上 下
11 / 14

11

しおりを挟む
 よろける足音、苦痛に耐える吐息。
 わたしの薬指は、なぜか無事だった。

「……なにしてるの、七海ちゃん? あなたの順番じゃないでしょ?」

 不快な体温を残して、添えられていた恭子さんの指がわたしから離れる。

「うっ……くっ……その子まで傷つけたら、絶対にカップルになんてなれっこない……その子は、誰も信じられなくなる」

 もしかして、七海は自分の指をへし折った?
 わたしを助けてくれたの?

「もうあたしは……ここから出られたとしても、あたしはもう人殺しだから……それに、いままでもクソみたいな人生だった」

 彼女の声が、ゆっくりとわたしに近づいてくる。
 ううん、恭子さんに向かって歩いてくる。

「……なにが言いたい訳?」
「恭子さん。理由はともかく、あたしをキスの相手に選んでくれて、すごくうれしかったです。ずっと嫌われて生きてきたから……上手く言葉にできないけど、本当にうれしかった」
「七海ちゃん……」
「ありがとう、恭子さん」

 わたしのそばでしゃがみ込んでいた恭子さんに、七海が眼を閉じて抱きついた。そして二人は、そのままコンクリートの薄汚れた床の上で重なり合う。

「恭子さん……」

 七海が恭子さんにキスをしている。
 恭子さんもそれに応えるかのように、背中や首に手を回して彼女の身体を抱き寄せた。交わされる唇の愛撫は、舌先をさらに伸ばして唾液を絡め、背徳の旋律を奏ではじめる。
 七海の指が恭子さんの胸を揉みしだき、続いて探るように腰へとおりてゆく。まさか、女同士のセックスを間近で見ることになるなんて……

「七海ちゃん、やめて!」

 突然、恭子さんが七海の指の動きを止めようとした。けれど、その制止を振り切って七海は勢いよく立ち上がり、手にしたスマホを見つめながら後退あとずさっていった。
 
「やっぱりな……圏外じゃない。ちゃんと電波が届いてる」

 えっ……恭子さん、スマホを持っていたの!? 
 七海は最初からそれを知っていて、恭子さんに抱きついた……?
 なにが起きているのか、わたしの理解がまるで追いつかない。

「それを返してちょうだい」
「返す訳ねぇーだろ、バカかよおまえ」
「ウフフ。ねえ、わたしがスマホを持ってること、いつから気づいたの?」
「……あたしが目覚めたとき、あんたはすぐに〝なにか〟を隠した。見られたら困る、知られちゃマズイ物を、な。身体に隠せるくらいだから、たいした大きさじゃない。他人を警戒してしまうのは、財布か貴金属、それかスマホ」
「ふーん、見られてたんだ。でも、わたしが持っていたのがスマホじゃなかったらァ……七海ちゃんは最後までエッチしてくれたのかしら?」
「あたしは、女とは絶対しねぇー! 確信があったから、特別に抱きついただけだよ」
「確信?」
「ああ。ペナルティさ。あたしがアイツを……無我夢中で氷見に襲いかかって騒いでたから、天井の声が聞こえなかった。あたしも混乱してたけど、それは間違いない。だけど恭子さん、あんたはその子の指をへし折ろうとした。どうして次のペナルティがわかったのか? それは知っていたから。あんた、犯人と繋がりがあるんじゃないのか?」
「まあ! ……わたしのおバカさん♡」

 そんなまさか、恭子さんが犯人の仲間だったなんて!
 それでも恭子さんは発覚した事実に怯むこともなく、悪びれた様子すら見せない。確かに、それがわかっても密室からは出られない。このゲームが終るまで、わたしたちは助からない。

「ねえ、通報しないの?」

 そうよ、七海が警察に通報すれば、もしかしたらギリギリ間に合って助かるかも!
 けれども七海は、なにもしなかった。せっかく手に入れたスマホを使おうとはしなかった。
 彼女が人殺しだから警察を恐れたんじゃない。
 きっと、スマホが使えなかったからだ。

「ぐっ……かはぁ……!」
「ねえ、通報は?」
「……カッ……こっ、コホォォォ……」
「通報しないの、七海ちゃん?」

 ──ドサッ。

 誰かが倒れた。
 考えたくもないけれど、それは七海だろう。
 今度は、七海が殺されたんだ。
 これで密室の生存者は、わたしと恭子さん、そしてあと一人。

「お疲れ様」
「……だから言ったのよ、今回は中止にしようって」

 黒神イソラだ。

しおりを挟む

処理中です...