ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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庵に向けられた微笑みをみて、庵は改めて自分の実力で掴んだ結果をしみじみと感じた。そして、一歩前進したと思った。

━━━━舞台が出来た。あとは想いを伝えるのみだ━━━

七海の顔を真剣な眼差しで見る。その目線に気が付いた七海はふざけるのをやめた。庵がこれから何をするのかを悟ったのだ。

「夜神大佐!」
「どうしたの?」
庵は夜神の名前を呼ぶ。七海中佐が以前「イメトレしとけよ」と言われて、本気で何回かイメトレしてしまった。それが現実になってしまう。

「今から、剣術稽古をお願い出来ませんか?今、すごく体を動かしたいんです!解放された喜びなんですかね?いいでしょうか?」
夜神に分からないように、連れ出すのはこれが一番だと考えての言葉だった。

夜神は少しだけ考えてしまったが、本人がしたがっているのだから、特に止める理由もないので了承する。
「いいよ。解放されたから動きたいんだもんね。長谷部室長、学生はこの後何か予定はあるのでしょうか?」
夜神は長谷部室長に今後の予定を確認する。記憶だと特に何もなかったと思うが、念の為の確認だ。
「いや、特にない。体を動かすのはいいが、程々にするように。特に夜神大佐」

無表情の長谷部は夜神を見て話す。幾らかはましになったと言え、夜神の教育方法は嵐山大佐と似ているのだ。やり方は、他の人間なら逃げ出す。ついてこられたのは、後にも先にも夜神ただ一人だ。

「分かってます。ちゃんと程々にしてますから、安心して下さい」
七海に言われて以来、加減はしている。それでも足りないのだろうか?
「ならばいい。庵学生も体を動かすのはいいが程々に」
「分りました。それでは失礼します」
「私も失礼します」
二人で敬礼をして部屋を出ていく。その時、七海は庵に向かってサムズアップしていた。それもかなりの良い笑顔付きで。
それを見ていた式部大尉以外は、怪訝な顔を七海に向けていたが、式部大尉だけは何故かキラキラとした目を庵に向けていた。

第二剣道場に向かった庵の後を夜神は歩く。「個人練習の所でいいですか?」と言われて、特に断る理由もなかったので了承したが、今更ながら「なぜ?」と思ってしまう。

道場に着いて、防具を身に着けるのかと思ったら「このままでお願いします」と言われ益々、庵の行動が分からなくなったが、真剣な顔で見つめるので、この話も了承する。

竹刀同士が打ち合う、乾いた音を道場に響かせて、軍服姿の男女が竹刀を振るう。
鍔迫り合いが続いたが、勝負はすぐに決着がついた。
夜神が竹刀を弾いて、寸止めで喉元に剣先を突き付ける。
庵は一瞬「当たった!」と錯覚してしまったが、皮膚一枚のスレスレの所で止まり、「ゴクリッ」と唾を飲んでしまう。

「勝負ありかな?」
「そのようです。ありがとうございます」
互いに礼をする。そして、夜神は口を開く。
「どうして防具なしにしたの?体を動かしたかったのでは?」
疑問だったことを聞く。部屋では「体を動かしたい」と言っていたが、これでは本末転倒である。動かすどころか、当たらないように気にして逆に動きづらい。

「すみません。どうしても防具があると色々とありまして・・・・」
言葉を濁す庵に、益々怪訝な顔をする。庵は気まずそうだったが、何かを決意したのかいきなり正座をする。

「夜神大佐も座っていもらえませんか?」
「うん、いいけど・・・・?」
庵に促されて、夜神も向かい合わせで正座をして、庵をジッと見る。
「以前、テストで一位を取ったら、伝えたいことがあると言いましたが、覚えてますか?」
庵君が以前、剣道場で言った言葉だ。もちろん覚えている。
「覚えているよ?もしかして一位になったご褒美の事?」
考えられそうな事を、夜神は口に出す。結果が良かったのだ。何か褒美を強請るのは考えられる事の一つだ。

「それに似ているかもしれませんが、違います」
庵は少し困った表情をするが、すぐに真剣な表情になる。
「四月の初め、第一室に自分が来た時の印象は、大佐から見てどうでした?」
「四月?」
庵から、初めて見た時の印象を聞かれる。それは今でも覚えている。けど、懐かしくもある。
「覚えているよ。自信なさげで「ここにいても良いのだろうか?」って顔に書いていたのを覚えている」

それを聞いて庵は苦笑いをした。あの時は本当に自信がなかったし、場違いなのではと本気で思っていたからだ。
「あの時は運命の悪戯とか本気で思いました。特に教育係を誰にするかと言う時に、まさか夜神大佐が挙手するとは思ってもみなかったんです。「軍最強」の夜神大佐が「教育係」なんて、今でも時々信じられないんですよ?」

「あの時は、自信のない庵君を見ていて「そんな事ない」と思ってしまったんだよね。少しでも力になりたくて「教育係」になったんだけど、どうだった?少しは自信ついた?」
正座しているがそれでも身長差がある為、少し見上げている夜神の表情は、いつもの表情だが、少しだけ不安の色が見える。

「最初は戸惑うばかりでした。けど、夜神大佐が想像していた人と違って、なんと言いますか・・・・・流されないと言うか、周りを気にしないと言うか・・・・・」
物凄く、言葉に詰まる。自分が周りからどんな目で見られているか、分かってないのだ。
強さからの憧れもあるが、それ以上のものもある事に全く分かってない。
本人も「強さ」での「尊敬」は分かっているみたいだが、「女性」や「異性」の部分を理解していないのか、しないようにしているのかはあやふやだが、それに関しては全くもって皆無だ。

どもる庵を見て夜神は「?」になってしまったが、何とか言葉を出そうとしている様子を見て、声をかける事はやめて続きを待つことにする。
「・・・・そんな夜神大佐と一緒に、勉強や稽古をしていくうちに憧れも大事だけど、自分に自信がないと次に進まないことを教えて貰ったと思います。とくに、前半のテストで大佐が「五位以内」と言っていたことが、現実になった時は本当にそうだと思いました」

「あれは庵君が頑張ったからだよ。私達はその手伝いをしただけ。けど、良かった。自信がついたのなら、この先何処に配属されても頑張れるね」
希望が叶うなら第一室に配属されて欲しい。テストで一位になった者は、希望の所属先を伝えることは出来る。ただ、受け入れるところが拒否するとそれは叶わない。
けど、もし、庵君が第一室と希望するならば、私は全力で部屋の皆を説得して、配属を願い出るつもりでいる。

庵の真剣な眼差しと、夜神の優しい眼差しが絡まる道場で、庵は更に言葉を続けていく。自分の想いを伝えるために。
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