ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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ワイングラスをゆっくりと回す。まるでテイスティングするように。

欲しい、いらない。
飲みたい、飲みたくない。

感情に素直になる気持ちと、それを、否定する気持ちが追いかけっこのように頭の中をグルグルと回る。
背中に押し付けられた皇帝の胸が、目の前にグラスを持っている腕が動きを封じる。
それに、目の前のグラスのせいで体は震えるが、足が動かせない。まるで根が生えて来ているようにシーツに留まる。

「ほら?美味しそうだよ?飲ませてあげようね」
耳元で笑い声が聞こえる。その言葉と共に目の前のグラスが口元に近づく。
「いやぁ!!」
思わず顔を背ける。体は動かないが首は動く。何が何でも抵抗しないといけない。もし、グラスの中身を受け入れたら・・・・・

けど、頭では否定するのに、体はそのグラスの中を欲している。カラカラの喉は一刻も早く潤して欲しいと先程から唾を飲み込んでいる。
鼻孔に漂う香りが魅力的で、否定する頭がぐしゃぐしゃになる。
いつの間にか息遣いは荒くなり、「はぁ、はぁ」と繰り返す。

顔の近くまで来たグラスがゆっくりと再び回される。そのせいで匂いが更に強くなる。
「うぅぅ・・・・・」
苦しくて呼吸を無理矢理止める。目にも写したくなくてきつく瞼を閉じる。

早く目の前からなくなって・・・・・
飲みたくないの!私は、吸血鬼なんかじゃない!

「あ~ぁ、要らないのかい?なら、これは捨てようかな?」
「捨てる」の言葉に反応してしまう。ワイングラスを凝視してしまう。すると、目の前でゆっくりとグラスが傾いて、中の赤い液体がシーツの上に落ちていく
「あっ・・・・・・」
だめ!!飲まなきゃ!違う!これでいいんだ!勿体ない!要らない!欲しかったのに!

二つの相反する感情が頭をグルグルと回る。その間もバシャバシャと血はシーツに赤いシミを作る。そして、中身を全部捨てたグラスをベッドに放り投げた。投げられグラスを見ていたが、それよりもシーツの赤いシミが気になって、目線は再びシーツに戻る。

飲みたい!飲みたい!飲みたい!飲みたい!
「あ・・・・・っう・・・・はぁ・・・・だめぇ・・・・」
汗が滲み出る。今すぐにでもシーツに顔を埋めて吸い出したい。
駄目だ!駄目だ!駄目だ!駄目だ!
「はぁ・・・・・ううぅ・・・・」
震えが止まらない。私は、人間・・・・吸血鬼じゃない。血なんて必要ないのに!

「凪ちゃん?我慢は良くないよ?」
鎖で拘束されているからか、それとも別の要因か、動くことなく、体を震わせている。
ビクビクと揺れ動く白い頭上を眺めて笑みが溢れる。

あぁ、何かと葛藤しているんだね?可哀想に・・・・素直になればいいのに。そしたら、楽になるのに・・・・

ある一点を見ている夜神の顔が見たくなった。
きっと、悲しい顔をしている。今にも泣きそうな顔をしているだろう・・・・とても魅力的な表情だ・・・・
動かない事をいい事にルードヴィッヒは、夜神をベッドの上に仰向けになるように押し倒す。
「なっ!!」
突然の事に驚いた夜神が声を出し、拘束された腕を動かそうとするが、組み敷いたルードヴィッヒの下でモゾモゾと動くだけだった。

その様子を冷笑しながら左手の手袋を抜き取り、人差し指に思いっ切り牙を突き立てて血を溢れさせる。
その指を夜神のわずかにあいた口の中に無理矢理捩じ込む
「ゔっ!!」
夜神は驚いて動きを止めてしまった。

目の前のシーツに、赤い大輪の花のようなシミが目から離れない。
その花の匂いのように、周りに漂う鉄錆の匂いが、甘い、いい匂いに感じてしまう。
あぁ、今すぐにでもその花に喰らいつきたい。啜りたい・・・・
違う、私には必要ない!!何を馬鹿なことを!!
頭の中で二極の考えが交互にせめぎ合う。
動く事など考える余裕もなく、ジッとしていたら、突然体を掴まれて、背中に衝撃が走る。
ベッドの上だったからそこまで痛くなかったが、驚きは隠せない。

いつの間にか仰向けになり、皇帝が馬乗りで跨いでいる。
金色の目は愉悦に溢れている。まるでこちらの行動一つ一つを楽しんでいるようにも見える。
我に返り、何とかして逃げ出そうとするけど、手の拘束と、皇帝の体が邪魔をする。

抵抗している所に、突然口の中に指が捩じ込めれる。
「ゔっ!!」
驚いて声を出すが、指が邪魔をしてまともな声を出せない。
それどころか口に入れられた指から、理性を外す味がする。

━━━━━血の味・・・・・・

戦闘で時々、口の中を傷付けてしまい、その味を知った。
愛しい人と最後に交わした口付けも、同じ様な味がしていた。
いつの間にか知ってしまった味だったが、今、口の中にある味は、知っているのに知らない味がする。

例えるなら、砂漠を彷徨い喉もカラカラで、死にかけの所にやっと見つけたオアシス・・・・
そして、カラカラの喉を体を潤す水・・・・
ただの水なのに、生命の喜びを与える甘露な水・・・・
そして、必死に飲んでいくだろう。喉を体を潤すた為に・・・・

口の中に無理矢理与えられたものは、酷いぐらいに酷似しているのだ。
必死に理性を抑え込んでいた。を飲み込んだ瞬間、自分の理性は粉々になる事は百も承知していた。
自分は、人間だと。そんなものが食事の吸血鬼ではないと。

「凪ちゃん?我慢は良くないよ?」
皇帝の空いている手が包帯の巻かれた首を伝い、空いた襟首の隙間から手を入れて、胸を掴むと揉んだり、まだ尖っていない粒を弄りだす。
「うぅ、っぅ・・・・?!ゔゔっ!!」
何かに反応してしまった時に喉が動き、口の中に溜まった唾と一緒に皇帝の血も飲んでしまう。

甘い・・・・
凄く、甘い・・・・
あぁ、欲しい・・・・
もっと、欲しい・・・・
欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!・・・・・

━━━━━━もっと、飲みたい・・・・・

自分の理性が壊れた瞬間を感じた。一口、たった一口飲み込んだだけで、我慢していたものがガラガラと音をたてて崩れていった。

そして、気がついたら口の中の指に、舌を絡めて舐め上げて、チュ、チュと吸い込んでいる。
「はぁ、ンン・・・ん、んん━━━」
もっと、もっと欲しい・・・・足りない。これだけでは、足りない。
必死に指を吸いこんでいく。まるで赤子が乳を飲むように。
その光景をルードヴィッヒは、蕩けるような眼差しで見つめていた。

何とかして飲ませようと胸を弄ると、こちらの考え通り飲み込んでくれる。
必死に否定して、抑え込んで、我慢していたのにたった一口で、タガが外れていくのが分かった。
舌を絡め、吸い上げていく。荒い息を繰り返し、恍惚とした表情をしているのを見ると笑いが込み上げる。

その表情を見つめながら、胸を掴んでいた手をルードヴィッヒの口元に持ってくると、自分の口で手袋を外していく。パッと口を開けて手袋を夜神の腹の上に落としていく。
詰め襟の軍服の首元を緩め、シャツの釦を二、三個外して襟を寛げると、自分の人差し指を噛んで血を滲ませる。
そして、自分の首にその赤い血を擦り付けていく。
その間に、夜神の拘束していた鎖をなくしていく。すると自由になった手は、ルードヴィッヒの手を掴み、逃さないようにしながら指を吸っていく。

「ふぅ・・・・ん、んんっ!ふぁ・・・・やだぁ!」
けど、その掴んだ手を払いのけるように、口の中の指を抜いていく。
まるで「待って」と夜神の腕が伸ばされる。それを見て、増々笑いが込み上げてくる。
「凪ちゃん?もっと欲しいでしょう?ほら・・・・・・」
目につくように自分の首を、赤い血を跡を見せる。

もっと欲しくて吸い上げていたのに、突然、口の中から指が抜けていく。
「やだぁ!!」
はっきりと口にしてしまった。だって、足りないのだから・・・・・
すると、皇帝は自分の首を見せつける。すぐに目が行った。白い首に、一筋の赤い血・・・・・

欲しい・・・・
その、赤い血が欲しい・・・・

気がついたら体を起こして、皇帝の首の赤い血を舐めていた。
「はぁ、ん、あっ・・・・・」
「凪ちゃん?牙を突き立てるんだよ?そう、思いっ切り噛むんだ・・・・・」
言われたとおり口を開けて、牙を肌に当てる。
けど、そこで我に返った。違うと。これでは吸血鬼じゃないかと。自分は違う。断じて違う。

「ふぅ・・・・・ううぅ・・・・」
けど、口を離すことが出来なくて、軽く首を左右に振って否定する。
「・・・・凪ちゃん?赤子の仕事を知っているかい?よく飲んで、よく寝る事だよ?今の凪ちゃんはある意味、赤子と変わらない。なら、凪ちゃんのお仕事は分かるよね?」
優しく白練色の頭を撫でながら、諭すように語りかける。けど、その優しい声から一変、突然の命令口調になる。
「噛め!!そして、啜れ!」
グッと、頭が抑えられる。それに合わせて深く首を深く噛んでいく。

逆らう気持ちもなくなった。まるで心の何処かでその言葉を待っていたかのような気もした。
「ふん・・・・あっ・・・・ん、んんっ」
思いっ切り噛んで、牙を突き立てて、温かい血を啜る。
甘くて、蕩けそうで、美味しくて、渇きが癒える甘露な露のような血を啜る。

欲しい・・・・もっと欲しい・・・・もっと、もっと・・・・
「ん、ふぁ・・・・ん~~はぁ・・・・」
ヂュル、ヂュルと吸っていく。そうしているうちに、喉の渇きが癒えたのか、腹が満たさせたのか口を外していく。
あとに残るのは絶望と恐怖。自己の否定。存在の否定だった。

拒絕していたのに、あっさりと陥落してしまった。目の前のご馳走に跳びつく動物のように貪っていた。
悲しい、悔しい、腹立たしい、哀れだ、惨めだ・・・・
あぁ、私は等々あれ程、拒絶していたものに墜ちてしまった。

涙が止まらない。止まらないよ・・・・

必死に血を啜っていた小鳥が、満足したのか口を離して座り込んでいく。
口からは血を流し、目からは静かに涙を流しながら・・・・
「あぁ、飲み方が下手くそだね・・・・仕方がないかな?」
口の端の垂れた血を舐めあげて、綺麗にしていく。
そして、力なく座る体を優しく抱きしめる。
「今度は上手く啜ろうね。・・・・ん?何かな?凪ちゃん」
頭を撫でていると微かに声が聞こえる。最初は分からなかったが、段々と分かってくる。

━━━━━━「殺して」と。

絶望した心で思うことは唯一つ・・・・
「生きていてはいけない」
けど、自死は出来ない。そうすれば私は更に重い十字架を背負わなくてはいけない。
なら、それ以外の方法は一つ・・・・

「・・・し、て・・・・・」
「こ・・・・し、て・・・」
「ころ・・・・て・・・・」
「・・・ころして・・・・」

涙を静かに流して懇願する。生殺与奪の権利を唯一持っている皇帝に全てを頼むしかないのだから。

けど、いくら懇願しても駄目だった。
「眠ろうね」
と、言ったと思ったら目の前が暗くなる。きっと皇帝の手のひらが塞いだんだろう。すると、クラクラしてきたと思ったら意識が霞んでいく。
白くなる意識の中で聞いた言葉
「私の血だけを飲めばいい。他の餌の血など凪ちゃんには要らない。私だけを欲して。私だけを見て。私だけを必要とし。私がいないと生きていけないようにしてあげようね?」

私を雁字搦めにする為に囁いた言葉に、慄いたが抵抗する余裕など無く、私は、意識を手放した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

うまい具合の区切りが見つからず長くなってしまいました。
自分無しでは生きていけないように、とことん追詰めるルードヴィッヒでした。
蛇のように、粘着質体質のルードヴィッヒに迫られる大佐は大変です。
けど、まだまだ序奏なんですよね・・・・
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