中霧山の悪夢

黒巻雷鳴

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事故発生

出席番号15番 出口紗季

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 まさか、こんなことが起きるなんて。
 みんなをスマホで撮影していた真田が、足を踏み外して森のなかの急斜面に転落した。ダミー人形のように勢いよく転がり落ちて、横向きで止まったままピクリとも動かない。
 まわりの生徒たちはそんな事態に悲鳴を上げたあと、「どうしよう!?」「マジでヤバイって!」と騒ぎ始めた。とくに夢見は錯乱状態になっているため、ひかりが肩を抱いて支えている。

「みんな落ち着いて! 助けを……先生を助けに行かなきゃ! いつまでも騒いでないで、早く助けに行くわよ!」
「無理だよ。100メートルは落ちてるし、素人が降りたら二次災害になっちゃう。それよりも助けを呼びに行ったほうがいいって」

 興奮状態の久美子に、南雲さんが冷静に進言する。
 たしかに、降りようと思えば降りられなくもない角度の斜面ではある。でも……正直、わたしは怖くて降りたくない。

「どうしたのみんな!?」

 最後尾グループの響ちゃんたちが走って追い着いて来た。状況を見て、当然のことながら彼女たちも動揺し、鶴田さん以外、混乱状態に陥る。

「おい藍原、おまえ保健委員だろ!? 真田を助けてやれよ! そのための保健委員だろうがよ!」

 雅が無茶なことを言うので、響ちゃんは「そんなの無理だよ! 保健室へ連れて行くのとは全然違うって!」と反発する。
 救助隊を呼ぼうにもスマホを持っているのは真田ひとりだけだ。わたしたちは助けを呼びに、一刻も早く山を降りなければならない。

「乾さん、あたしのリュック、持っててくれない?」
「え? は……はい」

 南雲さんが背負っていたリュックサックをイヌ・・に預けた。いったいなにをするつもりだろう?

「もう半分以上山を降りているから、頂上へ戻るより、このまま走って下山したほうが登山口に早く着く」そう言いながら屈伸運動を始める南雲さん。

「えっ、まさかひとりで走って行く気なの!? 危ないから、みんなで一緒に下山して助けを呼ぼうよ! 駐車場にはバスの運転士さんもいるんだから!」

 弓子が必至になって止めに入る。けれども南雲さんの意思は固く、聞く耳を持たなかった。

「時間がない。みんな、絶対に助けを呼んでくるから! あたし先に行くね!」

 そう言い残して南雲さんは水筒を片手に持ったまま、一気に林道を駆け降りて行った。

「南雲ちゃん、本当に行っちゃったね。もうあんなに小さくなって……それじゃあ、明日香たちも行こうかな」

 明日香の班が動き出そうとしたので、それを江田島さんが「ちょっと待って」と止めた。

「南條さん、真田先生がこうなってしまった今、みんなを導くのは学級委員長の役目じゃないかな?」
「う……うん、そうね」
「そこで提案なんだけど──」

 江田島さんの言葉を夢見の奇声が遮る。そして、ひかりの手を振り解いて急斜面を滑るようにして降りて行ってしまった。

「世良さん! 危ないから戻って!」

 久美子が必死になって叫ぶけど、夢見には届かない。だって彼女は真田のことが大好きだから、我が身の安全よりも真田の安否が最優先なんだ。

「……真田先生と世良さんが心配なんで、わたしと藍原さんが残るから、南條さんはみんなを連れて下山してほしいの」
「ええっ!? わたしも残るの!?」
「そうだよ。わたしは世良さんと一緒に真田先生の様子を見てくるから、あなたはここで立って救助隊が来たら誘導して。保健委員なんだから、それくらいはしてもいいんじゃない?」
「ううっ……うん、わかった」
「そう言うことだから、南條さん、お願いね」

 江田島さんが謎の行動力で、テキパキとふたりに指示を出した。久美子はしばらく考え込んでから、「それじゃあ、よろしく頼んだわ」と言って、予定通りの時刻に間に合うよう、ほかの生徒たちに下山を促した。
 わたしも夢見のことが気になった。でも、ふたりが残るならなんとかなるだろう。そう考えてみんなと登山口へと向かう。
 振り返れば、江田島さんが急斜面をゆっくりと慎重に横歩きで降りていた。それを響ちゃんが不安そうに見守っている。
 夢見は「先生、先生!」と連呼して、今にも転がり落ちそうな危なっかしい体勢で下っていた。

「世良のやつ、やっぱ真田のことが好きだったんだな。どう見ても正気じゃねーよ」
「それな。真田が死んでたら、アイツその場で自殺すんじゃね?」

 そう言って笑い出した雅と比奈。いくらなんでも言い過ぎだ。友人として黙ってはいられない。わたしがふたりを注意しようするよりも先に、ひかりが代わりに口をひらいた。

「ちょっとあなたたち、そんな言い方ってないんじゃない? 担任の先生が落ちたんだよ? ふつう心配するじゃん」
「あ? うちら、なんか言ったっけ?」
「言ってない、言ってない。なんも言ってなーい」

 ふたりの態度に、ひかりはそれ以上なにも言わなかったし、わたしもなにも言う気にはならなかった。
 おかしな人種は、おかしな世界に住んでいる。
 しかも質の悪いことに、そのおかしな世界はわたしたちの世界と繋がっている。だからおかしなコイツらも、当然のようにこっちの世界に入り込んで来て好き勝手に振る舞う。
 ああ、最悪だ。最悪の気分だ。
 今回の1日遠足の事故は、ニュースになるに違いない。どうせうちの学校名が報道されるなら、社会に貢献するような内容のほうが良かった。そうすれば、今後のわたしたちの人生にプラスに作用することが約束されるのに。

「紗季、顔が強張ってるけど大丈夫?」弓子が心配をして声をかけてくれた。
「はぁ……マジで無理かも。最悪な気分だよ」
「だよね。みんなも同じなんだろうけどさ、わたしたちのクラスって、1年のなかじゃ最低だよね。こんなときこそ、協力して助け合わないと。まともな生徒は南條さんと江田島さんだけだよ。あっ、それと鶴田さん」
「あっ、それわかるわー」ひかりが会話に参加する。「ってかさ、このまま家に帰れるのか不安じゃない? 道に迷うんじゃないか心配」
「久美子、全然余裕がなさそうだもんね。先に歩かせて大丈夫かなぁ」

 背中越しからでも、近寄りがたいなにかが出ているのがよくわかる。久美子が優等生として頑張っているのは、みんなわかっている。でも、少し無理をしているんじゃないかって、感じる部分もときどきあった。

「自分ひとりでなんでも抱え込むタイプだからさ、あの子。絶対に壊れると思うよ」
「ちょっと、彩織ちゃん! そんなこと言っちゃダメだよ!」
「だってさ……弓子だって、そう思わない?」
「わたしたちも久美子ちゃんも、まだ子供なんだよ? 久美子ちゃんひとりに全部押し付けちゃいけないと思うの。みんなで協力して助け合おうよ」

 弓子ちゃんの意見は正しい。
 彩織ちゃんの言いたいこともよくわかる。
 授業が自習になって先生が不在のとき、騒ぐみんなに久美子が突然キレて黙らせたことがあった。あのときの目つきは、とても正気とは思えなくて、鬼のように怖かった。みんなもそう感じたからこそ、おとなしくなったんだと思う。
 いつの日か──卒業までに久美子がまたキレて、今度はなにか問題を起こすんじゃないか。
 さっきの興奮した様子を見て、そう思ったわたしは、それがきょうではないことを強く願った。

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