止まらずにはいられなかった。振り返る男。女と視線がぶつかる。

 その瞬間、時が止まった。

 いや、もしくは時が……動き始める――。

 失くしていたはずの記憶が蘇る。女はそこにいるのが誰かを悟った。しかし男は……? まだ彼女には会っていないはずだ。それでも。

 女が傘から手を離す。転がる、傘。さっきまで降っていた雨が止み始める。女は男を見つめる。懐かしそうに。愛おしそうに。男はそんな女を不思議そうに見返す。そして一瞬、二人の間を風が流れた。

「君は……」
 言葉を発したのはシオン。そして声を聞いたあまねは、すべてを思い出し、シオンに向かってまっすぐと走り出す。
「君はっ」
 走り寄るあまねを、シオンが抱き留めた。抱擁のあと体を離すと、見つめ合う二人。それまでの大人びたあまねの顔が、一瞬、少女のそれへと変わった。化粧をしたままなのに、明らかに幼く見えたのだ。

 そのまま目を閉じ、二人が微笑みを浮かべ。まるで、思い出した記憶を分け合うかのように……。

 二人の想いが交じり合い、そして、あまねの頬を一筋の涙が伝う――。



「はい、オッケー!」
 カチンコが鳴り、現実に戻る。ONAGAが大きく息を吐き出した。
 なんだ、今のは? というのが正直なところだ。芝居の経験ならないわけじゃない。だが、今日の撮影は異次元だ。まるで自分が自分じゃなくなる感覚……。

「お疲れ! 二人とも、よかった!」
 小暮が手を叩きながらそう口にすると、周りのスタッフからも拍手が上がる。
「お疲れさまでした」
 雨歌がONAGAにぺこりと頭を下げた。
「あ、うん、お疲れ様……」
 まだ現実に戻れずにいるONAGAが、困惑した表情を浮かべ、返す。

 目の前の少女に、すべてを奪われた。そんな気分だった。
 撮影が終われば、赤の他人だ。相手は素人。もうこれきり、二度と会えないかもしれないのだ。そう思うだけで、息が出来なくなる。

「あ、あのさっ」
 背を向けようとする雨歌の手を、ONAGAが掴む。
「……なにか?」
「あ、いや、イチゴちゃん……よかったらその、連絡先を」

「イチゴ!」
 話に割って入ってきたのは、真広。ONAGAの手を掴むと、そっと雨歌から引き離す。
「駄目ですよ、こいつはなんで」
 キッパリとそう言い、雨歌の手を引く。
「おい、ちょっと!」
「芸能人が一般人に手を出したとか知れたらまずいだろ?」
 真広が無表情のまま、告げる。ONAGAがグッと息を飲んだ。
「行こう」
 真広はそのまま雨歌の手を取り、スタッフがいる方へと行ってしまった。残されたONAGAは、唇を噛み、そんな二人をただじっと見つめていた。

「何とか間に合いましたね」
 志麻が時計を見ながら小暮に言った。
「いや、ほんと佐伯さんのおかげだよ! すごくいい画が撮れたし、時間的にも最短だったと思う。ONAGA君の拘束時間も、ここの撤収時間もギリギリの中、ここまでの映像が撮れたのは奇跡だっ。もちろんイチゴちゃんのおかげも大いにあるが」
「イチゴも私も貴重な体験をさせていただきました。憧れだった小暮監督とこうして肩並べてモニター見られるだなんて、夢のようです!」
 志麻がそう言って頬を染めた。

「あ、イチゴちゃん!」
 真広に連れられて雨歌が来たのに気付き、小暮が声を掛ける。

「イチゴちゃん、ほんっとうにありがとな!」
 そう言って頭を下げる。雨歌は慌てて手を振る。
「いえ、とんでもないです。私の方こそ、素人の身分でこんな大役をさせていただき、ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げる。
「この後、予定は? もしよければオフィスに来るかい? 早速編集作業に掛かろうと思うんだけど」
 小暮が志麻と雨歌を見て言った。志麻の目がギラリと輝く。

「本当ですかぁぁ! 私、行きます! イチゴの契約書も書かなきゃだし。……あ、でも残念ながら真広とイチゴはこのあと用があるんで、残念ながらここまでですね」
 しれっとそう口にする。

「そうか、残念だな。でも仕方ない。じゃ、佐伯さんだけ一緒にロケバスでオフィスまで行こうか」
「はーい」
 手を挙げ嬉しそうに返事をする志麻。それから雨歌に視線を移し、
「メイク落として着替えたら、真広と一緒に先帰ってね」
 と言ってウインクをする。ここから先は裏方の仕事だ。雨歌はもうお役御免ということなのだろう。
「了解」
 雨歌はそう言ってロケバスの方へと向かった。ONAGAがマネージャーと何か話しているのが遠くに見える。

「雨歌、行こう」
 小さな声で真広が呟き、雨歌を促す。一刻も早くここを去りたい、という気持ちが駄々洩れている。
「俺、待ってるから支度してきて」
「うん」
 急かされ、ロケバスへ向かう。化粧を落とし髪を無造作に束ねると、服を着替えいつもの冴えない風体の女の子に戻る。さっきまであまねだった自分は、もうどこにもいない。芝居とは、不思議なものだ。
 スタッフに礼を述べ、バスを降りた。

「お帰り、俺のミューズ」
 真広が微笑みで迎える。

「それ、やめてってば」
 雨歌が軽く真広の腕を叩いた。
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