中霧山の悪夢

黒巻雷鳴

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目撃者

出席番号4番 梶浦ひかり

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 すごい……すごい、すごい、すごい!
 とんでもないスクープが撮れてしまった!
 女子生徒たちによる、教師殺しの瞬間を!

 クマから逃げて滑落現場まで戻ってみれば、藍原さんは居なくって、その代わりにリュックと水筒が置いてあった。なにかあったのかと思い、下をのぞくと、江田島さんが真田先生に石を投げつけていた。
 わたしは咄嗟にカメラを構え、無意識に連写した。江田島さんは投げた石を拾い上げては何度も投げ、そばにいるふたり──夢見と藍原さんは、なぜか止める様子がまったくなく、黙って見ているだけだった。
 それどころか、江田島さんから渡された石で、今度は夢見が真田先生に石を投げつけた。そして、藍原さんも。
 3人と真田先生のあいだに、なにがあったのかはわからない。でも、これは立派な犯罪行為だ。
 江田島さんが真田先生を蹴飛ばす。さらに斜面の下まで転げ落ちるのを確認したところで、なにやら会話を始めた。

 もう十分殺人の証拠の写真は撮れた。3人に気づかれるまえに、この場を離れなきゃ。
 わたしは、このまま頂上へ戻ることにした。展望休憩舎に誰か居るかもしれないし、場合によっては、登山コースから下山しようと考えたからだ。
 静かに後ずさりしてから、深呼吸を繰り返す。
 走ってもいないのに、心臓のバクバクがまだ止まらない。今になって、指先も震えてきた。
 早く行かなきゃ。3人が登ってくるかもしれない。
 ほっぺたを両手で叩き、気合を入れる。
 それからわたしは、頂上まで全速力で走った。


     *


 展望休憩舎には、わたし以外誰も来てはいなかった。
 ミニタオルで汗を拭きながら、長椅子にすわって休む。水筒から麦茶をついで、喉の渇きを潤しながら、わたしは、このままここで助けが来るのを待つべきか、迷っていた。
 登山コースには、クマ注意の看板が無かった。それってつまり、登山コースにはクマが出ないってことなのかな? だったら、暗くなるまえに下山したいけど……ううん、そんなはずがない。だって同じ山だし、クマだって移動するから、どのコースだって危険だ。わたしが管理責任者なら、看板を絶対に設置する。なのに、どうして無かったんだろう?
 そんなことを考えていると、出入口から足音が聞こえた。乾さんだ。

「乾さん! 無事だったんだね!」

 よろこびのあまり、長机の天板に手を着いて立ち上がったわたしに、乾さんは「梶浦さん、ひとり?」とだけ、言葉を発した。

「うん……登山客もみんなも、誰も居なかったよ」ふと脳裏に、3人の姿がよぎった。
「そうなんだ。わたしも、ここに来るまで誰も見てないんだ。クマまで出てさ、怖いよね、この山」

 乾さんはそう言うと、前に抱えている南雲さんのリュックを長机に下ろし、続いて背負っている自分のリュックも並べて置いた。
 乾さんと机を挟んですわるのは、これがはじめてだった。なにを話せばいいのか困って黙るわたしに、乾さんは気を遣ってくれたのか、カメラを見て「いい写真、いっぱい撮れた?」と訊いてきた。

「あ……うん! もちろん! みんなの写真も、大自然もいっぱい撮ったよ!」

 わたしがウインクをして親指を立てると、乾さんは微笑んで「それは楽しみだね」と言った。
 真田先生が殺されたこと、乾さんに教えるべきなのかな……でも、ただでさえクマ騒動でおびえている彼女に、クラスメイトが殺人犯だなんて伝えたりしたら、ますます混乱するだけだ。今はとりあえず、その件については言わないことにした。

「そのカメラってさ、SDカード?」カメラを指差しながら訊ねられたので、わたしはカメラを少し見つめてから顔の前まで持ち上げて「うん。デジタルだからね」と答えた。

「バックアップって、別に取ってあるの?」
「カメラ本体にはその機能は無いよ。SDカードか、パソコンに繋げるかしないと。だから、きょうの思い出は、本体のなかのSDカードに収めてある分だけ。これを無くしたら、みんなにめちゃくちゃ怒られちゃうよ」

 そう。殺人の決定的証拠も無くなってしまう。
 世紀のスクープ。将来、世界的なジャーナリストをめざすわたしにとって、輝かしい第一歩になるはずの超特ダネ。
 また心臓の鼓動が早まってきた。止まりかけていた汗も滲み出る。
 あしたにはわたしは──ううん、今夜わたしは、超有名人になる。日本中の話題を独占するんだ!
 そう考えた途端、自然と笑みがこぼれていた。

「ふーん。だってさ!」

 突然大声を出した乾さんが立ち上がる。
 それと同時に、江田島さんたち3人がなかへ入ってきた。

「えっ? えっ?」

 驚き戸惑うわたしを4人が取り囲み、冷たい視線で見下ろす。
 この状況、なに? いったいなんなの!?

「バックアップ無し。画像は本体に入っているSDカードだけみたい。よかったね、3人とも」

 乾さんはそう言いながら自分のリュックを開け、タオルにくるまれた〝なにか〟を取り出す。その中身は、赤く染まって異臭を放つ鉤爪だった。

「江田島さん、着替え持ってきてあるよね?」
「ええ、もちろん」

 乾さんから鉤爪を受け取った江田島さんは、ごく自然な感じでソレを右手に装着した。
 嫌な予感がする。人生でいちばんの、最悪な予感が。

「ち、ちょっと待ってよ江田島さん! いったいなにをするつもりなの!? わたしたち、同じクラスメイトでしょ!?」

 本当はこれからなにをされるのか、想像がついていた。
 口封じだ。
 真田先生を殺しているところを撮影していたのがバレていた。そしてなぜか、乾さんまで協力をして、わたしを殺そうとしているんだ。

「まさか戻ってくるなんてね。しかも、わたしたちを撮影までして……予定にはなかったけど、梶浦さん、ごめんなさい」
「え、江田島さん、ちょっと待ってってば! 誰にも言わない! わたし、絶対に誰にも言わないから! データも消すし、お願いだから殺さないで! 夢見も止めてよ! わたしたち、親友だよね!?」

 必死になって命乞いをする。
 ここで死ぬわけにはいかない。
 せっかくの超特ダネを失うのは惜しいけど、殺されて奪われるくらいなら、わたしは生きたかった。生き残る道を選んだ。

「……どうする、乾さん? こう言ってるし、ひかりを助けてあげるの?」

 夢見に訊かれて、乾さんが「うーん」とわざとらしく唸り声を上げる。

「殺そう……梶浦さんは共犯者じゃない。いつか絶対にわたしたちを裏切るよ……」

 ふだんはあんなに明るい藍原さんが、血走った目をしてブツブツとつぶやいた。

「それじゃあ、多数決で決めよう。梶浦さんを信じて殺さないほうがいいと思うひとは、手を上げて」

 乾さんの言葉に、誰も反応はしなかった。乾さん自身も、親友だと思っていた夢見も手を上げてはくれなかった。
 ああ、わたしはここで死ぬんだ。あの鉤爪で切り刻まれて殺されるんだ。
 江田島さんが「ごめんなさい」と言って右手を大きく振り上げる。
 わたしは瞼を強く閉じて、コイツらに天罰がくだれと神様に心から願った。

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