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第二章
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「お待たせ致しました」
ウォルターが戻ってきた。この短時間でイーサンの希望に適う部屋を見つけられたのだとしたら、さすがとしか言いようがない。
「では参りましょうか、ミセス・ジャービス」
イーサンは颯爽と立ち上がり、テオとリネットもそれに続いた。
ウォルターが案内してくれたコテージの一室は、屋根裏部屋のある三階建ての二階部分だった。立派なデスクと応接セットもあり、すぐにでも事務所を開業できそうだ。
「ほぅ、悪くないな」
「よくこんな場所を借りられましたね」
キョロキョロと周囲を見渡していると、ウォルターが銀の盆の上に、ティーセットを載せてやってきた。
「お茶が入りました」
「ありがとう、ウォルター。どうぞお掛けになって下さい」
イーサンがリネットにソファを勧め、テオにも彼女の向かいに腰掛けるよう促す。
「いただきます」
ソファに座ったリネットは、カップを取った途端、立ち上る香りに鼻をヒクつかせた。テオもカップに口をつけ、彼女の反応になるほどと思う。
さっき店で飲んだものとは雲泥の差だ。一体どこから本物の紅茶を手に入れてきたのか、ウォルターの有能ぶりには恐れ入ってしまう。
「では、お話を伺いましょうか。ご主人のこと、でしたね?」
芳しい紅茶にうっとりしていたリネットは、すぐに居住まいを正した。
「はい、その、実は夫の金回りが急に良くなって、何か悪事を働いているのでは、と」
これは予想外だった。イーサンも同様らしく、目をしばたたかせている。リネットはふたりの様子を見て、腫れた片目に手を添えた。
「誤解させてしまったみたいですね。普段は本当に優しい夫なんです、お金のことで口論になっただけで……」
お金があるせいで、けんかになったということらしい。イーストエンドではかなり珍しい事例だろう。
「金回りが良くなったというのは、具体的にどういうことです?」
「毎日のように遅くまで飲んで、朝方グデングデンになって帰ってくるんです。これまでは仲間の付き合いで、週末に一杯引っ掛けるのがせいぜいだったのに」
「ツケで飲んでらっしゃるのでは?」
リネットが大げさな身振りで、左右に手を振った。
「ツケがきくパブなんて、ここいらにはありませんよ。着ているガウンを質に入れてまで、飲み代を捻出する人もいるくらいなんですから」
「まぁ年中金欠の労働者相手に、ツケ払いなんて悠長な商売はできないでしょうね」
テオの発言を聞き、イーサンは別の提案をする。
「では誰かに奢ってもらっているとか」
「むしろ奢ってやってるようですよ。町を歩いていると礼を言われたほどですから」
自分で飲むばかりか、他人に奢るほど余裕があるとは。リネットが疑念を抱くはずだ。
「ご主人はなんのお仕事をされているんです? 紡績工ですか?」
「最初は亜麻糸の湿式紡績工場で働いていたんですが、喘息に悩まされまして。今は金属を加工する工場で働いています」
劣悪な労働環境はどこも大差なく、それぞれの職業に特有の病というものはある。喘息は改善されても、今度は肺結核を患うことになるだろう。
だとしても生きるために働かざるを得ないのが実情だ。工場勤務の週給は大した額ではないはずだし、生活に余裕があるはずもない。
「副業でもしているんじゃないですか。日雇いの労働とか?」
「そりゃあロンドン・ドックに行けば、材木船の積荷を降ろすような仕事は、いくらでもありますけどね」
テオが口を挟み、腕を組んで続ける。
「日当二シリング半がいいところですよ。気前よく奢るんですから、汗水垂らして得た金とは思えません」
リネットはテオの意見に賛同するように、激しくうなずく。
「私もそう思います。それに工場勤務は長時間で重労働ですから、他の仕事をする余裕なんてないはずです」
「わかりました。では一度、お宅を拝見してもよろしいですか? 何か手がかりがあるかもしれませんから」
リネットはイーサンがそう言うのを予測していたのか、「狭いところですが、どうぞおいで下さい」と快く承諾してくれたのだった。
ウォルターが戻ってきた。この短時間でイーサンの希望に適う部屋を見つけられたのだとしたら、さすがとしか言いようがない。
「では参りましょうか、ミセス・ジャービス」
イーサンは颯爽と立ち上がり、テオとリネットもそれに続いた。
ウォルターが案内してくれたコテージの一室は、屋根裏部屋のある三階建ての二階部分だった。立派なデスクと応接セットもあり、すぐにでも事務所を開業できそうだ。
「ほぅ、悪くないな」
「よくこんな場所を借りられましたね」
キョロキョロと周囲を見渡していると、ウォルターが銀の盆の上に、ティーセットを載せてやってきた。
「お茶が入りました」
「ありがとう、ウォルター。どうぞお掛けになって下さい」
イーサンがリネットにソファを勧め、テオにも彼女の向かいに腰掛けるよう促す。
「いただきます」
ソファに座ったリネットは、カップを取った途端、立ち上る香りに鼻をヒクつかせた。テオもカップに口をつけ、彼女の反応になるほどと思う。
さっき店で飲んだものとは雲泥の差だ。一体どこから本物の紅茶を手に入れてきたのか、ウォルターの有能ぶりには恐れ入ってしまう。
「では、お話を伺いましょうか。ご主人のこと、でしたね?」
芳しい紅茶にうっとりしていたリネットは、すぐに居住まいを正した。
「はい、その、実は夫の金回りが急に良くなって、何か悪事を働いているのでは、と」
これは予想外だった。イーサンも同様らしく、目をしばたたかせている。リネットはふたりの様子を見て、腫れた片目に手を添えた。
「誤解させてしまったみたいですね。普段は本当に優しい夫なんです、お金のことで口論になっただけで……」
お金があるせいで、けんかになったということらしい。イーストエンドではかなり珍しい事例だろう。
「金回りが良くなったというのは、具体的にどういうことです?」
「毎日のように遅くまで飲んで、朝方グデングデンになって帰ってくるんです。これまでは仲間の付き合いで、週末に一杯引っ掛けるのがせいぜいだったのに」
「ツケで飲んでらっしゃるのでは?」
リネットが大げさな身振りで、左右に手を振った。
「ツケがきくパブなんて、ここいらにはありませんよ。着ているガウンを質に入れてまで、飲み代を捻出する人もいるくらいなんですから」
「まぁ年中金欠の労働者相手に、ツケ払いなんて悠長な商売はできないでしょうね」
テオの発言を聞き、イーサンは別の提案をする。
「では誰かに奢ってもらっているとか」
「むしろ奢ってやってるようですよ。町を歩いていると礼を言われたほどですから」
自分で飲むばかりか、他人に奢るほど余裕があるとは。リネットが疑念を抱くはずだ。
「ご主人はなんのお仕事をされているんです? 紡績工ですか?」
「最初は亜麻糸の湿式紡績工場で働いていたんですが、喘息に悩まされまして。今は金属を加工する工場で働いています」
劣悪な労働環境はどこも大差なく、それぞれの職業に特有の病というものはある。喘息は改善されても、今度は肺結核を患うことになるだろう。
だとしても生きるために働かざるを得ないのが実情だ。工場勤務の週給は大した額ではないはずだし、生活に余裕があるはずもない。
「副業でもしているんじゃないですか。日雇いの労働とか?」
「そりゃあロンドン・ドックに行けば、材木船の積荷を降ろすような仕事は、いくらでもありますけどね」
テオが口を挟み、腕を組んで続ける。
「日当二シリング半がいいところですよ。気前よく奢るんですから、汗水垂らして得た金とは思えません」
リネットはテオの意見に賛同するように、激しくうなずく。
「私もそう思います。それに工場勤務は長時間で重労働ですから、他の仕事をする余裕なんてないはずです」
「わかりました。では一度、お宅を拝見してもよろしいですか? 何か手がかりがあるかもしれませんから」
リネットはイーサンがそう言うのを予測していたのか、「狭いところですが、どうぞおいで下さい」と快く承諾してくれたのだった。
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